悪食の章

第12話 前途多難な旅路と魔術師見習い

 風に吹かれ波のように揺れる草原に一本の線のように敷かれた道を星奈とジェイクは歩いている。ジェイクは呑気に鼻歌を歌って上機嫌な様子だったが、星奈はというと見るからに不機嫌そうに顔をしかめていた。何故かというと、彼女たちがリンドル村を発ってから既に野外での夜を2晩連続で過ごすはめになってしまったからだ。ジェイクはこういうことにはすっかり慣れていたが、星奈は野宿どころかキャンプすらやったことはない。そんな彼女が野宿を余儀なくされたとあれば機嫌が悪くなるのも無理はない話だ。


 「ねぇ、ジェイク」


 「ん? どうしたセーナ? 用でも足したいのか?」


 「違うわ! ……いつになったら街に着くの? あまりワガママ言うのもどうかとは思うんだけど、私こういう旅ってのに慣れてないからそろそろ歩きっぱなしは正直キツイの」


 するとジェイクは足を止めた。星奈も思わず足を止める。そのままジェイクはキョロキョロと辺りを見渡すと何かを見つけたのか嬉しそうに口角を上げると、その視線の先を指さした。


 「丁度いい場所があるな。よし、少しここらで休憩するか」


 そんなジェイクの提案により、道の脇に生えていた大きな木の根元。丁度良く木の葉が日よけとなっている木陰に2人は並んで腰を降ろした。時々吹く心地よい風が星奈の頬を撫で、清涼感を与えた。

 星奈は木陰で足を伸ばしつつ横目でジェイクに視線を向ける。


 「で、結局いつになったら着くの?」


 「んー……もうだいぶ進んだしそろそろ見えてくると思うぞ」


 ジェイクは両手を上に伸ばし気持ちよさそうに背伸びをしながら答えた。


 「昨日も同じようなこと言ってたんだけど」


 「ん? そうだったか?」


 キョトンとした顔で悪気なく言うジェイクを見て、星奈は大きくため息を1つ吐いた。そんなやり取りを2人がしていると星奈たちが向かおうとしている方向から簡易な布着に身を包み大きな荷物を背負った旅人が歩いてきていた。その旅人は木陰で休んでいる2人に気が付くと会釈をして声を掛けてくる。星奈が気まずそうに会釈を返していると、ジェイクがその旅人に質問を投げかけた。


 「ちょっといいか? ここからグラントニックの街まであとどのぐらいか分かるかな」


 「ああ、それならもう少し行けば見えてきますよ。僕も昨日グラントニックで一晩休みましてね」


 「おお、そりゃ良かった。助かったぜ、ありがとな」


 「いえいえ、こういう時はお互い様ですから。では失礼……」


 ジェイクが礼を言うと旅人は軽く会釈して去って行った。ジェイクはニコニコと屈託のない笑顔を星奈に向けている。


 「良かったな、あと少しだってよ」


 「それはいいんだけど、グラントニックってどんな街なの?」


 「そうだな……向かいながら説明しようか。もうひと踏ん張り行けるかセーナ?」


 「ん、私もちゃんとした所で休みたいしね。大丈夫」


 星奈は地面と触れあっていた服の部分を手で払いながら立ち上がると、辺り一面に広がる草原を一瞥いちべつして歩き出した。

 

 「それでさっきの話だが……グラントニックはこの辺りだと中規模の街でな。都会って訳ではないがリンドル村と比べてたら全然賑わってる場所なんだ」


 「だろうね」


 「食い物が旨いって評判の街でここの料理を目当てに他の街から来るやつもいるほどなんだ。別に高級料理とかそういう訳じゃなくて、素朴な料理が名物の大衆食堂が人気なんだそうだ。俺も前に食べたことはあるが確かに美味かった記憶があるな、うん」


 (こいつ……絶対、味のこと覚えてないな……)

 

 明らかに記憶が曖昧なのを誤魔化そうとしたジェイクをいぶかしむ星奈だったが、ジェイクの話を聞いてお腹が鳴るのを堪えるのに必死だった。特段、星奈は食に興味がある訳ではなかったがこの旅で疲れ切っている今の星奈にとってそんな美味しい料理の話など聞くだけでお腹が減ってしまう。

 

 「……」


 「どうしたセーナ? なんだか難しい顔をして、便所か?」


 「違うわ!」


 デリカシーの欠片もないジェイクに星奈がわずかに顔を紅潮させながら反論したその瞬間に、近くの茂みから三つの影が飛び出してきた。それらは2人を取り囲むように陣形を組む。短剣を構えた盗賊だ。


