データ安定化のおシゴト

どらぱ。

第1話 募集要項を見ました

6月某日、雨上がりの街中。




ただでさえ蒸し暑いにもかかわらず、


雲間から差す陽の光が、それに拍車をかける。




ゴミゴミした繁華街の中にある、


少し古ぼけた、赤茶色の建物。




インターホン等は見当たらず、その代わりに


入口と思われる扉に、ドアノッカーが付いている。




青年・足薙萱 侑(たながや たすく)は、


それを使ってノックしてから、建物へと入っていった。








「あのー……バイト、いやアルバイトの、面接?面談?に来た葉矢側です、け…ど……?」




侑が入るとそこには―――


沢山の書類やら本棚。


そして一番奥には、そこに鎮座する人影。




この建物自体が日陰になっているからか、


人影の容姿は良く分からない。




「あぁ、いらっしゃいませ。こちらも、さっきから待っていた訳なんですよ」


声からして女性のようだ。




「あ、ハイ……?ど、ども」


軽く会釈する侑。




「ずっと立ってるのも疲れる訳でしょう。そこにある椅子にテキトーに座ってもらえると、こちらとしても助かる訳なんですよ」




「ハイ、失礼します」


言葉通り適当な椅子を選んで、侑は腰掛ける。




「仕事内容は一応、把握している訳ですか?」


女性が話し掛けてくる。




近づいた事で、女性の容姿が判明した。




前髪が目の位置まで伸びている為、どういう目付きなのかまでは良く分からなかった。


ぼさぼさの茶髪を、後ろで括って纏めているようだ。




「あっハイ!確か、データ…安定化?の仕事とか、でしたっけ。俗にいう、データ入力…的な?」




女性は少し顔を上げ、軽く首を捻った後、答えた。




「データ入力とは…正直、全然違う訳ですよ」




何だか困らせているような気がして、侑は言う。


「い、いや!雇っていただけるんでしたらオレ、何だってマジでやれるっすよ!体力にも自信あるっす!!」




「なるほど…その心意気や良し、という訳です」


女性が頷く。




女性は手元に置いていた紙を、


侑に差し出して言う。


「この条件で、間違いない訳ですかね?」




侑が応募した求人情報が、そこに載っていた。




データ安定化の業務。


経歴・経験は一切不問。


給料に関しても、決して良くはない。




試用期間は、5年。






…しかし侑は、此処から自宅までがすぐ近くという事もあり、手っ取り早く自分を雇ってもらえるなら此処しか無いと、既に決めつけていた。






「ウチもですね…包み隠さずいいますと、いわゆる≪火の車≫って訳なんですよ」


「この条件を飲んでもらうしかないって訳ですし、いざ五年待っても正社員登用とやらが確実に約束されてる…とは限らない訳ですよ?」




そうか!面接はもう始まっているんだ!


