05.温かい食事なんて初めて
今わかっている情報は、私は間違いなく生贄にされた事実。なぜか10歳前後に戻っており、目の色が違う。公爵様や公爵夫人はもちろん、メイドを含めた屋敷の人すべてが私に優しい。妹アデライダを探しても見つけられなかったこと。
一番驚いたのが、私の部屋の位置だった。ここは過去にアデライダが使っていた部屋よ。窓の向きや家具の配置がよく似ていたので、気づくのが遅れたわ。窓の外の景色が違うし、家具のレベルも全然違っている。私が使用していた家具は、お古だった。どこかが壊れたり、不具合があって片付けられた家具が運び込まれたの。
この部屋にある家具は、すべて整えられていた。棚の蝶番が外れることはないし、引き出しが引っ掛かって出てこないこともなく。スムーズにすべてが動くの。座る椅子の足が折れる心配をしなくていいだけで、こんなに安心できると思わなかったわ。
あの頃は与えてもらえるだけマシと考えたけれど、この状況と比べたら雲泥の差ね。それからクローゼットに色鮮やかなドレスが並んでいたのも、驚いた。シミが付いていたり、裾が解れていないドレスやワンピースがびっしり。新品もあるわ。靴や下着、帽子、すべてが揃っていた。
朝起きるとメイドがにこやかに挨拶して、顔を洗う水を運んで来る。ハーブかしら、いい香りがして少し温かいの。冷水すら自分で運んでいた私に、よ?
着替えや肌の保湿、髪の手入れ。すべてをメイドが整えた。用意された鏡の前でくるりと回って頷く。それが準備が出来た合図だった。自室の外では、護衛の騎士が付き添う。公爵様と公爵夫人が待つ食堂へ顔を出し、挨拶して抱擁された。
抱き締める手が優しくて温かい。手のひらを返されるのが怖くて、ぎこちなく愛想笑いを浮かべた。私がまだ体調不良と認識する両親は、食事の間も世話を焼き続ける。食べきれないほどの料理が並び、初めて食べる温かな食事に胃が驚くほど。
残飯を食べていたから、温かい料理なんて知らない。マナーは王子妃教育で学んだ知識を活かせば、なんとかなった。父も母も些細なことで私を褒める。
「今日も素敵ね。さすがはフランだわ」
「フラン、これも食べてごらん。美味しいぞ」
彼らが優しく振舞うほど、私は冷静になった。屋敷の状況を確かめ、人々の反応を探る。そして出た結論は、「私の受けている厚遇は、過去のアデライダが享受していたもの」だった。私が10歳に戻っていることも含め、何かがあったのね。
すべて長い夢である可能性を考え、昨日は指先をナイフで切ってみた。周囲の大騒ぎにびっくりする。凄く痛かったので、たぶん現実だわ。それに夢の中で眠ったり起きたりするのも変だし……この状況がどうして起きたのかは、どうでもよかった。
もし私がアデライダの立場にいるとしたら、過去の私の立場にいるのは――。
「あの、妹はどこ、ですか」
「妹? ああ、アレのことね。フランは気にしなくていいのよ」
「そうだ。あんな奴は無視して、今日はお買い物にでも出ようか」
気が晴れるぞ。そう告げる公爵様へ、公爵夫人が慌てて止めに入った。
「まだ体調が完全ではないのに、何かあったらどうするの?」
「そうだった。ごめん、フランにお土産を買って来るとしよう」
出かける予定の公爵様は、そう笑った。お土産? 一度ももらったことないけど、逃げる時に換金できるものなら嬉しい。今はまだ幼いから諦めるけれど、数年したら気味の悪いこの屋敷から逃げてやるわ。
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