 「へっへっへ……仲良く2人旅なんて羨ましいなぁ……」


 「俺たちにも幸せを分けてくれよぉ……ひひひっ」


 「そうだそうだ! 分けろー!」


 動きやすい布切れのような服と肩当てなど簡易な防具を装備した彼らは囲んだ2人を見ながら口々に下卑げびたような口調で捲し立てる。盗賊の3人のうちの一人は背が小さく、前髪が銀色でその他が黒色という印象的な子供だった。


 「おいおいおい、こんな白昼堂々に盗賊かよ。治安はどうなってんだ治安は」


 相変わらず呑気そうなジェイクの言葉を聞き、突然現れた山賊に気を取られていた星奈はハッとして腰に携えた短剣に手を伸ばす。以前にゴブリンを消し去ったあの力……できる限りはあれを人には使いたくない。

 するとジェイクがそんな星奈にバチッと片目を閉じてウィンクをした。


 「心配するなって。これぐらい余裕さ。まぁ、見てな」


 ニヒルに笑いながらジェイクは一歩前に出て武器も構えずに両手を広げた。一体何を考えているのかと星奈は焦りを覚えたが、どうやらそれは山賊も同じ気持ちだったようで彼らにも困惑の色が見えた。


 「おい! そこのダサいシャツのテメェ! 何を考えてやがる!」


 一人の盗賊が短剣をジェイクに向けてがなり立てる。それでもジェイクは澄ました表情を浮かべている。


 「酷い言い草だな、これのどこがダサいって言うんだ。なぁ、セーナ?」


 「いや、ダサい」


 「セ、セーナ……? ま、まぁいい……とにかくお前らなんか素手で蹴散らしてやるよ」


 ジェイクは星奈の言葉に哀しそうな表情を浮かべつつ、すぐにキリッと盗賊たちに不敵な笑みを見せた。


 「ハッ、カッコつけようたってそう上手く行くかよ、ぶっ殺してやる!」


 「来る……!」


 「ああ、任せとけ」


 盗賊の一人が短剣を振りかざしジェイクに向かって突っ込んでくる。それをジェイクは寸前の所でひらりと躱し、それと同時に足払いを食らわせ山賊の態勢を崩させた。


 「うおっ! とっとっ……!」


 盗賊は辛うじて転ばずに耐えたがそこに間髪入れずにジェイクが風切り音を放ちながら素早く蹴りを食らわせる。すると盗賊の視点は急にぐるりと回転し空と大地が逆転する。かと思えば頭に鈍い衝撃が走り意識を手放すことになった。


 「ふぅ、一丁上がりだ」


 ジェイクは手をパンパンと叩き鳴らしてどや顔を盗賊たちに披露する。その足元では1人の盗賊が気を失って倒れている。その光景を目にした子供の盗賊はたじろいでしまっていたが、もう1人は激高して背負っていた小型のクロスボウを構えるとそれをジェイクに向けた。


 「待て待て待て! 飛び道具は反則だろ!」


 慌ててジェイクもクロスボウを構えようとするが、既に盗賊の指はクロスボウの引き金を今まさに引く瞬間であり、どう足掻いても間に合いそうにない。

 それを察した星奈が咄嗟とっさにあの不思議な力を行使しようとしたその瞬間、周りの空気がピリピリと震え出した。


 「はしれ! サンダーボルト!」


 そんな声が聞こえたかと思うと凄まじい轟音ごうおんと共にまばゆい稲妻のようなものが宙に模様を描くようにはしり、盗賊が構えたクロスボウに直撃し爆発音と共にそれを弾き飛ばした。盗賊の短い悲鳴が上がる。


 「魔法かよ!? そんなの聞いてないぜ、退却だー!」


 「くそー! 覚えてろよー!」


 盗賊たちはそんなお決まりのセリフを吐き捨てて一目散に逃げていく。ジェイクの足元で気を失っていた盗賊もその騒ぎで目を覚まし、ジェイクと目が合う。するとジェイクはあごでクイッと盗賊たちが逃げていった方向を指し、それに気が付いた盗賊は慌てて逃げた盗賊たちを追って行った。


 「ふぅ……少しだけ危なかったぜ……」


 「少し? だいぶ危なかった気がするけど」


 「気のせいだセーナ! それよりさっきのは……」


 背後から足音が聞こえ、二人が振り向くとそこにはローブを身に纏った赤毛の少女。エマの姿があった。


 「……着いて来ちゃった」


 エマはその紅い瞳をキラキラ輝かせながら何故か自慢げにしていた。

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