第11話 冒険の始まり

 朝、ベッドから出た星奈は水場で顔を洗い眠気を払った後にいつものように朝食を終え再び自室に戻る。そして昨日準備していた服に着替えると今まで星奈が着ていた制服と荷物を詰め込んだ袋を背負い、装備を整える。メリルから借りた寝間着を丁寧に畳むと小机の上にそっと置いた。

 

 部屋の扉を出る際に星奈は一度、部屋を振り返る。数日しか滞在していない部屋だったが、なんだか名残惜しい気がしたからだ。


 そしてトーマス老人とメリルと連れ合って村の名前が刻まれた門に辿り着く頃には、既に多くの住民たちが星奈たちの旅立ちを見送るべく集まっていた。


 「よう、寝坊はしなかったみたいだな!」


 初めて出会った時と同じクロスボウを背負い、剣を腰から下げたジェイクが手を振って星奈を出向かえてくれた。彼の傍にはミハイルとケンドもいたが、エマの姿はどこにも見えない。もしかしたらエマの質問に適当に答えていたことにねてしまったのかもしれないと星奈は思った。


 「ずいぶんと盛大な見送りね、暇なのかな」


 「ふぉっふぉっ……みな、お主の無事を願っておるのじゃよ。短い間とは言え、村にお主のような若者が訪れてくれたおかげで村は久しぶりにどんちゃん騒ぎだったからのう……もう家族のようなもんじゃ。ワシもまるで孫と暮らしているようでよい思い出になったわい、ありがとよセーナ」


 「おじいちゃん……」


 無自覚におじいちゃんと口から零してしまった星奈は慌てて口をつぐんだ。トーマス老人やメリルと過ごした時間は星奈にとってもどこか懐かしく尊い時間に思えていたが、結局その事を星奈が口に出すことは無かった。


 「ジェイク、しっかり嬢ちゃんを守ってやるんだぞ。そうじゃなきゃ衛士センチネルなんて夢のまた夢だ」


 「おいおい、分かり切ったことを言うなよミハイル。俺の実力はお前が一番よく知ってるだろ?」


 「ああ、お前の間抜けさも一番知ってるよ」


 「こいつ! こんな時までおちゃくりやがって!」


 ジェイクとミハイルのやり取りに見送りに来ていた住民たちから笑いの声が上がった。随分と楽しそうな声だ。当の本人たちも楽し気に笑い合っている。


 「ジェイクさん! ジェイクさんが衛士センチネルになれること、僕信じていますから! それにセーナさんもどうかご無事で!」


 「任せとけケンド。リンドウ村直属の衛士センチネル様になってきてやる。だからその間、この村のこと頼んだぞ」


 ジェイクの手がケンドの髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。ケンドは困ったように声を上げたがその表情は嬉しそうでどこか寂しさを含んでいるようだった。


 「みんなありがとう。こんなによくして貰って感謝してる。けど、ごめん。私口下手だからあんまり良いお礼の言葉が出てこないの」


 「気にすんなよ嬢ちゃん! こっちこそ村が華やかになって感謝してるんだぜ!」


 「何か困ったらすぐに戻ってきてもいいのよ? 無理はしないでね?」


 「お姉ちゃん! また遊びに来てねー!」


 住人達の暖かい声に星奈は胸が詰まりそうになる。冷え切っていた星奈の心に温度が戻るような感覚……そのたびに星奈の心は痛んだ。この村は私に相応ふさわしくない。私はこの村に見合うような人間なんかじゃない。私の居場所はここではない。そんな考えが電流のように奔り星奈の心を痛めつけた。

 

 そんな痛みを嚙み殺すように、いつものように冷静を装って星奈は住民たちに小さく手を振ってみせた。


 「さて、あまり出発が遅れたら隣町に辿り着くまでに日が暮れてしまうかもしれないからの。名残惜しいがそろそろ出発するといい。さぁ、皆の衆。若人たちの旅立ちに盛大な祝福を」


 物語を語るかのような口調で口上を述べるトーマス老人。その老人に答えるように住民たちは歓声を上げて星奈たちの旅立ちを見送った。

 

 そんな住民たちの歓声を背に受け、星奈たちは村の門を抜けて村の外へと足を踏み出していく。時折、振り向いてはいつまでも住民たちがこちらに向かって手を振っているを確認し、こちらもそれに答える。暫く進み、以前に星奈とジェイクたちが出逢った道に差し掛かったあたりでようやく村が見えなくなった。

 

 それからはずっと前を向いて歩くことに集中する。途中には星奈がゴブリンに追われ駆け下りてきた坂道がある。目的の街は以前に星奈たちが村に向かって進んできた道の正反対の方向にあった。


 「いや、賑やかな見送りだったな。これじゃ嫌でもテンション上がっちまうぜ」


 「いつもテンション高いじゃない」


 「限界突破だ! セーナもワクワクしてるだろ?」


 「そうでもない」


 「ははっ、まだそんなに長い付き合いじゃないが俺だってそれなりにセーナのことは分かってきてるんだぜ? お前は正直になれない恥ずかしがり屋さんなだけでその実はこれから始まる冒険が楽しみで仕方ないんだろ? ほら、ここには俺しかいないんだから正直になれよ」


 「うざ」


 二人はそんなやり取りを繰り返しながら歩みを進めていく。風が木々を揺らす音、どこからか聞こえてくる小鳥のさえずり、地面に落ちた小枝を踏み砕く音、そのどれもがまるで彼女らの旅路を祝福するBGMのように奏でられていた。

 

 以前のようにゴブリンに襲撃されることもなく、順調に旅が進んでいるように思えたが星奈は奇妙な視線をある時から感じ始めていた。


 (どこからか見られている気がする……魔物? それともルミナの言っていた世界の監視者オーバーシアってのがいきなりこの世界に現れた私を監視でもしているのかな? なんて、流石にそんなことはないか……)


 ジェイクもその気配に気づいているのどうか気になって星奈は彼に視線を向ける。しかし、さっきからジェイクはこの辺りにはキノコが沢山採れるだの、狩猟に持ってこいの場所だのとまるで観光ガイドのようにしゃべり倒しているばかりで周囲を気にしている様子は無かった。

 

 一応、護衛のくせに呑気な奴だと呆れながらも星奈はジェイクに問いかける。


 「ねぇ、なんか気配を感じない? さっきから見られてる気がするんだけど」


 「んん? そうか? 俺には分からなかったが……確かにここら辺はゴブリンが出没する場所でもあるし警戒しておくことに越したことはないな」


 (うーん……私の考えすぎ? なにもなきゃいいんだけど……)


 太陽の光が燦々さんさんと降り注ぎ、頭上を覆う木々の葉の隙間から光の柱を立たせる中、二人は目的の町を目指して進んでいく。そんな二人の後を気配を殺しながら追っていく影が一つあった。


 「あの力の正体……絶対に突き止めてみせる……」


 ぶかぶかとした黒いローブが、明るい昼間の世界にやけに浮いているように見えていた。

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