第19話 黒猫の大魔法使いの物語
「侵入者は牢屋にでも入れておけ。……黒猫はどこにいる?」
「こちらです」
第二王子に聞かれ、ロマニオは手のひらをカゴに向けた。捕まえられた大魔法使いを見た第二王子は、思わず笑みがこぼれた。
「これで王国の悲願達成だな」
「さようでございます」
大犯罪者の大魔法使い。捕まえれば英雄、国民の信頼も得られて次期国王に選ばれる可能性も高い。
彼の頭の中は、次の王位継承に向けて、私利私欲でいっぱいになった。
「ほら、歩け!」
守衛官に肩を掴まれて、無理矢理に歩かされるシヴァン。
「この女はどうしましょうか?」
柱に繋がれたままのイーリスを指さして、守衛官がロマニオに聞いた。
「どうせ、なにもできない。あとで連れてこい」
なにもできない。ロマニオの言うとおりだ。
イーリスもそう思った。
見ていることしかできなかった。
その間にみんなが捕まった。
苦しい。悔しい。どうしたらいいの? この状況から、なんとか脱出できないの?
(……そういえば)
――本当に困ったときに、思い出して。
(懐かしい、お母さんの声)
急に記憶がよみがえってきた。
母親がまだ生きていたころに、教えてもらった物語。秘密のお話だって。
* * *
むかしむかし、黒猫の大魔法使いがいました。心優しい黒猫でした。
しかし、王国には恐れられていました。国を滅ぼすと言われていたからです。
黒猫は人間の両親から生まれます。産み落とした母親は化け物を産んだと思ってしまうことでしょう。化け物と言われればそうに違いありません。
なぜなら、黒猫は前世の記憶があったのです。生まれた瞬間に前世の記憶を思い出して、魔法を使って人間の姿になります。
姿を変えるのは一瞬のことで、出産を見守っていた産婆さんも疲れのせいなのかと思ってしまうほどです。母親も気づきません。
黒猫は普通の人のふりをして生活しました。
黒猫を探し出したい王国と、絶対に見つかりたくない黒猫のイタチごっこが始まりました。
魔力が尽きてきたときはピンチです。人から黒猫に戻ってしまいます。
そのときは、隠れて生活をしている魔法使いの末裔たちが救いました。
今も王国から逃げています。まったく悪くないのに。
魔法使いの存在を隠したい、王国の思惑のせいで――。
* * *
イーリスはおぼろげに胸元のブローチを見つめた。
黒猫の物語を聞いたときに、母親から教えてもらった呪文がある。
(今が、本当に困ったときだ。私にできることは、なんでもする。だから、どうか……)
みんなを助ける呪文。イーリスは喉がかすれるような小さな声でつぶやいた。
『黒猫さま、どうか力を貸してください』
変化はなかった。呪文が間違っていたのか、それとも。
(……小さな声すぎて、呪文が成立しなかったのかも)
もう一度言おうとしたら、パリン、とブローチが砕け散る。
(嘘でしょう! お母さんの形見のブローチが壊れちゃった!)