侑は内心そう思った。


「ハイ!オレに出来る事は何だって押し付けてくださいよ!…です!あ違う、ございます!」




その様子を見て、目の前の女性は笑みをこぼし、言う。


「今のところ良い感じの印象な訳ですよ、侑さん。貴方さえ良ければ、このまま採用…というのも私個人としてはアリな訳ですが」




そこで彼女は立ち上がり侑ににじり寄ると、彼をじっと見つめた。


正確にいうと見つめているように見えた。


長い前髪のせいで、目線が分からない。


「私が思うに…侑さんは、まだこの仕事の≪難しさ≫を理解しきれてない訳ですよ」




「は…はぁ。そう、かも…知れないっす。コンピュータ使う系の仕事は、あんまり…っていうか全然やった事なくて」




彼の返答を聞くと、顔を至近距離に近づけたまま女性はうんうんと頷く。


「我々の仕事を、実際に見学してから…というのは、どうかと思う訳なんですよ」




―――なるほど。向こうにも都合があるのか。


仕事風景を見させてから雇った方が、スムーズに事が進むのかな。


侑はそう思った。


「分かりました!お仕事の様子見せていただけるのでしたら、オレも嬉しいっす!」




そうだろう、と女性は言う。




そして机に置かれた―――紐の付いた、ネームタグの様なものを、侑に手渡した。




「これは?」


と訊ねる侑に、女性は答えた。




「社員証…みたいなもの、ですかね。首に掛けてるだけで、関係者ですよーって一目見て分かる、目印になるって訳ですよ」




「そういう事っすか、了解です!」


侑は言われたとおり、ICカードのようなものが入ったそれを首から下げた。




「あぁ、うっかりしていました。まだ私、名乗っていない訳ですね?」


女性は自分の首に掛けたネームタグを掲げて、




「申し遅れましたけど私の名前は、樋廼倉 提(ひのくら ひさげ)って訳なんですよ」


漸く、自己紹介をした。




「さあついて来てください侑さん。今から仕事場へ向かう訳ですから」




てっきり今自分の居る此処が仕事場だと思っていた侑は、面食らって思わず聞いた。


「へ?ココ…じゃないんすか?」




女性―――提は、ポールハンガーに掛けた上着のポケットから鍵を取り出して答える。


「体力に自信はあるんですよね?徒歩で五分か十分程度でしょうし、問題無しって訳ですよ」


そう言いながら大きめの鞄を持って玄関口へと向かって行く。






「あっ待ってくださいよ!ちなみに問題ナシっすから!」


提がすたすた歩いて行ってしまうので、侑も慌てて後に続いた。


この勢いだと彼女が、そのまま鍵を閉めて、侑不在のまま仕事場へと向かって行きそうだったからだ。






現地へ向かう最中の会話も面接の一環なのかもしれないと、侑は気を抜かないようにしつつ、提について行く。




「侑さんは、PCとかはお得意な訳ですか?」




「いや…あ、いえ。スマホは使えるんですけどね、ははは」




「ご心配なく。経験は不問って、募集要項にも書いてあった訳ですし」




さりげなくフォローされた気がして、侑は頭を下げた。


「それは……あ、恐縮ですっ!!」


恐縮。


生まれて初めて、侑が口に出した言葉だった。




「そんなに元気溢れる恐縮は私、はじめて聞いた訳ですが…ときに侑さん。幽霊って、居ると思う派ですか?それとも、居ないと思う派ですか?」


笑みをこぼしながら提が尋ねた。




「ゆ、幽霊…ですか? うーん……」


可能な限りここまでの雑談をハキハキと返事して来た侑だったが、彼の想像の斜め上ともいえる話題に、すぐには頭がついて行かなかった。




「そんな立ち止まるほど難しい話題な訳ですか?」


気が付くと、提に顔を覗き込まれていた。


いつの間にか侑は、足を止めてしまっていたのだ。




「あぁ、スミマセン!正直、予想外な話だったもので…」


ぺこぺこと頭を下げる侑だったが、提は少しも気を悪くしてはいなかったようで、




「そんな難しく考える必要ない訳です、それともこんな話題が貴方の選考を左右すると思う訳なんですか?」


先ほどまでと変わらない声色で言った。




そして再び歩き始めた侑だったが、うーんと唸り続けていた。




「幽霊。もっと柔らかい表現をするならオバケの存在を、信じているかいないか、ただ聞いてるだけな訳ですよ?」




「そうっすね…居る、とも思えますし、居ないとも思えます」


十数秒考えた結果、侑はそう答えた。




「居るか居ないか意識せず生きてきたって言う方が近いかもしれないっす。オレ、べつに霊感とか無いんです。でも実際に見えるって人は居るのも知ってますし、でも本当かどうか確認できる方法も無いっすから…」




