第15話 不穏な噂

 大釜亭で食事を終えた星奈たちは再びグラトニックの街中を歩いていた。食料品などの物資の補給……とは建前の街観光だ。


 「いやー食った食った。評判通り美味かったな」


 「ええ、食材はどれも高級という訳ではないですが調理が丁寧で食材の良さが最大限に引き出されていて食材本来の味が楽しめる絶妙な品々でしたね。表面をカリカリに焼いて肉汁を中にたっぷりと閉じ込めたベーコン。臭みを下処理で確実に取り除きながらも独特な風味を残して味に深みを持たせた川魚。それに他の食材との相乗効果を余すことなく発揮させ見た目だけでなく味にまで鮮やかな色彩を持たせた野菜など、全ての料理が一言では言い表すのが難しい芸術的な……それでいて素朴な暖かさを感じるさせる調理法が――」


 「お、おう! セーナ、お前はどうだった? 口には合ったか?」


 目を閉じてその時の情景を脳裏に思い描きながら語るエマを放置してジェイクは星奈に問いかける。意気揚々と感想を述べ、通り過ぎていく他の住民たちに奇異の目を向けられているエマを少し哀れに思いながらも星奈もエマには触れないようにした。


 「正直言うと本当に美味しかった。特にあのシチューはなんだか懐かしいって感じがした。どうしてだが分からないけど」


 「そりゃ、良かった。きっと記憶を失う前はシチューがセーナの好物だったのかもな。両親がいつも作ってくれてたとか……」


 (シチューのことも、両親が作ってくれた料理とかどっちも覚えがない、というか思い入れが全然ないけどなんだかどこか引っかかる気がする……なんでだろ)


 星奈がふと湧いた疑問に首を傾げているとジェイクが愉快そうに笑う。


 「いや、しかしセーナがちゃんとした感想を言ってくれるなんて俺は嬉しいよ。セーナのことだからまた素っ気ない返事でもしてくるかと思ってたぞ」


 「……アンタは私を一体なんだと思ってるの。そしてどの立ち位置から言ってんの」


 「あの、お二人さん。私の話ちゃんと聞いてますか?」


 ジェイクの発言に星奈が苦言をこぼすといういつものやり取りをしていると、エマがムスッとした表情で不満をあらわにした口調で割り込んできた。エマの紅い瞳がいつもより紅く、ギラギラと熱を帯びているように見える。


 「おう、ちゃんと聞いてるぞ。肉の魅力についてだろ? 食事と言ったら肉って感じがするもんな、分かるぜその気持ち」


 「全然違いますよ! やっぱ話を聞いてないじゃないですか。私がしていたのは食材の栄養素と調理法についての関係性で……」


 「ん? なんだかあそこに人が集まってるな。何か事件の匂いがするな」


 足を止めたジェイクがエマの言葉をまたしても無視して星奈に指し示した場所はあのバスル市場のある区画と居住区との境目……武装した見張りが立っている場所だ。そこの見張りに何人かの住人達が詰め寄って何かを訴えている様子だった。


 「なぁ! 失踪事件の調査はどうなってるんだ? ちゃんとギルドの方で調べてくれてるんだよな!? もう、何人も姿を消して……俺の妻もだ! 街中……いや、街の外だってあちこち探しても何一つ見つからないんだ……なぁ、頼むから妻を……アイツを探してくれよ……お願いだ……」


 1人の男性が悲痛な声で訴えかけていたかと思うと、最後には泣きそうになって見張り……私兵団の兵士に縋り付いていた。兵士はそんな男性をたしなめるようにして、ほとんどマニュアル通りといった説明をする。


 「気持ちはお察しします。しかし、こちらも全力で調査を進めているのですが成果は著しくなく……町長にも協力を要請しているのですがあまり反応が良くないみたいでして……」


 「町長なんか最初から頼りにしとらんわ。これだけの住民が失踪したなんて事件が他に知られればこの街の収入にも痛いからの。あの金にがめつい男が腰を上げる訳があるまい……だからもうワシらが頼れるのは長年、実質的にこの街の平穏を維持してきたギルドだけなんじゃ……」


 住民たちが次々と詰めかけ、騒ぎを聞きつけた他の兵士たちも集まってきてなんとか事態を落ち着けようと躍起になっている。その様子を遠巻きに見ている他の住民たちもどこか不安そうだ。これまで見てきた街の様子からはこんな事件とは無縁のように思えたので余計この光景は星奈たちにとって異質に見えた。


 「失踪事件か……まさかこの街でそんなことが起こってたなんて全然知らなかったぞ。エマはそういう話は聞いたことあったか?」


 「いえ、私も初耳ですね。多分、さっきの話からするとこの事件を表沙汰にしたくないこの街の町長が情報を制限して外部に漏らさないようにしていたのかもですね」


 その騒ぎを遠目で見ていると、立ち止まっていた星奈たちの横を武装した兵士を二人引き連れた、地位の高い人物なのだろうゴテゴテとした装飾で飾られた衣服にマントをなびかせた背の高い男が通り過ぎて行った。壮年らしいその男性はギラギラとした強い意志を感じさせる瞳で前方を見据えたまま進んでいく。そして、住民たちが集まり騒ぎとなっていた場所に辿り着くとまるで波が割れるかのように住民たちが道を開ける。


 「ギ、ギルバード様……!?」


 道を開け、どよめきたつ住民たちに先ほどまで問い詰められていた兵士たちはギルバードと呼ばれたその男性の登場に驚きつつも、どこか安堵の表情を見せていた。


 「ご、ご足労おかけして申し訳ありません! 我々としてもなんとか説得を試みたのですが力不足で……」


 兵士が居心地悪そうに今しがたの騒ぎの説明をするとギルバードは右手をスッと掌を前に向ける形で上げて兵士の言葉を遮る。


 「構わん。こういった場を収めるのも上に立つ者の役目だ。苦労を掛けたな、後は私に任せて君たちは普段通りの務めに戻りなさい」


 「は……はっ!」


 一礼し、市場の見張りへと戻っていく兵士の姿を見届けるとギルバードは体を翻し集まった群衆に体を向ける。既に近辺は兵士たちに詰めかかっていた住人たちだけでなく、偶然近くを歩いていた住民たちも集まってきており騒然としている。

 そしてギルバードは仰々しく、まるで手品師がこれからマジックショーでも始めるかのように頭を下げた。


 「今回の事件、我がギルドの力が至らぬばかりに住民の方々に不安な毎日を過ごさせてしまっている事を心より謝罪する。しかし、このギルバード・フォン・セルゲイは必ずこの悲痛な事件を解決する事を約束しよう。少しづつだが着実に我々はこの事件の真相に近づいて行っているのだ。もう暫く、もう暫くだけ待っていてくれ。必ずこの街に平穏を取り戻して見せよう」


 演説のような派手な身振り手振りで熱弁を繰り出すギルバード。先ほどまで不安な表情を浮かべていた住人たちもその熱弁に激励されたのか俄かに活気付いて、一種の興奮状態になる住民まで何人か見受けられるほどだった。

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