07.子猫に私と同じ名前を付けた
部屋で走り回る子猫はようやく落ち着いて、昼寝を始めた。茶トラの子猫は女の子だったので、ペキと名付ける。私と同じ名前よ。この世界では愛称をそのまま省略して「フラン」と呼ぶ。でも私は一度目の人生で、フランシスカはペキと省略する話を覚えていた。当時の私の名前は全く関係ないミエだったけれど。
どう略したら「ペキ」になるのか、不思議過ぎて記憶に焼き付いていたみたい。転生先がフランシスカだったのは、偶然か、それとも何かの意思が働いたのか。どちらにしたって、今の私には関係ないわ。
「ペキ、今度こそ長生きしてね」
二度目の人生で、私が拾ったばかりに殺されてしまった子猫も、同じ茶トラ模様だった。名前すら付けてあげられなくて、打ち捨てられた死体を拾って庭の隅へ埋めたわ。あの日は一日中雨が降っていて、泣きながら謝り続けた。今度こそ、最後まで面倒を見てあげたいの。
過去の記憶や学んだ知識を持ったまま、人生を巻き戻してやり直すことをタイムリープと呼ぶ。一度目で覚えた単語が浮かんだ。私がそれに該当するなら、どうして今回は前回と違うのかしら。
普通は同じ人生を繰り返すから、記憶のある人だけが得をするはずよね。いくら覚えていても、前回と状況が違い過ぎたら、意味がないわ。
「フラン、おいでなさい。新しいドレスが届いたわ」
「はい、お母様」
一回呼んでしまえば、抵抗は薄れた。演技をすると決めたことも気持ちを落ち着かせてくれる。優しくされた分だけ、幸せそうに笑った。与えられた物を笑顔で受け取り、礼を言う。ただそれだけ。大丈夫よ、あの恨みや苦しみを忘れることはないから。
自分に言い聞かせて、部屋に入ってきた公爵夫人へ駆け寄る。昨日話していたドレスらしい。メイドが運ぶドレスはレースやフリルがふんだんに使われ、とても可愛らしかった。子どもっぽくないかしら。そう思ったけれど、私の体は現在10歳。おかしくないわね。
「リボンを控えてフリルにしたのよ。こちらの方が大人っぽいでしょう?」
「ええ。素敵ですわ、さすがお母様です」
褒めると嬉しそうな公爵夫人が指示を出し、私の着替えが始まった。ワンピースドレスはシンプルで自分で脱げるけれど、メイドが手伝う。脱がせてもらい、肌を軽く拭いてから新しいドレスを羽織った。ほとんど動かなくても、動き回るメイドが整えてくれる。
この世界のドレスは背中に大量の包みボタンを使うタイプ、そのためドレスは一人では着用できない。だから前回の私は王子妃教育以外で袖を通したことはなかった。公式の夜会はまだ早いと、婚約者であるにも関わらず出席していない。あれも今考えれば、アデライダが同行していたのでしょうね。
何も気づかず部屋で待っていた私が、滑稽に思えてきた。努力すれば報われる、信じていたら誰かが助けてくれる。そんな善良な考えは捨ててしまおう。文字通り崖っぷちに立った経験から学んだのは、利害関係がなければ誰も助けてくれない冷たい現実だった。
王子妃教育で関わった人も、私が親切に接したメイドも、誰一人私の死を悼まなかっただろう。だから、私も誰かを蹴落としても同情しない。そう決めた。心で誓ったその時、誰かの声が聞こえる――まだ決めるのは早い、と。その声を無視して、私は笑顔の仮面を被った。
「お母様、似合いますか?」
「ええ、ええ。フラン以上に似合う令嬢なんていないわ」
感極まった様子で両手を組む公爵夫人へ、私は優雅に一礼した。
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