彼の答えに、なるほどと頷く提。


「実物を目撃すれば嫌でも信じるが、現段階で見た事は無いので信じるすべもない…という訳ですね?」




「ハイ。えーと、オオムネ?そういう感じで合ってると思うっすよ」


返答しながら歩を進めようとする侑だったが、




「なるほど、なるほど……おや侑さん、目的地はそっちじゃないですよ?」


と、途中で提の手に遮られてしまった。


「ヒノクラさん?」




「こっちの路地を進んだ先って訳です。さあ、ついて来てください」




よく分からないまま、提の後へ続く侑。


すると―――


「あの、ヒノクラさん?ココ、行き止まりですけど…?」


小首を傾げる侑に対して、




「あぁ、大丈夫ですよ。ここが仕事場な訳ですから」


これまでと変わらない様子で返事する提。




だが、彼女は持っていた鞄を地面に置き、そこから何かを取り出していた。




「あ、パソコン…?マジでココが仕事場なんすね」




「そういう訳です、ちょーっと待って下さいね侑さん」


自分達以外誰もいない暗い路地裏で、キーボードをパチパチと弾く提の姿は、なかなかに異質であった。




「あー…ヒノクラさん。オレにも何か手伝える事あったら、やりますけど……?」


困った顔を浮かべた侑が提を覗き込んだタイミングでちょうど、PCをしていた提の手は止まった。




「さて、お待たせしました侑さん」


突然すっくと立ち上がった提に対して、驚きよりも顎をぶつけそうになり慌てて飛び退いた侑。




「は、ハイ!」




「今からシゴトを始める訳ですが」


提はそう言うと一拍置いてから、続けた。




「私の仕事風景をしっかり見ていてください。私が良いと言うまで、しっかりと」




今までどことなくフランクだった提の声から柔らかさが消えていた。




「ハイ!見させていただきます、お願いします!」




「その意気や良し、です」




―――途端、侑の背筋に寒気が走った。




決して、提の変わりように怖気付いた訳ではない。


言葉通り、何だか薄ら寒い感覚を憶えたのだ。




「おっと……もう来ますね。いいですか侑さん、私の後ろに立っていてください」


「は、ハイ!」


状況がまったく分からない侑は、提の指示にしたがうほか無かった。




今度は突如強い風が吹いた。


ただでさえ暗がりの路地裏に、更に影が落ちた気もした。




何も無い壁をずっと見つめる提が、動いた。




ポケットに手を突っ込むような動作をしたのだ。


しかしながら実際には、腕は提の履くジーンズのポケットには入っておらず、外に出たままだ。




訳も分からず困惑を続けたままの侑の耳に響いてきたのは、




ごごごご―――という、奇怪な音。




何か遠くで重いものが動かされるような、


あるいは地響きか何かのような。




侑は実際に地響きを聞いた事が無いので、結局音の正体は不明のまま。




確実に分かった事は、その音が確かに少しずつ大きくなっている事だけだった。




続いて、ごりごりごり―――


という大きな音と共に、目の前の壁が裂けているように見えた。




それを確認するや否や、提は両手を持ち上げた。




彼女の手には、いつの間にやらグローブのような何かが装着されており、


「終わるまでしっかりと、見ていてくださいね」


そう言うと同時に、拳を強く握りしめた。






壁に空いた、裂け目からは―――




真っ黒で長い髪をして




白装束を身にまとった




長身の女が 現れた




ーーーそう、例えるなら幽霊のような。




「え…ぁ、ぇ……?」


侑は、声にならないまま喉から音を絞り出す。




提はそんな侑には気にも止めず、


「何とも古典的な…」


と呟き、次の瞬間には―――






「せやあァァーーっ!!」


という掛け声と共に、幽霊と思しきソレの腹に、勢いよく拳を叩き込んでいた。






「………ぇ?」


と、侑が小さく情けない声を漏らした時には、




「はい、もう終わりましたよ。侑さんもお疲れさまでした、という訳です」



幽霊のようなあれの姿はどこかに掻き消え、

少し前までの声色に戻った提が、佇んでいるだけだった。




「これが、ウチで請け負っているおシゴトって訳です。侑さん、どうしますか?」


彼女からの問い掛けに、




「いや……あの、ですね………」


侑は、適した言葉を見出せずに、狼狽えるばかりだった。

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データ安定化のおシゴト どらぱ。 @dorapa

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