第16話 グラントニックに渦巻く確執

 「ねぇ、あれは何者なの?」


 ギルバードの演説で活気づいた群衆を不思議そうに見つめながら星奈はジェイクとエマに問う。ジェイクとエマはお互い顔を見合わせ、そしてエマが頷いた。


 「私も詳しく知っている訳ではないですが、彼はこの街以外……リンドル村でも名を聞く事がある程度には有名な人ですよ。元々はほとんど名の知られていなかったこの街をここまで発展させたのは彼の手腕が大きいそうですし、何より彼が代表を務める商人ギルドがこの街の市場経営や物資流通を牛耳っているのが彼の影響力の大きさを物語っていますね。そのせいかこの街の代表……フューゲル町長とは折り合いが悪いって噂も聞きますね。ここら辺の真偽は分かりませんけど」


 エマが一通りの説明をするとジェイクが「おー」と感嘆の声を上げて拍手をする。星奈も思わず小さくながらも拍手をしていた。それに気を良くしたエマはしたり顔を浮かべている。

 

 星奈たちがそんな事をしている間にも、ギルバードの演説で盛り上がる群衆の下に近づいていく姿があった。商人ギルドの私兵団の兵士たちよりも質の良さそうな装備に身を包んだ兵士を引き連れた、清潔に整えられた灰色の髪をオールバックにしたメガネを掛けた見るからに不機嫌そうな表情を浮かべた神経質そうな男。彼はそのまま一直線に波を分けるように避ける民衆の間を進み、ギルバードへと近づいていく。


 「あれが噂のフューゲル町長ですね」


 星奈の耳元でエマがささやいた。星奈がそのフューゲル町長の動向を眺めていると彼はざわつく民衆の視線を一身に浴びながら、人差し指と中指でメガネをクイッと持ち上げながらあからさまに敵意が滲み出た視線をギルバードに向け口を開いた。


 「仕事に精が出ているようで何よりですな。もっとも、本来の業務に集中して頂けるとありがたいのですがね」


 嫌みっぽくクックックッと笑いをこぼすフューゲル町長。そんな彼に対してギルバードはまるで友人に久しぶりに会ったかのように大袈裟に両手を広げ不敵な笑みを浮かべて出迎えた。


 「おお、フューゲル町長。執務で忙しいでしょうにわざわざ庁舎からご足労頂けるとは実に光栄です。しかしご心配は無用です。この街の平穏は我らギルドが誇りをもってお守り致す故、町長殿の手をわずらわせる必要などございません」


 まるで演劇の演者にような身振り手振りで流暢に言葉を並べると、最後にギルバードは劇のフィナーレとでも言うように仰々しく頭を下げフューゲル町長に一礼をした。

 

 そんなギルバードの態度にフューゲル町長の眉が苛立ちげにピクリと動いた。そんな彼らの周囲に集まり、不満や怒り、様々な感情のこもった視線をフューゲル町長に向けていた住人達からはギルバードに対して「よく言った!」「やっぱり頼りになるのはギルドだけだ」といった賛美の声が漏れ聴こえた。


 「人気の差は歴然って訳ね」


 「フューゲル町長は黒い噂の絶えない人物ですからね。村でも彼の噂を聞く事はありましたけど、黒い噂ばっかりでした」


 ピリピリとした険悪なムードを漂わせるギルバードとフューゲル町長。そんな二人を遠巻きに眺めながら星奈とエマが話していると、ジェイクが呑気そうに呟いた。


 「よく分からんがいろいろ大変そうだなぁ。二人とも同じ街の住人なんだからもっと仲良くできんもんかね」


 そんなジェイクにエマが心底バカにしたような表情を向けた。


 「大人の世界にはいろいろあるんですよ。みんなジェイクみたいに単純な人ばっかりだったら苦労はありませんね」


 「おいおい、お子さまが大人の世界を語るとか面白い冗談だな」


 またしても兄妹喧嘩のようなやり取りを始めた二人を見て星奈は呆れてため息をこぼした。別に放置してもいいのだが、それだといつまでもあーだこーだと繰り返すのでその都度星奈がやり取りを止めなければ埒が明かず、心底めんどうでも口を出さざるを得ない。


 「はいはい、とにかく私達のは関係のない話だしそんな気にする必要なんてないでしょ」


 それは2人のくだらない言い争いを止めさせる方便……という訳でもなく、実際に星奈自身が思っていた感想だ。元の世界でめんどうな人間関係を嫌というほど味あわせられていたのだからこの世界に来てまで関わりたくないというのが本音だ。


 気が付けば渦中の騒ぎは既に静まっていた。集まっていた民衆はちりじりになり、いつもの市場の喧騒だけがその場に残されていた。


 「おっと、まさに一触即発って感じだったが無事に収まったみたいだな。いや、あのままエスカレートして刃傷沙汰にでもなったらどうしようかと思ってたぜ」


 「どうしようと思ってたの?」


 カラカラと笑うジェイクになんとなく想像はつきながらも星奈は聞いた。


 「そりゃ、俺が体を張って止めたさ。周りの人間も気が立ってたようだし下手したら大惨事になりかねないからな」


 「大層な自信ね。さっきの2人がどうなのか知らないけど返り討ちにあって自分の命が危なくなるとかは考えてないって訳ね」


 皮肉の籠った半笑いを向ける星奈にジェイクはいつもの調子で笑ってみせた。


 「自信はそりゃあるが……言われてみればそういう可能性もあるっちゃあるのか、そんな事考えてみた事も無かったな」


 「はぁ……勘弁してよ。正義感あるのはいいけどそんな調子で厄介ごとに顔を突っ込まれたら一緒にいる私たちの身の方が持たないっての」


 「ははは、悪い悪い! だが流石に俺もお前らを危険に晒すほど無鉄砲じゃないさ」


 「……これは先が思いやられるわ」


 さっきまでの騒ぎがまるで無かったかのように普段の賑やかさを取り戻し、いつも通りの生活を送りながら人々が行き交う往来で星奈は呆れながら頭を抱えた。

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