第2話 燃ゆる戦火

「前線の様子は?」

「はい、魔物の拠点を制圧しました」

「これで敵の数を大幅に減らすことができるはずだ。ご苦労だった、すぐに帰投しろ」

「了解しました」

ギルド・グラシアルの本部に魔物殲滅の一方が入った。夜更けから行われていた魔物の殲滅作戦は夜明けとともに終わりを迎えた。

だが、この作戦には甚大な犠牲が伴ってしまった。魔物の本拠地を殲滅する、そのはずであったがは魔物は時空の歪みからいくらでも姿を現す。

言ってしまえば、泉のように湧き出る水を枯渇させるが如くまさに消耗戦とへなっていた。

数ではこちら側が圧倒的に不利、前線に送り込んだ兵士はその勢いを徐々に失っていき一時期は防衛線ギリギリまで押し戻されるような事態にもなった。

数には数を…この判断がギルド側の被害をより甚大なものとしていったのは明らかだった。


「では我々も現地に赴こう」

ギルド・グラシアルのギルドマスターは戦地と足を運ぶこととした。

ギルドマスターが戦地に足を運ぶ事はそこまで特別なことではない。1つはそこで戦う兵士たちの士気を上げるため、もう一つは多くの兵が犠牲になった時彼らを弔うためだ。

おそらく今回は後者の方であろう。魔物が殲滅できたとしても道中なにがおこるかわからない、そのため護衛の兵士を何人かつける、これが昔からのしきたりのようなものだ。

まぁ当然と言えば当然だ、組織のトップが1人で外をうろつこうなど自殺行為以外の何物でもなかったからだ。ギルド・グラシアルの本部から戦地までの距離はそれほど離れてはいなかった。

それだけに防衛線をなんとか死守しなければならない、逆に言えばそのためであれば多少の犠牲をいとわないというのが彼らのやり方だったのだろう。

疲弊していく彼ら、そんな中彼らが目をつけたのはあの酒場に集うならず者の賞金稼ぎだった。

彼らからすると賞金稼ぎとは出来高払いの戦力に過ぎない、つまりもし戦から生きて帰ってくることができなければ、彼らのその戦力は対価を一切ともなわないものとなっている。

賞金稼ぎは当然のことながらギルドの正式な構成員ではない。

誰も彼らの事は記憶の彼方にもないだろう、そして誰かに弔われることもなくこの歴史の闇に葬られる。

そこまでして手に入れたかりそめの平和、だが今となってしまってはその平和にも何の価値もない。

なぜなら、今の時代においての平和とはもはや中身の一切伴わないものとなってしまっているからだ。色即是空…遠い昔から伝わる異国の言葉だ。


いつ見ても何度見ても戦地と言うものは見られることなど決してない。

そこにくすぶるは火薬の匂い、所々今も燃え続ける火種、そして辺に漂う死臭…これらは勝利を収めた側の人間の士気でさえも削りとっていく短刀のようなものだと言えるかもしれない。

どんな物事にも反省や後悔はつきものだ。だが戦においての反省や後悔は、人の生命に直結してしまう。

もしあの時、前線を後ろに引いていれば…それは結果論でしかない。戦闘の真っ只中に前線を後ろに引くなど、よほど策略的に戦況を見ていなければそんな判断を下すことができない。

むしろここでそういった判断ができる、できないと言うのがその指揮官の能力を端的に表したものではないだろうか。



ギルド・グラシアルのギルドマスターが戦地に足を踏み入れる。その目を覆いたくなる惨劇に護衛の兵からも余裕の表情は一切消え失せていた。

これまで多くの戦地を見てきたであろうギルドマスター、今回ばかりはその表情に影を落とさざる得なかっただろう。

それほどの戦闘の後、そんな場所に不釣り合いな人影が見えた。

ギルドマスターと護衛の兵はその人影を目指し歩を進めた。その道中と言うもの、筆舌しがたいものであった。自分たちは何も知らない、何も見ていないそう心に何度も何度も言い聞かせたであろう。

