幕間
番外 図書館と不思議な本
制服に身を包んだ少女、篝火
陽香は学校の帰り道、奇妙な噂のある古い図書館に友人と一緒にこっそり忍び込んでいた。昼間ですらほとんど人の気配のない図書館は夕方ともなれば普段よりも更に深い静寂に包まれている。営業時間でさえ年配の司書が1人いるだけの図書館の警備は雑としか言いようが無く、女子高生2人の侵入をいとも簡単に許していた。
陽香は友人と図書館の秘密を探ろうと、多くの本棚が立ち並ぶ
「な、ななな何? 何が起きたの……? せ、星奈? ど、どこ行っちゃったの? お……おーい!」
ハッと正気に戻った陽香は床に座り込んだまま慌てて消えた友人の姿を求めて室内を見渡しながら名前を呼ぶが返事はない。陽香自身が立てる物音だけが書庫に鳴り響いた。
「うう……一体何が起こったの……?」
今しがた起こった不可解な出来事に不安そうな表情を浮かべていると、ふと陽香の視界にあるものが映った。それは先ほど友人……柊其
「さっきの光はこの本が原因なのかな?」
陽香はゆっくりと立ち上がり、スカートの裾についてしまった埃を払うとその不思議な本に近づき、拾い上げようと手を伸ばした。その陽香の指先があと少しで本に触れるというところで急に何者かの手が背後から陽香の肩をトンと軽く叩くように触れた。
「何をしているのかね?」
「ひぎゃあ! すみませんっ! すみませんっ!」
肩に触れられた感触と突然聞こえた声に驚いた陽香は心臓が口から飛び出そうになり、まるで猫のように飛び跳ね、そして訳も分からず謝罪の言葉を繰り返しながらおもむろに背後を振り返る。するとそこには年配の男性……いつも、昼に唯一見かけられるこの図書館の職員である司書の老人がそこで不思議そうな顔を陽香に向けていた。白髪の目立つ短髪をきちんと整えた細身でメガネを掛けた紳士風の老人だ。
「うおっ!? ……驚きたいのはこっちだよ」
「あ、ああ……しょ、職員さんでしたか……! す、すみません! 別にやましいことなんて何も……」
陽香は手を目の前に突き出し素早く振って慌てて自分の無実を主張する。しかし視界に映った床に散らばる本や書類を見て、しまったという感情をありありと顔に浮かべた。陽香のリアクションの大きさに驚いていた司書の老人は表情を和らげて笑った。
「とりあえず床に散らばっている本を片付けてくれたら見なかったことにしてあげよう。さぁ、手伝ってくれ」
「は、はーい……分かりました~……」
老人に
「お疲れ様。さて……
司書の老人は作業を終え、小机の上の本をジッと見つめたままの陽香に声を掛ける。
「はっ、はい!」
陽香はドキリとして、すぐに振り向いた。老人はニコニコと笑顔を浮かべており、メガネの奥の瞳は優しく細められている。
「あ、あのですねー……その……噂話を確かめにちょっと……」
陽香がもじもじと両手の指を付き合わせながら歯切れが悪そうにそう言うと、老人はなるほどと納得したように小さく頷いた。
「ふむ、この図書館に魔術書があるとか、実は魔法使いの隠れ家だとかそういう噂だね。私も耳にしたことはあるよ」
「は、はい。すみませぇん……」
「ははは、まぁ実に夢があって面白い話じゃないか。物語を収めた図書館にとってそういう噂話は光栄だね。だけど残念だけどこの図書館はごく普通のありふれた場所で何も不思議なことはないよ」
老人は片手を首の側面に当てながら愉快そうに笑う。しかし、ふとその瞳に寂しさが宿る。
「昔はよく子供たちがこうやって忍び込んできたものだよ。今となっては昼のお客さんも、夜のお客さんもほとんど来なくなってしまったけどね……」
老人が昔を思い返すように、記憶を辿るように目を伏せる。書庫内の静けさがより一層、老人の纏った寂しさを強調させていた。そんな矢先、陽香が突然に声を上げた。
「あーっ!?」
「今度は一体なんだね!?」
陽香の大声に驚いた老人は目を開け、しまったという感じで両手を頬に添えている彼女に視線を向ける。すると陽香はこっちこっちと老人に手招きすると小机に置かれた本へと駆け寄っていく。
「そ、そうだ! さっきこの本が光ってて……本を開いたらこう光がパァァァァって……そしたら一緒にいた友達……星奈が居なくなっちゃって……! ど、どうしようおじいさん!?」
「……一体なんの話だね?」
老人は
そこにはやはり【ラーヴ・セガルト】と表記された本が静かに佇んでいるだけだった。
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