08.別人のような婚約者との初対面
馬車に揺られて王城へ入った私は、公爵夫妻に連れられて奥へ向かった。王族のプライベートスペースに入ると、絨毯の色が変わる。ここは前回と同じね。
柔らかなアイボリーの木目が美しい床に、淡い緑の絨毯が敷かれている。豪華さを売りにした表と違い、目に優しい色彩だった。普段から赤い絨毯はキツいから、当然の選択ね。汚れが目立ちそうで、メイドは大変だろうと思う程度だった。
個人的な客を迎える客間に通され、公爵と公爵夫人に挟まれて座る。紺色のソファが置かれた部屋は、全体に青を基調としていた。薄い水色の壁に白い天井、床はアイボリーで絨毯はアイボリーに青の小花が散りばめられていた。
「待たせたか」
入ってきた国王陛下の声に、私達は立ち上がる。王家の血を引くソシアス公爵家は、先代となるお祖父様が王弟殿下だった。親戚としての付き合いが長く、自然と口調も柔らかくなる。
「いえ、さほどではございません」
待たなかったと嘘を言わないところが、公爵らしいわね。誠実そうに見せて、腹の中は真っ黒なくせに。前回の王子妃教育で身につけた淑女の微笑みを浮かべ、私は心で毒気づいた。
「早くまいれ」
まだ若い国王陛下に促され、幼い第一王子が入室する。人見知りなのか、すぐにソファの陰に隠れた。こんなだったかしら。前回は尊大な態度で見下してきたはずよね?
顎を逸らし「お前と婚約してやる、有り難く思え」と言い放たれた記憶が過ぎった。今回はちらちらと私を窺いながら、目が合うと逃げる繰り返し。小動物みたいだわ。
「あの……」
「しっかりしろ。それでも王族か!」
国王陛下に叱咤された彼は、無理やりソファの陰から引き摺り出された。金髪碧眼、顔立ちも間違いなくイグナシオだわ。なぜ性格が違うの?
「無理っ、僕には無理だ。綺麗すぎるんだもん」
一度も私に対して使ったことがない表現を使い、イグナシオは両手で顔を覆った。国王陛下は苦笑いし、顎の先に蓄えた髭を擦る。
「仕方ない。聞いての通り、一目惚れのようだ。どうだろう、婚約はお告げの通り整えてもらえるか」
「王子殿下が我が最愛の娘を幸せにしてくださるとあれば、お断りする理由がございませんな」
公爵が笑顔で話を進める。私は人形のように仮面を貼り付けて動かなかった。ここで否定しても、お告げがある以上、婚約は整えられてしまう。イグナシオの性格が違うのは予定外だけど、このまま話を進めてから途中で破棄しても同じよね。
今度は私から破棄してあげる。王子が、婚約者に捨てられるなんて醜聞よね。それによってソシアス公爵家が没落したら、もっと最高だわ。
怯えるのは終わり。今回がなぜ起きたのか不明だけれど、私はやり直しの機会を得た。チャンスを活かして、前回の痛みをすべて返したい。今度こそ、古代竜の生贄で終わらないように。
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