54.あの日死ねと言われたのよ

 徐々にソシアス公爵家が押されていく。というのも、民にとって神殿は「清貧を旨とする組織」であると認識されていたから。公爵は貴族社会の頂点に立つ家で、贅沢に過ごした過去は彼らも知っている。


 過去の隠蔽という意味で、神殿が一歩リードだった。神殿は、己の見せ方をよく知る敵だ。人前に出る時、決して豪華な宝石のついた装飾品は身につけない。儀式で着用する品に高価な宝石があっても、寄付した貴族や王族へ礼を口にすることで、横領の事実を隠してきた。そこに加え、豪華な食事も人前で食べない。


 上位の聖職者が集う「お籠もり」と呼ばれる儀式がある。水だけで一週間を過ごし、その後一週間かけて体調を戻していく。都合二週間、彼らは人前から姿を消した。半年に一度の儀式だが、その間の豪遊は驚くほど。浴びるほど酒を飲み、暴食を繰り返す。最後の2日間ほど暴食を控えれば、さほど見た目に変化はなかった。


 それ以外にも日頃から、高価な食材を貴族経由で寄付させる。妙齢の娘がいる貴族は、己の娘が「生贄」に選ばれないよう、必死だった。言われるままに食材を差し入れる。神に捧げる名目で、肉や魚介類を巻き上げた。チーズ、香辛料、酒……キリがない。


「公爵夫妻は終わりね」


 このまま放置しても、勝手に自滅するだろう。もしくは民に襲われる方が早いかも知れない。ただ、私はそれでは満足できなかった。そんなぬるい復讐をする気はない。あの二人の心を折ってやりたかった。泣きながら縋る姿に唾を吐くことを夢見て、あの日命を絶ったのだから。


 愛せない子なら、引き取らなければよかった。平民へ養子に出せばいい。どうしても外へ血を受け継ぐことが許せないなら、殺せばよかった。たとえ、お告げに逆らうことになっても。


 どちらも選ばず、都合よく飼い殺し、途中で神のお告げを捻じ曲げて私に「生贄になれ」と命じた。それは「死ね」と吐き捨てたも同じなのに。いいえ、間違いなく死ねと言われたのよ。


「本当にお前が言うのか。俺が代わりに」


「いえ! 私に言わせてください」


 復讐の一手は私が打ちます。言い切った声の硬さに気付いたのか、アデライダが不安そうに見上げてきた。近づいて、小さな両手でそっと私の左手を包む。


「お姉様、嫌なことなら私がします」


「大丈夫よ。アデライダは引っ越しの支度をしてちょうだい。侍女にバレないよう、こっそりよ。大切なお仕事なの」


「はい」


 頷いた義妹は、私に仕事を任されるのが嬉しいようだ。にっこり笑って、ウォークインクローゼットへ向かった。後ろを子猫がついて行く。それを見送り、私は笑顔でギータ様を促した。


「さあ、行きましょう。こういうの、異世界で「引導を渡す」って言うんですよ」

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