ショックのあまり、ブローチのあったはずの胸元を見て泣きそうになった。
さらに悪いことに、割れた音に反応して、守衛官たちの視線がイーリスに集中する。
「なんだ!」
「どうした!」
イーリスの腕は鎖で繋がれたままだ。では、なにが割れたのか。
目をこらすも、暗くてわからないようだ。
立ち止まった守衛官につられて、シヴァンも足が止まった。
「イーリス……?」
突然、虹色の光がイーリスの手元に集まってきた。まるで丸くて小さな光は生きているようで、飛んだり跳ねたりしている。
あまりのまばゆさに、ロマニオは腕でかげを作る。
イーリスを拘束していたはずの鎖が、ジャラと音をさせて拘束が解けた。
「魔法は使えなかったはずでは……!」
ロマニオは驚きが隠せない。
イーリスの瞳には光が戻っていた。
「今までは必要なかったから、魔法の力が封印されていたの。今が解放のときよ」
イーリスが答えてあげても、信じられない顔をしている。
「魔法の力が解放された……!? そんな、まさか」
黒猫の大魔法使いと魔法の話は、二人だけの内緒だよ、と母親と約束した。また、イーリスに魔法の力があるけれど、そのときが来るまで魔法の使い方は忘れさせてあげるとも。
忘れたくない、やめて、と必死にお願いしても、母親は絶対に首を縦に振ってくれなかった。
――むやみやたらに、魔法は使っちゃだめだからよ。
イーリスの言いたいことはすべてわかっているというように笑っていた。
『スレーさんを解放して!』
イーリスは腕を伸ばし、手のひらをロマニオの方へ向けた。ロマニオの抱えるカゴの方へ。
虹色の光がカゴを目がけて飛んでいく。この光はイーリスの思うがままだ。
魔法使いは呪文を唱えると魔法が使えるらしいが、イーリスは言葉で指示して魔法が発動した。
「ロマニオ、絶対に大魔法使いを渡すな!」
逃げられる危険を察知した第二王子は声を荒げた。
「わかっています! そのつもりです!」
攻撃の魔法は使えないらしく、ロマニオはカゴを抱えたまま走り出した。二度と開けられないカゴ。守り抜けば、勝てると思ったのだろう。
イーリスは秘密のお話を思い出したことで、母親が前に言っていたことが鮮明に蘇ってきた。
かつて、魔法国家として栄えていた時代から、何百年も経って、魔法を伝える人も数少なくなった。たくさんの種類の魔法も消えた。王国から迫害もされた。
まぼろしを見せる能力と、本当のことを言わせる能力がある、とロマニオは言っていたが、本当にその能力しかないのかもしれない。戦闘にはちっとも役に立たないのだ。
ロマニオが必死に走っても、光の速度の方がはるかに早かった。虹色の光はカゴに集まっていく。
「やめろ、あっちいけ!」
手で振り払っても、光はカゴに引っついて離れない。それは、魔法には魔法で対抗するしかないのだから。
虹色の光は、切れ味の良い包丁の形となって、カゴの上部を一刀両断した。
その拍子に、閉じ込められていた黒猫がピョンと飛び出す。一回転して、床に着地した。
「やったわ!」
奪還成功だ。あとはここから脱出するだけ。
「シヴァン、スレー、行こう!」
「ああ」
「はい!」
空飛ぶほうきでもあればいいのに。そう思った瞬間、イーリスはひらめいた。
(みんなが乗れる、空飛ぶ船があればいいのよ)
ほうきはバランスをとるのが難しそうだけど、船なら快適な空の旅になりそうだ。
『みんなを乗せる大きな船を作って!』
大きな船をイメージした。
虹の光が作り上げたのは。
「思ったよりもちっちゃい?」
うーん、と首をかしげた。風呂のバスタブくらいのサイズで、大人が横に二人座るのがやっとだ。快適には程遠い。
うしろから守衛官が走ってくるのが見える。サイズアップして作り変える余裕はない。
「ほら、行くぞ」
シヴァンに手を取られ、船の中に座った。スレーも大きく跳ねてシヴァンの膝に乗る。
「闇の薬屋の位置はわかる。方向は指示するから、船の操作は任せた」
「わかったわ!」
イーリスがそう言うと、船に手をついて魔法を注ぐ。
大きな風が吹いて、地面からふわりと浮かび上がると、遠くから第二王子とロマニオの叫び声が聞こえてきた。
「ロマニオも飛べないのか!」
「飛べません!」
「嘘を言うな! あの娘にできて、なぜお前にはできないのだ!」
「それは……彼女が特別な力を持っているから……」
「言い訳は聞きたくない! 早く追いかけろ!」
「は、はい!」
第二王子に怒られるロマニオの姿を見て、一瞬かわいそうに思ったイーリスだったが、同情している場合ではない。逃げることに集中した。
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