09.何なの、この生き物
王子妃教育はさらりと履修する。前回と同じ厳しい先生方が宛がわれたけれど、私は二度目なの。前回すべて合格を貰っていた。少し手を抜きながら、王宮へ出入りして情報を集める。
イグナシオは以前から人見知りで、人前に出るのが苦手らしい。私の知る彼と違い過ぎるわ。王太子の地位も、自分ではなく弟に譲りたいと口にしていた。以前の弟王子がそんな感じだったから、性格が逆転したみたい。
私以外の皆に何が起きているの? もしかしたらやり直しではなく、別の世界に来たのかしら。
不安で足元が揺らぐ。違う世界だとしたら、家族や婚約者に復讐するのは間違ってる気がした。一度目の人生の中、小説で平行世界を読んだ。パラレルワールドは、同じように見えて少しだけ違う。人物は同じでも性格が違ったり、途中の選択肢が変わったことで分岐した世界。そう認識していた。
一度目の日本人としての人生があったから、虐待された二度目の人生を耐えられたの。酷い扱いを受けて、存在を無視されて、最後に婚約破棄され捨てられる。これじゃ恋愛小説のモブだわ。ここが本当にやり直しの同じ世界か、判断できない。それが怖かった。
「フランシスカお嬢様、お見事ですわ。ダンスに関して私がお教えすることはございません」
ぼんやりと受けたダンスの授業で、先生に満点をもらってしまった。もう王宮で集める情報もないし、他の授業も終わりにしようかしら。
「先生の教え方が、素晴らしかったからです。ありがとうございました」
微笑んで一礼する。ダンスを習うために使った広間を出ようとして、扉の陰に隠れるイグナシオを見つけた。お互いに動きが止まる。目が合ってしまい、逸らす私に声が掛かった。
「あの……お茶、でも……母上が、その」
何なの、この生き物。前回は傲岸不遜を絵に描いたような人だったのに、年齢が幼いこともあって可愛いじゃない。一度目の人生は25歳前後まで覚えていた。おそらく死んだのはその頃でしょう。二度目は18歳だから、精神的には「おばちゃん」の年齢よ。
このくらいの年齢の子がいてもおかしくない……そう気づいたら、無視するのも大人げなく感じた。
「イグナシオ王子殿下、王妃殿下がお呼びなのですか? では一緒に参りましょう」
前回学んだ作法の通り、手を差し出して待つ。しかし近づいてこないので、こてりと首を傾げた。護衛の騎士に促され、慌てて駆け寄った彼は両手をしっかり服で拭いて、そっと手を差し出した。
おずおずと、そんな表現が似合う。タイムリープを自覚して怯えていた私も、外から見たらこんな風に見えたのかしら。ふと、そう思った。
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