第18話 七色に光る泉
「よく来てくれたね」
広間の入口から、ロマニオが現れた。網にかかった獲物を捕らえるようなギラギラとした顔をしている。
シヴァンは、鋭い目でロマニオを見た。
「やはり、お前だったんだな……」
「わかっていて、のこのことやってきたのか?」
挑発するように言われて、シヴァンはギリリと唇をかんだ。
ロマニオに笑いかけられたスレーは、警戒を深めて、腰に隠した薬の袋を、服の上から握りしめた。
「これはこれは……君が大魔法使いだったんだね」
スレーの方へ、じわりと歩み寄ってくる。
「そんな証拠がどこにある?」
弱みを見せないように強く言い切ったシヴァンだったが、ロマニオはそれを鼻で笑った。
「いいことを教えてあげよう。……この泉。いつもは水色だが、七色に光っているだろう。魔法使いのエネルギーに反応して色が変わるんだよ。噂には聞いていたが綺麗だな。七色は初めてだ」
「嘘を言うな。最初から七色だったんだろう」
シヴァンの突っぱねた様子を見て、ロマニオはニヤリと笑った。
「色の変化は、イーリスちゃんが見ているはずだ。どうだったかな?」
そう言われた瞬間、イーリスの紺色の瞳から光が消えた。
「……最初は緑色だったけど……二人が来てからは七色になったわ……」
イーリスはポツリポツリと話した。瞳に力がないのは、故意に言わされているようだ。
最初の緑色は、ロマニオの魔法エネルギーに反応した色だろうか。
「ほらね」
得意げに笑ったロマニオを見て、シヴァンは不満げに腕を組む。
「お前、イーリスを操っているんじゃないのか?」
「失敬な。僕には人を操る能力はないよ。あるとすれば、まぼろしを見せる能力と、本当のことを言わせる能力ぐらいかな」
種明かしをするように手のひらを見せた。
本当のことを言わせる能力。嘘がつけない。そんなことは異能を持つ人しかできない。魔法使いしか。
もしかして、とシヴァンは思い当たる。まぼろしを見せる能力を使って、イーリスをトンネルの外へ誘い出したのだろうか。
「答え合わせをしよう。『魔力を減らす薬』だ。これを使えば、すべてがわかる」
ロマニオが買ったのは若返りの薬だけ。もし、『魔力を減らす薬』がロマニオの手元にあるとするならば、どさくさにまぎれて盗んでいったに違いない。
瓶の中身は緑色の液体。本当に『魔力を減らす薬』のようだ。
「さあ、黒猫に戻るんだ」
「あっ!」
ロマニオは薬の瓶を開けると、スレーの頭から液体をかけた。
イーリスが棚から落とした薬屋と同じ薬。魔力が減ったら、スレーは人から黒猫になってしまう。
シュウシュウと白い煙が立って、スレーの姿が形を変える。
黒猫になった瞬間、着ていた服の上から跳ね出した。
ロマニオは、黒猫の行く手に立ちふさがった。
「逃がさないよ」
突然、強い風が吹く。
その風に髪や服が強く揺さぶられ、泉には波紋が浮かぶ。
風の発生源はロマニオが持つ鉄のカゴだった。
「うっ……!」
黒猫のスレーは苦しい声をあげる。踏ん張っているのに風圧に耐えられない。体重が軽いだけではなく、見えない力に引っ張られている。
スレーの足が地面を離れた。吹き飛ばされて、吸い込まれるようにカゴの中へ。
「捕まえたよ」
カゴを閉じて、鍵をかけた。中に入ったスレーが柵を前足で揺らしても、全く動かない。
「自分たちの販売している薬が、こんな使われ方をされるは思いもしなかっただろう?」
ロマニオはカゴを手にしたままニヤリと笑った。
「そして、このカゴ。特殊なカゴでね。一度捕らえたら、二度と開けることができない。ずっと黒猫のまま過ごすことになる。もし、魔力が戻って黒猫から人に姿を変えようものなら、カゴに身を裂かれて死んでしまうだろうね」
絶体絶命のピンチだ。イーリスは捕まったままで、スレーも黒猫に姿を変えられた上に捕まってしまった。動けるのはシヴァンしかいない。
腰に下げた剣に手を添えたシヴァンだったが、ロマニオはすぐに言い放った。
「すぐに剣を床に置いて。人質に怪我をしてほしくなければね」
言うとおりにするしかない。シヴァンはゆっくりと剣を置いた。
にらみあいは続く。このままだと、シヴァンも捕まってしまう。
「侵入者を捕まえろ!」
守衛官数人を引き連れて現れたのは、第二王子だった。金髪に碧眼、ヒラヒラした白襟に紺色のズボンで、まさに王子の服装をしている。
さらに状況は悪い。
長いやりを持った守衛官たちが、シヴァンを神殿のすみに追い詰めた。
「ぐっ」
抵抗できずに後ろ手に縄をかけられて、床にどさりと投げられた。シヴァンは痛みで顔を歪ませる。
「綺麗な顔のお兄さん。お姫さまを救出できなくて残念だったね」
絶世の美女と呼ばれる王妃から生まれて、その容姿を色濃く受け継いだ王子だったが、その笑い方はみにくい。
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