06.二度目の人生は繰り返さない

 目が覚めてから3週間目。ずっと避けてきたのに、どうして追い込まれてるのかしら。困惑しながら、私を見下ろす二人へ交互に視線を向けた。


「お願いよ、お母様と呼んでちょうだい、フラン」


「フラン、お父様と言えるだろう?」


 どっちが先に呼ばれるか、二人の間で意味不明の競争が始まっていた。昨夜何があったのか知らないけれど、朝から私を巻き込まないで欲しい。綺麗な装飾品やワンピース片手に気を引く公爵夫人と、可愛い子猫を抱いた公爵様……腕の中で子猫が「みゃぁ」と鳴いた。


 ごめんなさい! こっちです!


「こ……お、父様、子猫をください」


 公爵様と呼びそうになり、慌てて言い換える。お父様と呼んだら猫をくれるのよね? 二度目の人生で拾った時は、育ててあげられなかった。今度こそ育てたい。


「っ! やった!!」


「……生き物なんて卑怯よ、あなた」


 大喜びする公爵様の隣で、公爵夫人が崩れ落ちた。親と呼ばれたいなんて図々しい。そう考えたのは3日前までだった。この人達、本当に私を愛してるみたい。立場が入れ替わった私は溺愛され、妹アデライダは放置された。


 あの頃の私と同じ暮らし、同じ待遇の妹を見て……気分がすっとした。ずっと私を蔑んできたアデライダは、ソシアス公爵家の長女になりたかったのよね。有名なお告げの「花嫁」が私だから。


「さあ、受け取りなさい。飼っていいから、名前を決めるんだよ」


「ありがとう…………お父様」


 ぎこちなく、付け足した言葉に公爵様は満面の笑顔になった。隣で拗ねてしまった公爵夫人へも、愛想笑いで声を絞り出す。だって、後で怖いもの。


「お母様、この子の眠る籠を……いただけますか」


「もちろんよ。可愛くて素敵な籠を選ぶわね」


 すぐに立ち直った公爵夫人へ、曖昧に頷いた。この腐った甘さに、徐々に慣れていくの? いいえ、違う。だって私は過去の痛みや苦しみを忘れていない。古代竜の眠る崖へ立たされた恐怖と、婚約者に捨てられた怒りを消せなかった。


 私を愛するなら、手ひどく裏切ってあげる。自ら命を絶ちたくなるくらい、苦しめてやるわ。あの日の私の黒い絶望を返すまで、愛娘のフリをするくらい……何てことない。芝居だもの、そう割り切って笑顔を作り直した。


 厳しかった王子妃教育がこんな場面で役立つなんて、ね。なんとも皮肉だわ。一方的に私に押し込まれた教育は、厳しくて大量だった。王太子になるイグナシオが覚えられない、歴史や他国の王侯貴族の名鑑、政治に関する駆け引きまで。礼儀作法以外にも叩き込まれた。


 ダンスは踊れて当たり前、カーテシーも一流ではなくてはならない。あの頃は眠る間も惜しんで学んだわね。それでソシアス公爵家から逃げられると思っていた。結果は古代竜の餌だったけれど。


「明日は王宮へ行くぞ。婚約者のイグナシオ殿下がお待ちかねだ」


「分かりました、お父様」


 やはり婚約者なのね。まだ「王子殿下」ということは、王太子に決まる前だわ。来年から私の王子妃教育が始まるはず。


「可愛いドレスを仕立てたの。こちらへいらっしゃい」


「はい、お母様」


 いい子を演じてあげる。腕の中で眠る子猫を今度こそ奪わせない。私はあなた達の思い通りになんてならないわ。三度目の人生は、同じシナリオで終わらせたりしない。


 子猫用の籠を受け取り、私は仮面のような笑顔を貼り付けた。

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