第15話 灰色のマントの男たち

 そのあとの薬屋の仕事は、淡々とこなした。


 シヴァンと顔を合わせるのを避けている。どのように話をすればいいのかわからない。

 食事をするときも、先に食べ終わらせてから席を立った。


「よかったら、一緒にココアを飲みませんか?」


 スレーが誘ってくれた。嬉しい。彼のいれてくれるココアは格別においしいから。同じように作ってもスレーのような味にはならない。


「飲みたいです」

「ちょっと待っててくださいね」


 そう言って、スレーはキッチンに行く。

 ココアは好きだ。甘くてまろやかで。とくに寒い夜はミルクたっぷりで飲みたくなる。


 数分後に、スレーが湯気のたつココアを持ってきてくれた。


「どうぞ。熱いから気をつけてください」

「ありがとうございます」


 お礼を言って、受け取る。カップの持ち手も少し熱い。ふうふうしてから一口飲むと、胸が暖かくなり、ほんのりした甘さが広がる。


(なんだか胸の苦しみと中和する感じ……)


 スレーもココアを飲んだ。少し落ち着いてから話し出す。


「……店長はキツく言うので誤解されがちですが、あとで言い過ぎたと後悔している人なんですよ」


 つきあいが長いと相手の考えがわかるのだろうか。

 仕事中に、スレーがイーリスの顔をちらちらと見てきたのは、喧嘩を聞いていたのかもしれない。

 それで、イーリスの気持ちを落ち着けようとお茶を誘ってくれたんだ。


「そうなのかな……?」


 信じられない。シヴァンがあとで後悔しているようには思えなかった。ずっと俺さまに違いない。


「後悔している姿を見せていないだけですよ。どうか店長を信じてあげてください……なんて僕が言ったら、無駄なこと言ったなって怒られそうですけれど」


「そんなことない。無駄ではないわ。シヴァンにもシヴァンの言い分があって、間違っているとは思えないもの。わたしが意固地になっているだけ」


「イーリスさん……」


 スレーが心配げに見つめてくる。

 シヴァンと仲直りするには、ちょっと時間が必要だ。イーリスが素直になるための。


「ごちそうさまでした。おいしかったです」


 イーリスは飲み終わったココアを静かに置いた。

 

* * *


 ベッドに入ったものの、ちっとも眠くならない。外は満月で月の光がカーテンからもれてくる。眠れないのは月の光だけが原因ではない。


 起き上がったイーリスは、机の上に置いたブローチを見つめる。なにか映し出されるかもしれないと期待をこめて。


(どうか、お父さんの姿を見せて)


 なにも変わらない。すがるようにじっと見つめても、暗くぼんやりとした自分の顔が見えるだけだった。

 あのとき、父親の姿が見えたのは偶然だったんだ。そう思ったとき。


 ――イーリス、どこへ行ったんだ……!


 父親の叫ぶ様子が映し出された。家の机に突っ伏して、腕には酒瓶を抱えて。持病があるからと最近はお酒を控えていたのに。

 ブローチをぎゅっと握りしめる。すると、父親が心配になって、気持ちがおさえられなくなってきた。


(こうしてはいられない。今すぐ行かなくちゃ)


 シヴァンから止められていたことだけど、すっかりと忘れていた。朝だから、まだ寝ぼけているのだろうか。


 パジャマからワンピースに着替えて、髪の毛にリボンを結ぶ。なぜかリボンを結んでも、気持ちが引き締まらない。

 自分の部屋のドアをそっと閉めた。まだ早朝で、シヴァンとスレーは寝ているらしく、物音はまったくしない。


 階段をそろりと降りて、店内へ。

 フクロウの横を通り過ぎる。目が合うかな、と心配したが、今は目をぎゅっと閉じて寝ているようだった。


 気を良くして、足音を立てずに歩いて入り口まで行った。

 入り口の鍵を開けて外へ。そっと扉をしめた。


 朝でも真っ暗だ。闇通りには日が登ることはない。

 真っ暗な道でも、ずっと暮らしていれば目が慣れて、どれだけ歩けば目的地に行けるのかわかる。


 闇通りの終着点。トンネルの前に立つと、イーリスはつばを飲み込んだ。


「……行こう」


 暗いトンネルは怖いから、一気に走り抜ける。明るい外に出て足をとめると、息がはあはあした。息を整えながら早足で歩いていく。


 外の光は刺激が強い。まぶしいのを覚悟していたけれど、まだ日は出ていなくて薄暗い景色だった。

 朝も早すぎるようで、市場には品出ししている人はいない。


 道の角を曲がると、急に灰色のマントを着た男たちに取り囲まれた。


「なぜ、道をふさぐの? わたしは先を急いでいるの!」


 ハッと口をふさぐ。言ってから気づいた。まずい。

 灰色の男たちに目を合わせてはいけないはずだったのに、バッチリと目を合わせてしまった。亡くなった母との約束だったのに。


「おや、意外な収穫があった。君は魔法使いなんだね」


 聞いたことのある低い声。そう、闇の薬屋に客として来た――。

 灰色のマントの男たちが、一斉に左右に動いて道を開ける。

 現れたのは青年ロマニオだった。


「わたし、魔法なんて使えないわ」

「君は魔法使いさ。本当に自覚がないの?」


 そう言われても、まったく身に覚えがない。


「ないわ」

「そうか……では、教えてあげよう。この灰色の男たちは魔法使いにしか見えないんだよ」

「えっ……そんなこと」


 魔法使い。スレーのように変身できるわけでもないし、手から水を生み出すことも、口から炎を出すこともできない。

 訳のわからないうちに、ロマニオは一人で「そうかそうか」と納得したようだった。


「王宮の決まりで、君を捕まえないといけない」

「んん……!」


 イーリスは口元に白い布をあてられた。ツンとしたにおいがする。息を止めようとしても、強いにおいで頭がくらりとする。

 白い布をはがそうともがく。しかし、ロマニオの力が強くてびくともしない。

 灰色のマントの男たちは、任務完了したと言わんばかりに、各所に散らばる。


(そうか。魔法使いのあぶり出しのために、灰色のマントの男たちが存在したんだわ……。お母さんが目を合わせないでと言っていたのはそういうこと……)


 点と点が線で繋がっていく。そうしているうちに、意識が途切れた。

 眠ったイーリスをロマニオは抱き上げた。


 その拍子に、イーリスの髪の毛をまとめていたリボンがほどけて、地面に落ちる。彼女の茶色の髪の毛が広がり、風になびいた。

 それには気づかずに、ロマニオは歩いていく。


「さあ、行こうか」


 不敵に笑って、歩き去った。




 バサッ!

 ロマニオがその場からいなくなると、フクロウが木の幹から飛んできた。密かにイーリスを尾行していたのだ。

 薬屋の入り口の扉を開けて出ていくのは、このフクロウには簡単なことだ。


「ホーホー」


 小さく鳴いて、地面に降り立つ。

 フクロウはリボンをくちばしで拾い上げると、イーリスの危機を伝えるべく薬屋へ向かって飛び立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る