犬好き
『おう、吉岡。ちょっと相談があるんだが』
『田中か。なんだよ改まって』
『実は何日か前に、道端で子犬が入った段ボール箱を拾っちまってな。今うちのアパートで内緒で世話してるんだけど、本当はうちのアパートってペット禁止なんだよな。だからさ、お前のところで引き取ってもらえないか』
『え? なんで俺に? 他のやつに声かけろよ』
『なんだよ、犬飼いたいんじゃないのか?』
『はあ? なんで。なんで俺が飼いたいだなんて思ったんだよ』
『だって昨日、すぐそこのショッピングモールのペットショップのところでじーっと犬見ていただろ。急いでたから声かけなかったけど、え、お前あそこにいたよな?』
『まあ、いたっちゃいたけど』
『じゃあ犬飼たいんだろ? じゃなきゃなんであんなところにいたんだ』
『なにって目の保養だよ』
『なんだよ。じゃあ犬は好きだけど俺みたいに何か飼えない事情があるってことか』
『だから、俺は犬なんて大ッ嫌いなの。俺が見ていたのは客の方』
『きゃく?』
『そう。なあ田中。ペットショップに展示されている子犬を見に来るような客ってどんな奴だと思う?』
『そりゃあ、犬が好きな人だろ?』
『そうじゃなくて客層の話だ。例えばの話だ、小汚いおっさんが子犬というカワイイの権化たる畜生を買いに来るか? 思慮深き紳士が飼いに来るか? 来ねーよ。ああいうところに来るのは、目の前の可愛さにしか目がいかない、商品価値の下がった老犬がどうなるか知りもしない上に想像すらしないような、無知で、俗物で、しかしペットに大金を出すくらいには金のある、愚かなガキとその親で構成される一般家庭だ。あるいは、『え~カワイイ』と言いながら高級料理に引き寄せられるハエのごとき若い女と、一切興味はないが恋人が可愛がってるからとりあえず『かわいいね』と相槌を打ちながら付き添う彼氏だ。やつらは買うつもりなんて一切ないくせに好奇の目を生後間もない存在に容赦なく浴びせ続ける。そういう類の人間たちなんだよ。いいか田中。ペットショップで子犬を見て、ほっこりしているような人間はもれなくクソだ!』
『いいすぎだろ。でも待て、お前も保養とか言って見てるじゃないか』
『だから、俺が見ていたのは客の方。子犬を見にくる客は総じて若い女だからな。だから俺は、子犬を見る女を、ショーケースの反対側から見て目の保養にしていたってこと』
『うわっ! うわあ! キモイ! キモイキモイキモイ! キモすぎる!』
“バァン”
『うっ!』
“バァン! バァン! バァン!”
『う……、うぅ……』
──バタン。
『うわぁ、キモかったァ……。ちょっと鳥肌がやべぇ……。それにしても今の話……。……。うわあ……。念のためにもう一発撃っとくか』
“バァン”
『…………』
“バァン バァン ──カチッ、カチッ、カチッ”
『ああ畜生。弾切れか……』
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