第14話 観光はランチの後で

 木製の簡素なテーブルと椅子。モコモコとした毛布が敷かれている二つのベッド。窓からは人々が石畳の道を行き交う姿を見下ろすことができるその部屋が宿の主に星奈たちが案内された部屋だった。路銀の節約の為、ジェイクが床で寝ることにして二人用の客室を選んだのだ。


 「あんな大口叩いてたのに大したことないんですね」


 エマが小馬鹿にしたような半笑いを浮かべ、ジト目でジェイクに視線を向けている。


 「そ、そりゃ仕方ないだろ……雰囲気的にこう……な? 頼れる大人としてのプライドがな?」


 「プライドじゃ、お腹は膨れませんよジェイク」


 「く、くそ! ガキの癖に大人を馬鹿にしやがって……!」


 「馬鹿にされる大人が情けないんじゃないですか?」


 まるで兄妹のように言い合う二人を後目に星奈は窓から道を行き交う人々を眺めていた。その群衆の中には村の道具屋の店主と同じような犬耳を生やした者の他に猫耳を生やした者、筋肉質で極端に背の低い顔のほとんどがヒゲに覆われた者など、今まで星奈が見たこともない多種多様な人々が存在していた。


 (ふーん……やっぱりいろんな種族がいる世界ってことなのかな。私の知らないことばっかりで……そう考えるとなんの面白みのない元の世界に比べたらこの世界の方が少しはマシなのかもね)


 そう思慮を巡らせる星奈の後ろから相変わらず皮肉を言うエマの声と必死に反論するジェイクの声が聞こえていた。


 (はぁ……ほんとうるさいな……ただ、2人っきりで旅するよりかは私が喋らなくて済むからそこらへんは助かると言えば助かるのだけれど……)


 「という訳でだ! セーナ! お前も腹が空いてるだろ? 早速みんなで大釜亭に行こうぜ」


 「お腹が空いて堪りません。早く行きましょうセーナさん」


 その声に星奈が振り返ってみると、先ほどまで言い争いをしていたのが嘘のように平然とした2人が並んでこちらを見ていた。


  「……もう、気は済んだの?」


  「ああ、エマはすぐ文句を言ってくるからいつも俺が相手してやってるんだ、もうすっかり慣れたもんだぞ」


  「はい、ジェイクはほんと子供っぽいのでここは一つ私が大人になって穏便に解決させました」


  「うん、まぁどっちでもいいけど……私の準備はとっくに済ませてあるしいつでも大丈夫」


  「ようし、じゃあ出発するか!」


  呆れて乾いた笑いをこぼす星奈を先導するようにジェイクが意気揚々と部屋の扉を開け、一行は大衆食堂【大釜亭】を目指して宿を後にした。


 先ほどまで星奈が宿の部屋から見下ろしていた石畳の道を進んでいく。行き交う多種多様な人々とすれ違いながら目的地を目指す3人は時々、他愛ない雑談を交わしながらリンドウ村とは全く違った雰囲気の街並みを眺め進んでいく。太陽は丁度、頭の真上に浮かんでいた。

 

 大釜亭前の広場は丁度今が昼ということもあってか、大釜亭目当てだろうか以前に見た時よりも人で賑わっていた。市場やこの街に多く見られた他の食堂……レストランなども食事を求める人々で賑わっていたが、どうやらやはりこの大釜亭が一番に賑わいを見せているようだった。

  

 星奈たちは大釜亭の看板の設置された軒下のきしたをくぐり、扉を開ける。すると風味豊かな香しい料理の匂いに全身が包まれる。店内を見渡せば建物内の仕切りを全て取っ払ったような広い空間に部屋の端から端まで伸びるような長いテーブルが並び、その上に食欲を刺激する料理がズラッと並べれていた。そんなテーブルを囲むように人々が天井から吊り下げられたランタンの灯りの下で椅子に座って食事を楽しんでいる。


 「うわっ、凄……」


 その圧巻の風景に星奈は思わず息を飲んだ。


 「おいおい、前来た時も賑わってたがその時よりも更に賑わってるじゃないか」


 「はいはいはい! いらっしゃいませ! 何人様でしょうか!」


 星奈たちが唖然あぜんと店内を眺めているとエプロンドレス姿の女性店員が声を掛けてきた。店の繁盛っぷりに忙しなく動いているせいが顔が少し紅潮している。


 「3人だ。なんだかすごい混みっぷりだけど席は空いてるかな?」


 「ええ、ええ。問題ありませんとも。ささ、ご案内いたしましょう」


 店員は愛想よくニコニコ笑いながら3人を店の一番端側のテーブルへと案内する。その途中で他の店員たちがテーブルとテーブルの間の通路を忙しなく動き回っているのが見えた。

 

 「ご注文が決まりましたら店員にお声掛けください~」


 3人が席に着くと彼女らを案内した店員はあっという間にどこかに行ってしまった。テーブルに置かれた一枚の紙に書かれたメニュー表をジェイクとエマが眺めている間。星奈は店内の喧噪の中で無意識に店の奥を眺めていた。どうやらその先に厨房があるようで給仕係の店員や料理人たちが厨房から立ち込める煙で白くぼやける中で忙しなくしているのが見えた。


 「なぁ、最近この街で行方不明者が増えてるだろ? 結局、その事件ってどうなってるんだ?」


 ふいに近くの席の男性客たちの会話が星奈の耳に入る。店内の喧噪の中では聞き取りにくかったが、内容が気になった星奈は澄ました顔で客たちの会話に耳を傾けた。


 「商人ギルドの連中が私兵団を使って調査をしているみたいだがどうも進展はないみたいだな。もう何人も消えちまってるのに町長はこの事件を大事にしたくないみたいで調査に乗り気じゃないらしいし……この前はトムの嫁さんが消えちまったしこの街は一体どうなっちまってるんだ」


 「は、どうせ町長はこの事件が表沙汰になったら観光客が減って街の収入も減るから隠したがってるんだろ。あいつは金に目が無いって聞くし黒い噂ばっかりだから端から期待なんかしてねーよ。そうなるとやっぱギルドが頼みの綱か……」


 (随分と不穏な話をしてるな……まぁ、どうせ私たちは明日にはこの街を出るから関係ないけど)


 面倒な話だということを察した星奈は、今聞いた話を聞かなかったことにしようと視線をジェイクたちの方へ戻そうとした。その時、この食堂に不釣り合いな姿が目に入った。店の奥側、厨房と隣り合わせになった壁際にある扉。そこにまるで正体を隠すかのような黒装束に身を包んだ何者かが入っていく瞬間を星奈は目撃した。


 (……? 見るからに不審者ですって感じのやつがいたけど、店員も誰も気にしないの?)


 その事に疑問を抱いた星奈だったが、もしかすると単に店の関係者だったのかもしれないと、深く考えないことにした。


 (ま、いくらなんでもそうそう連続で何か事件が起きる訳ないし私の考えすぎかな。最近、いろいろありすぎたのが原因な訳だけど)


 「なーにまた難しい顔しているんだセーナ。ほら、飯だ飯、お前も好きなの食べろよ!」


 気が付けば目の前にとても良い笑顔を浮かべたジェイクがこちらを見ていた。星奈は思わず驚いて椅子から転がり落ちそうになったがなんとか耐え切る。そんな星奈の目の前にジェイクが料理のメニュー表を突き出していた。


 「分かってる、分かったってば……さっさと決めればいいんでしょ? えーと……」


 星奈は目の前のメニュー表をジッと見つめた。

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