第13話 始まりの街 グラトニック

 グラトニックの街へ向かう星奈とジェイク。その二人の旅路にリンドル村自警団の赤髪の少女、エマが加わっていた。3人は並んで木々の密集度が高まり草原ではなく森のような風景に変わりつつある道を歩いている。


 「さっきは助かったが……なんでお前がいるんだよエマ!」


 隣を歩くエマはうるさそうにジト目でジェイクを一瞥いちべつすると、ぷいっと顔を背けて星奈の方へと向けた。突然、顔を向けられた星奈は驚いて声を上げそうになったがなんとか声を出さずに済んだ。


 「私はただセーナさんの魔法について調べようとしてるだけですから。あの時のセーナさんの魔法……今まで文献でもあんな魔法を見たことがありません。もしかすると魔法ですらなくもっと別の何かなのかも……こんな貴重なものを放っておくなんてできる訳ありませんよ。どうせジェイクは魔法には無頓着なんですから邪魔しないでください」


 エマはまくし立てるようにジェイクに言葉を浴びせつつ、星奈にキラキラとした瞳を向ける。そんなエマに対してどう接するべきか分からず、星奈は顔を引きつらせる。


 「あの……そんなに期待されても私自身よく分かってないんだから教えることなんてできないけど……」


 星奈のそんな返答に対してエマはニヤリと口角を上げて何故か自信ありげな表情を浮かべる。初めて星奈と出会ったときは控えめな少女だとばかり思っていたが、今の紅い瞳をギラギラと輝かせている彼女を見る限りでどうやら見当違いだったらしい。


 「魔術師なら自分の秘術を他人に教えるなんてまずしませんのは分かってますし、私は構いませんよ。勝手に調べますので」


 「私が構うんだけど……」


 熱い視線を送ってくるエマに星奈が辟易へきえきしていると、助け船を出すかのようにジェイクが声を上げた。


 「見えてきたぞ! あれがグラトニックだ!」


 その大声に星奈とエマの二人がほぼ同時に自分たちが歩いている進行方向に視線を向けると、そこにはすっかり鬱蒼うっそうとした木々が立ち並ぶ森の中に、まるで境界線のように立ち塞がる石壁と大きな門が現れていた。街への出入り口である門は開かれており、二人の武装した見張りが立っているのがここからでも目視できた。

 

 そこでようやく、星奈はいつの間にか自分が歩いていた地面が土ではなく石畳がきちんと敷き詰められた道らしい道になっていたことに気が付いた。


 「ほら、俺の言った通りすぐ着いたろ?」


 「うん。もうクタクタだしさっさとどこかで休みましょ」


 「賛成です、私もこんなに歩いたの久々でもう足が痛くてたまりません」

 

 星奈とエマはジェイクを差し置いて門へと足早に向かって行く。


 「お、おい! 無視かよ! 待てって!」


 ジェイクは後ろを気にする素振りなど一切見せずに進んでいく二人の後を慌てて追いかけた。


 街の門を通り抜けると、石畳が綺麗に引き詰められた道に木製やレンガ造りの三角屋根の建物が立ち並びそれぞれに色鮮やかな花が咲いた植木鉢や芸術的なランタンなどが飾られていて、それだけでも十分にリンドル村との発展具合の差は歴然だった。

 

 そして多くの人々が行き交う道をそのまま道なりに進んでいくと、色とりどりの布が張られた屋台が立ち並んだグラトニックの見所の一つでもある【バスル市場】に辿り着いた。市場の区画と他の区画の境目には武装した見張りが数名立っている。市場を管理する商人ギルドが雇っている私兵団、所謂傭兵だ。

 

 所狭しと屋台がひしめき合う市場の細い道を3人は市場を見回しながら進んでいく。肉の塊が並べられた屋台ではベーコンやソーセージなどの加工品が火がくべられた鉄板の上で焼かれていて、ジュウジュウという肉が焼ける音やパチンとソーセージの皮が弾ける音と共に香ばしい匂いを辺り一面に振りまいていた。また、別の屋台には瑞々しいキャベツや色鮮やかなニンジンなどの野菜であったり、アクセサリーや工芸品など小物を並べた屋台もあったりと多種多様な品々が売られていた。その中でも多くの割合を占めているのが食品関係のようだ。


 「あの、ジェイク。あれ、美味しそうじゃないですか?」


 「なんだエマ、食べたいのか?」


 「別にそうは言ってませんけど」


 ニヤニヤとからかうような笑みを向けてくるジェイクに対し、エマはコホンと咳払いをして恥ずかしそうにそそくさと顔を背けてしまう。

 

 そんな二人のやり取りをよそに星奈も自分にとって物珍しいこの市場の光景を眺めていた。


 (市場……ね。なんだか騒がしくて好きじゃないけど……)


 星奈の視界に黄金色に焼けたベーコンや瑞々しい色とりどりの野菜や新鮮な川魚が飛び込んでくる。それに加え、香ばしい匂いや甘い匂い、香辛料だろうかやや刺激的な香りまで漂ってくる。


 クゥ……


 星奈のお腹が可愛らしい音を鳴らす。その瞬間に星奈は凄い勢いでジェイクとエマへと視線を向ける。二人はなにか雑談を交わしていてこちらを気にする様子は無かった。お腹の音が誰にも聞こえていなかったことに星奈は安堵の息を漏らしてた。


 それから市場を通り抜け、数メートルほどの高さの階段を上がると開けた広場のような場所に出る。綺麗に整備された花壇を取り囲むように設置されたベンチに住民たちが座って思い思いに過ごしている。どうやら住民たちの憩いの場のようだった。

 

 何より星奈の目に止まったのは白い煙をモクモクと上げる煙突と赤い三角屋根が特徴的な周りの建物より一回りほど大きい建物だった。その玄関らしき扉の上にはでかでかと看板が設置されている。


 「大釜亭……?」


 「ああ、この街で一番有名な食堂だな。この食堂の料理目当てでこの街にやって来る旅行客も多いらしい。大衆食堂ってだけあって料理の値段もお手頃らしいしせっかくだから寄って行きたいよなぁ」


 「別に観光旅行って訳でもないのに呑気なこと……」


 「なんだ? セーナは興味ないのか?」


 心底、疑問だという顔を向けてくるジェイクに想わず星奈の目が泳ぐ。その視線の端に大釜亭にキラキラとした視線を注ぐエマの姿が映り、星奈は観念したように目を伏せてため息を吐いた。


 「いや、どのみち食事はしないとなんだし別にいいと思うけど」


 その言葉にジェイクはパァァと笑みを浮かべ、エマも満面の笑みという訳ではなかったが期待を宿らせた目で星奈の方を見ていた。するとジェイクが背負っていた荷物を体を軽く跳ね上げ担ぎ直し、気合を入れるように頬をパァンと手で叩く。


 「おっし、そうと決まればさっさと宿を探して食堂に行くとするか! 金は十分にあるから心配するな……とは言えないがまぁ気にするな。それよりもこれまでの疲れを癒して英気を養おうとしようぜ! せっかくあの辺鄙へんぴな村から出てきたんだから楽しまなきゃ損だぞ!」


 「うん、それは別にいいんだけど。目的のことは忘れないでよね」


 「ねぇねぇ、ジェイク。私はふわふわのベッドのある宿がいいです」


 「……はぁ、本当に大丈夫なのこれ?」


 張り切ってこれからの予定を話し合う、観光気分のジェイクとエマを見て。星奈がもう何度目か分からないため息を吐くことになったのは言うまでもない話だった。

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