第17話 早すぎる再会

 都会過ぎず田舎過ぎず、程よく住み心地の良い穏やかな時間が流れるグラントニック。その中でも一層の賑わいを見せるバスル市場。屋台を構える商人たちの活気溢れる客引きの声、家庭的な料理や物珍しい料理に舌鼓したづつみを打ち幸せそうな笑みを浮かべる客。大勢の人混みの中で大量の荷物を積んだ荷車を引いて市場のあちこちをせわしなく行き来している労働者。

 

 市場近くでつい先ほどまで不穏な空気を漂わせていた【商人ギルドマスター】のギルバードと【グラントニック町長】のフューゲルの邂逅かいこうによる騒ぎはまるで夢だったかのようにそんな雰囲気は既に身を潜めていた。

 

 そんないつもと変わらぬ市場で星奈達一行は観光を満喫していた。


 (本当にこんな呑気な事をしていて大丈夫なのかな。あの女神は世界が危ないとか言ってたけど……ま、だからと言って私がどうこうできる問題じゃないけどね。あれから何も言ってこないし流れに身を任せておくしかないかな……)


 目の前の屋台で売られている、鳥肉を小さく切って甘辛いタレを沁み込ませ焼いた非常に香ばしく食欲をそそる香りを漂わせてる料理を、先ほどからずっと店主に値切りを持ちかけているジェイクとそれを恥ずかしいからと止めるエマを見ながら星奈はそんな事を頭の隅でぼんやりと考えていると、ふと視線に見覚えのある人物の姿が見えた。銀と黒の混じった独特の髪色の子供……星奈達がこの街に辿り着く直前に襲ってきたあの盗賊達の1人だ。星奈達の存在に気が付いていないのか1人で呑気に口笛を吹きながらこちらに向かって歩いてきている。


 「あれって……さっき襲ってきた盗賊連中に混じっていた子?」


 星奈がそう呟くと、値切り交渉を止めないジェイクに呆れて戻って来たエマも星奈のその言葉でこちらに近づいてくる少年の存在に気が付いた。


 「そうみたいですね。街のあんな近くで追いはぎ行為なんかしでかしておいてあんな呑気にこの街にほっつき歩いてるなんて凄い精神力のガキんちょです。というか盗賊が野放しになってるとかほんとこの街の治安はどうなってるんですかね。どうしましょうセーナさん? 捕まえて警備に突き出しましょうか?」


 「あー……まぁ、あの子は別に何もしてなかったしそこまではしなくていいんじゃない? というか関わるのも面倒だし……」


 素っ気なく答えるそんな星奈にエマはほぉ……と感嘆の息を零しながらキラキラとした視線を向けた。


 「盗賊相手でもセーナさんは慈悲深いんですね。もしや、そういった心の持ちようが魔術の新たな境地に至る為の秘訣なのでしょうか」


 「いや……別にそういう訳じゃないんだけど……」


 エマに痛い程見つめられた星奈は気恥ずかしいやらなんやらで自分でも驚くほど目を泳がせた。周りの人間が見たらあまりにも不審だっただろう。もっとも、大勢の人間でごった返しているこの市場では誰もそれを気にする者はいなかったが。

 

 星奈とエマがそんなやり取りをしている間に、あの盗賊の少年は二人のすぐ傍まで近づいてきていた。それに気が付いたエマはあっと小さく声を上げ、そして少年に向かって行った。


 「ちょ……なにするつもり? そんなの放っておいていいでしょ」」


 「少しお話を聞こうかと。警備に突き出しまではしませんけど、あんな事をされたんですから文句の一つや二つは言っておくべきです。このまま放免するなんてそこまで盗賊を甘やかしてはいけません」


 星奈の制止も聞かずにエマは少年に近寄るとその腕を掴む。腕を掴まれた少年はあまりにも突然の事に驚くというよりも呆気に取られ腕を掴んでいるエマの顔を見た。淡々とした表情を浮かべ少年を見つめるエマの真紅の瞳にはキョトンとした少年の顔が反射して映っている。


 「えっ!? えっ!? い、いきなりなんだよ!」


 「いきなりなんだよはこちらのセリフです。貴方は先ほど街の外でセーナさん達を襲った盗賊一味の1人ですね?」


 「げげっ!? あの時の……!! み、見逃してくれ~! 出来心だったんだ~!」


 少年は腕を掴んでいるエマ、そしてその後ろにいた星奈の顔を見て、素っ頓狂な声を上げたかと思えば腕を掴んでいるエマの手を振りほどき、軽やかかつ素早い動きで身をかがめてひたいを地に付け、土下座の態勢を取った。

 

 少年のその異様な行動は流石に周囲の注目を集める事になり、星奈達は否が応でも群衆の注目を浴びるはめになってしまった。そんな状況に慌てて星奈はエマと少年の元へと駆け寄った。


 「ちょ!? 止めてってば! 別にアンタの事をどうこうするつもりはないんだから!」


 星奈が群衆の注目を浴びて、顔が熱くなる思いに駆られながらも土下座をする少年に向かって今まで出した事ないぐらい必死に半場叫ぶように言うと、少年の突然の行動に呆気に取られていたエマもハッとした様子で土下座している少年を立ち上がらせようとその体を引っ張った。すると少年は案外素直にエマに体を引かれて体を起こさせる。


 「ほ、ほんとか!? け、警備に突き出したりしないのか!?」


 「しませんよ! だからこんな場所でそんな事をするのはやめてください!」


 立ち上がった少年はすがるような表情で星奈とエマの顔を交互に見る。大袈裟なほどに瞳をウルウルさせているその少年のそれが演技なのかそれとも素なのかは2人には判断が付かなかった。ともかく、この混沌とした状況をどうしたものかと二人は声を出すでもなくお互いに顔を見合わせた。すると、どこからか聞き覚えのある呑気な声が聞こえてくる。その声の先に2人が視線を向けると先ほどの屋台で手に入れた香ばしい匂いを漂わせる鳥肉を詰めた袋を肩に担いだジェイクがこちらに近づいてきていた。


 「おいおい、なんの騒ぎだよ。世話するこっちの身にもなって欲しいぜ……って、あー!? お前はあの時の……!」


 ジェイクもその少年の事に気が付き、少年に詰め寄ろうとする。しかしその瞬間に星奈によって腕を掴まれる。


 「お……? どうしたセーナ?」


 「どうしたもこうしたもない……! 取りあえずこっちに来て!」


 星奈はジェイクの腕を掴んだまま、もう片方の手で少年の腕も掴み2人を引きずるようにして市場の外に向かって駆け出した。一刻も早く、この群衆の注目から逃れたかったからか星奈は2人の人間の腕を掴んだままとは思えない速度でグングンと市場外へと進んでいく。その後をエマが慌てて追いかける。

 

 一連の騒ぎを見ていた群衆はそんな星奈達を唖然として見送った。

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柊其 星奈と異世界LIBRARY 八雲 鏡華 @kaimeido

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