その人影は自分たちのギルドのものでもなく、また魔物でもなかった。それはある程度近づいたときにはすでにわかったことだ。

死臭漂う戦場のど真ん中、そこにいたのはコート羽織った銀髪そして紺色の毛並みを持つ狼獣人だったのだ。

「貴様は何者だ?」

ギルドマスターは問う。あまりの事態に護衛の兵も武器を構える。

「ここはお前たちのようなものが土足で足を踏み入れて良い所ではない…」

「どうやら口の聞き方と言うものを教えてやらなければいけないようだな」

さすがはギルドマスターの護衛の兵、その洗練されまた訓練された動きはさすがと言うべきだ、その狼獣人が何か行動を起こす前に包囲してしまったのだ。

彼らの動きはまさに攻守速攻、こちらが攻めに転じれば向こうは守りに転ずる…そこからの反撃はまさに鍛えあげられた兵士のものだ。

「ここは自らの信念のために散っていった無名戦士の墓だ。お前たちには不釣り合いだ…」

その声には怒りとも悲しみとも取れる感情が込められていた。

その狼獣人に向けられた多数の刃、そして狼獣人の顔を覗こうとする数多の銃口…そんな状況であってもその狼獣人は表情を1つ崩さずにただその場に立ち尽くすだけであった。

彼を取り囲んでいた護衛の兵は、その狼獣人に敵意がないと判断したのだろう、一瞬武器を構えるその手から力が抜けた…次の瞬間、1つのか細い光が彼らの視界にきらめいた。

その狼獣人はどこからそのような武器を取り出したのか、そしていつそんなものを抜いたのか…彼らにはそれを目で追うことができなかった。

彼らの動体視力はるかに凌駕するその一閃、すぐそばにいた兵士の命をいとも簡単に刈り取ってしまった。

慌てて反撃の移ろうとする、だが一瞬の出遅れが命取りとなってしまった。

自身の身の丈よりも長い長刀を、その狼獣人は閃光のようなスピードで振り向く。

もはやそのスピードは、1ギルドの護衛の兵士では到底見切ることも反応することさえも敵わなかった。まばたきをしているその一瞬、それだけの時間があれば彼は骸の山を築くことができたのだ。

「貴様何者だ。このようなことが許されると思うなよっ」

ギルドマスターは一歩ずつ後ずさりをするしかなかった。

だがそれは、自身の命を1秒でも長く延命したい…と言う自己中心的な考えからの行動だった。

まるでそれを見透かしたかのようにその狼獣人はギルドマスターとの距離を詰める。

橙色の右目、深緑色の左目…ギルドマスターが見たものはその狼獣人の重く、鈍く光を放つ彼の瞳だった。

「やつらなりの生活があった…やつらなりの生き方もあった…それを奪う権利は貴様にはないはずだ。」

「何を言っている?こうして世の中のための役に立ったんだ。奴らの犠牲はやがて迎えるこの土地の繁栄とつながるのだっ!」

「そうか、ならば貴様はなぜ歩みを止めた…?」

「なんのことだ?」

その声には最初の威勢の良さなどどこにもなかった。

「貴様の足はどうや後にしか進めないようだな…」

後ずさりするギルドマスターの姿はなんとも無様なものだ。

威厳と言う服を着飾らなければギルドマスター、ただの1人の人間だ。

ギルドマスターには大きな役目がいくつも存在する。

自陣の士気の向上、仲間への弔い、そして最も大事なのは戦況を大きくひっくり返すかもしれないギルドマスター自身の戦力だった。

一騎当千とも例えられるギルドマスターの戦力は、そのギルドを大きく左右するものだと言われている。護衛の兵士がいなくなったとしてもそのギルドマスターが振る刃には大きな意味をはらんでいた。

「お前のその罪は…お前自身の命で清算するがいいっ!」

ギルドマスターは持っていた剣を抜く。その剣を持つ手、そして彼が地面に付けているその足はわずかながら震えていた。

そんな陳腐な姿勢など歴戦の強者からすれば簡単に看破できる。それはその狼獣人、いや糸魚川翡翠も例外ではなかった。

「言いたい事はそれだけか。歴史書につづられるにしてはなんと寂しいものだ…」

ギルドマスターが剣を振るう前に、翡翠はすでに彼の懐に入り込んでいた。

そのスピードはまさに電光石火、おそらくギルドマスターが最後に見たものは糸魚川翡翠の刃でもなければその表情でもない、橙色と深緑色に輝く二本の閃光であった。

翡翠の刃はギルドマスターの命を一瞬で刈り取る。断末魔の1つもあげることなくギルドマスターはその場で切り伏せられた。

「さて…ここで散っていった者たちの安眠をこれ以上妨げるわけにはいかない…」

翡翠は護衛の兵士とギルドマスターの骸に再度視線をやるとそのままどこかへと歩き去ってしまった。


ギルドマスターが討たれたと言う知らせがギルドグラシアルの本拠地へと舞い込んできたのは、それからしばらく経っての事だった。

ギルドマスターと護衛の兵士の帰りがあまりにも遅いと言うことで様子を見に行った兵士たちが彼らを発見したのだ。

その知らせはギルドの内外を大きく揺るがすことになった。疲弊したギルドの戦力が大幅に削られているとは言え、ギルドマスターそしてその護衛の兵士が同時に切り伏せられると言うのはもはや異常事態の以外の何物でもなかった。

一体誰の仕業なのか…様々な憶測が飛び交う中彼らが一太刀の上に切り伏せられたものだとすぐにわかった。

もはやそれは暗殺といっても差し支えなかった。先の戦闘での大幅な戦力の喪失に加え、ギルドマスターと護衛の兵士の暗殺、もはやギルド・グラシアルの存続を危ぶむ事態であることに変わりはなかった。

それでも残された者たちはなんとかこの難局を乗り越えようとする。

それはギルド・グラシアルへの忠誠と言うよりは、自分たちが生きていくため、そして最後の1人になるまで戦ってやると言うこの土地に住みつくものの意地に似たものであった。

もちろんそれに実力が伴っていなければそんなものは何の役にも立たない。

現にもし今、再びあの魔物たちがあの時と同じ規模で姿を表してしまったら…自分たちにできる事はもう何もないことは必至だった。そんな彼らのあえかな希望は数日立たず裏切られることとなった。

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