第17話 救出へ

 フクロウが闇の薬屋の二階の小窓から入ってきた。自室にいたシヴァンが腕を伸ばすと、フクロウは彼のシャツの上に止まる。


「どうした?」


 呼びかけに応じるように、フクロウはくちばしをくいと上げた。くわえられた若草色のリボンが揺れる。

 イーリスが髪を結んでいたリボンだ。イーリスがいないのに、それがここにあるということは。


「あのバカ……まんまと誘い出されたな」


 シヴァンはやれやれと頭を抱えた。

 セキュリティは強化したものの、外からの侵入には対抗できるが、イーリスが出て行ってしまうことは防げなかった。あれほど厳しく言ったのに。

 そうしている間に、廊下からバタバタと足音が聞こえ、


「大変です! イーリスさんがいません!」


 スレーがノックをすることもなく、シヴァンの部屋に入ってきた。フクロウを見つけて、スレーは顔色を変える。


「そのリボン、イーリスさんのじゃあ……」

「そのまさかだ」


 リボンがほどけて落ちただけなら、シヴァンが焦った表情をしていないだろう、とスレーは察する。


「あいつは連れ去られた可能性がある」

「連れ去られた⁉︎ では、イーリスさんはどこにいるのでしょうか」

「……おそらく王城だろうな」

「王城!? 王国の人が来たんですか?」


 王城と聞いて、スレーの顔色がさっと変わった。


「――ロマニオというイーリスが店に入れた男だ。王国とのつながりがあるのだろう。あの薬を盗まれて、セキュリティを強化したが、効果はなかったな。……見ていない間にイーリスに悪さをしたようだ。なにかにつられてトンネルの外に出ていった」


 シヴァンは壁に立てかけてある長い剣を手に取った。それをベルトに吊り下げて装着した。


「僕もイーリスさんを助けに行かせてください」


 スレーは居ても立ってもいられず、シヴァンに同行を願い出た。シヴァンはいい顔をしない。


「……お前は留守番だ。王国の罠かもしれないぞ」

「罠であっても、彼女を救いたいんです。それに……僕、抜け道を知っているので役に立つと思いますよ」

「抜け道を知っていても、足手まといになる」

「強力な眠り薬をすぐに調合しますので、店長、お願いします!」


 真剣なスレーの顔を見て、シヴァンは渋々うなずいた。


「しょうがないな……。三十分で作れるか?」

「やれます!」


 元気よく返事をした。強力な眠り薬は在庫にはないが、レシピはスレーの頭の中にある。

 スレーはすぐさま薬の調合を開始する。


「みんなで無事に帰ってくるぞ」

「もちろんです」


 二人で力強くうなづき合った。


* * *


 夜の闇にまぎれて、シヴァンとスレーは城壁に近づく。二人は黒いフード付きのコートを着て、頭一つ分の身長差に見える。

 この時間の警備は手薄になっているのか、門番はいない。

 そこにあるのは、そびえたつ高い石の壁のみ。侵入者から守る必要もない。

 シヴァンは嫌な予感がして、スレーに確かめる。


「まさか……この高さを登るのか?」

「いいえ、ここに隠し通路があるはず」


 否定されてシヴァンは心の中でホッとする。高い壁を登るわけではなかったらしい。登るには時間もかかり、夜とはいえ目立つ。

 草をかきわけると板が置いてあり、それを外す。大人がギリギリ通れるくらいの穴があった。


「こんな道をよく知っていたな」

「昔、王宮に住んでいた頃、見つけたんですよ。……さて、見つかる前に、行きましょう」

「――ああ」


 シヴァンはスレーが闇の薬屋で働く前の、彼の過去を知らない。知らなくてもいいと思っている。彼が話せば、聞くつもりだが。シヴァンが知っているのは心優しいスレーだ。


 穴の中を四つんばいではっていくと、城の中庭にたどり着いた。

 すぐさま、二人は木の影に身を潜める。

 守衛がちらほらと配置されているが、気配を殺しながら城内に侵入できそうだ。


「イーリスの居場所はわかるか?」

「探してみますね」


 スレーは鼻をクンクンさせた。においには敏感で、意識すれば、残り香でイーリスの足跡をたどることができる。猫の特性の一つだ。

 イーリスのにおいを探し当てたようで、鼻をピクと動かした。


「あっちです。行きましょうか」

「ああ」


 城の中を移動していると、死角から守衛が飛び出してきた。柱に隠れて見えず、反応が遅れた。


「お前ら、なにものだ!」


 身なりから怪しい者だと悟られて、剣で切りかかられる。

 シヴァンは剣をすばやく抜くと、守衛の攻撃を受け止めた。金属音がして、火花が散る。


「侵入者だ!」


 騒ぎを聞きつけた数人の守衛が走ってくる。人数では圧倒的に不利だ。

 スレーはコートのポケットから紙袋を出して、その中の粉を上にまいた。

 夜の闇に雪のようなキラキラする粉が舞い落ちてくる。


「この粉は……」


 つぶやいた守衛の一人が、床にドサッと倒れた。それを見た守衛は、一瞬ひるむ。


「毒か……?」

「混乱するな! 早く捕まえろ!」


 守衛の上司と見られる男が強く言っても、おびえたようにその守衛は動かない。

 と、意識を失って床に倒れた。


「まさか……」


 思い当たって、すぐに口元をおおっても遅い。まぎれもない毒だった。睡眠薬という毒だ。

 薬が回って、白目をむく。


「……睡眠薬の効果は、こんなに強かったんですね」


 スレーは驚いて目をぱちくりさせた。

 薬を売っているものの、使ったあとの様子を見るのは少ない。

 薬の効果はてきめんで、守衛たちが床に倒れて深い眠りに入っている。

 よく眠れるが、目が覚めると、とてつもない頭痛が出る薬。

 今は幸せそうな顔をして眠っているが、スレーはこのあとの辛さを想像して、かわいそうにと思った。


 敵が動き出す気配がなくなったことを確認して、シヴァンは剣を腰におさめた。守衛の攻撃を受け止めるだけで、相手に切り傷は負わせていない。


「行きましょう」

「そうだな」


 スレーの嗅覚を頼りに、アーチの回廊を忍び足で移動する。


「もしかして、城の中じゃないのか……?」


 予想が外れた。建物の外に出ると、広場があった。さえぎるものがなく、視界は良い。幸運なことに、見張りは配置されていない。


「この中ですね」


 スレーが足を止めたのは、神殿だった。シヴァンは吸い込まれるように、その建造物を見上げた。

 石でできた大きな柱が何本も立っていて、心なしかひんやりとする。


 真ん中に大きな扉があって、シヴァンは両手に力を入れて押した。カギはかかっていなかった。ギギギと石のこすれるような音がして扉を開けると、ロウソクで通路が照らされていた。

 広間に着くと、奥に見えたのは。


「イーリス!」

「イーリスさん!」


 二人の声に反応して、床に倒れたイーリスの目が開いた。両手を鎖で拘束されて、さらに柱にくくりつけられて、その場から動くのは難しそうだ。口に布が当てられて、「んー!」とくぐもった声を上げるだけだった。


「話せるようにするからな! 動くなよ」


 シヴァンは剣の先で、イーリスの口の封を解いた。切られた布が床に落ちる。

 その瞬間、イーリスは叫んだ。


「スレーお願い、すぐに逃げて! 狙われているの!」


 ずっとこらえていたのか、イーリスの目から涙が弾け飛んだ。

 遠くから一人の足音が聞こえて、シヴァンとスレーは振り向いた。

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