第10話 旅立ち前夜に――

 聖都への旅立ちの準備を終えた星奈たちは、自警団の面々と再び広場で合流した。ゆっくりしようというミハイルの提案で近くの茶屋で一休みすることになった。どこから聞きつけたのかまた集まって来た住民たちで茶屋は人でごった返していた。

 

 茶屋の店主の好意で用意された焼き菓子を口にしながら星奈は住民たちと交流を深めていく……とは言っても一方的に住人たちが好き勝手に話をし、星奈はただそれを聞いているだったが。

 

 実質的に押し寄せた住民の相手をしていたのは自警団の面々だったのだがその様子を見ていた星奈は普段、他人との交流が好きではないにも関わらずなぜかあまりわずらわしくは思えなかった。


 最終的に住人同士の雑談で盛り上がっていた彼らが自然と解散した後、ジェイクが村を案内すると言い出したので星奈は内心めんどくさがりながらもその提案を受け入れることにした。広いとは言えない村を星奈とジェイクと、そして何故か付いてきたエマの3人で巡る。

 

 すずしい音と共に流れる小川と隣接した小道を歩き、辿り着いたのはキラキラと陽の光を反射する湖。透き通る水の中では魚や水草が呑気に踊っている。住民たちが作業する田畑や牛に似た奇妙な姿の家畜が闊歩かっぽする牧場をうかがうことができる高台には巨木がそびえ立ち、その木陰で心地よい風を感じながらまるで時間がゆっくりと流れるような村の様子を眺める。元の世界では感じたことのないこの安らぎの時間を星奈はどう表現していいのか分からなかった。

 

 エマが時々、星奈の力について説明を求めてきたが星奈本人もその力のことをわかっている訳ではないので必然的にぼんやりとした答えしか返せなかった。エマはそんな星奈の答えに見るからに不満そうな顔をしており、更に星奈から話を聞き出すのに躍起やっきになっていた。


 時間がゆっくりに感じられても着実に過ぎ去っていく。陽は傾き、橙色が村を染め始めた頃、人々は家路に着く。星奈もまたトーマス老人の家に帰るとトーマス老人とメリルは暖かく彼女を出迎えてくれた。食事を採り、入浴を終え、寝間着に着替えるとすぐにベッドに横になる。

 

 明日のことを考え、中々寝付けない星奈は窓に視線を向ける。夜空には元の世界では見たこともないような満点の星空が暗闇を彩っていた。あの空に浮かぶ星々は元の世界で見えた星とはまた違うものなのだろうか?そんなことをぼんやりと考えていると、今日出会った村の人々のことが脳裏に浮かんできた。その中に時折、元の世界の知人の姿が現れる。なんだか酷く曖昧あいまいで上手く思い出すことができない。他人との交流に無関心だった星奈にも友人と言える存在は確かにいた記憶はあるのだ。だけど、思い出すことができない、まるでパズルのピースが抜け落ちているかのようにポッカリと穴が開いているのだ。

 

 星奈はそんな自分が無性に腹立たしく思えて窓から視線を逸らし、枕に顔を埋めるようにして不貞寝を試みた。しかしやはり上手く寝付けない星奈は、夜風にでも当たろうと考え抜け出すようにして寝間着のまま外へ出る。

 

 トーマス老人の家がある小高い丘の上からはさほど規模の大きくない村のほぼ全域が見渡せる。灯りは一つも灯ってはいなかったが星空に浮かぶ大きな月のお陰で静まり返った村の様子を伺うことが出来た。

 

 星奈がふと辺りを見渡してみると、小高い丘から村側に向かってせり出した天然のテラスのような広場に人影が見えていた。そこに横倒しになった丸太のような倒木に腰掛けた人物は星奈に気が付いたのか、彼女に向かって手招きをした。その人物こそジェイクだった。


 「おう、こんな時間に会うなんて奇遇だな。どうした? トイレならこっちじゃないぞ?」


 「それは冗談のつもり? だとしたらセンスは壊滅的ね」


 「ははっ、悪い悪い! 怒るなって! で、どうした? 緊張して眠れないのか?」


 ジェイクが何気なく丸太の上から体を横にずらし、星奈が座れるスペースを作る。そんなジェイクの好意に気づいた星奈はここで彼の好意を無下にするのもなんとなく悪い気がして、無言で彼の隣に腰を降ろした。


 「まぁそんな感じかな。ジェイク、貴方はどうしてこんなところにいるの?」


 「ああ、この場所に用があってな。この場所は俺の思い出の場所なんだ。明日、ここを出発したら当分は戻って来れないから最後に来ておきたかったんだ」


 「ふーん……」


 星奈の反応を横目で伺っていたジェイクは星奈の薄い反応にズッコケそうになる。


 「待て待て待て! 相変わらずの反応だな。そこはどんな思い出なのか聞いてくる所だろ!」


 「だって興味ないし……」


 星奈がそう呟くとジェイクは笑いながら星奈の小さな肩をバンバンと手で叩いた。星奈はムッとした表情を彼に向けるが、ジェイクはそれに気が付いていない。


 「やっぱ面白いやつだなお前は!」


 「ジェイクには敵わないけどね」


 「そりゃそうだ! とにかくだ、話したい気分だから勝手に話すぞ!」


 そう言ってジェイクは勝手に話をしようとする。実際に星奈は他人の話に興味はないし、只々ただただ面倒だとは思ったが特に拒む理由もないので黙ったままジェイクの話に耳を傾けることにした。


 「俺の両親は俺がまだ小さい頃に魔物に殺されちまったんだけどな、その両親から嫌というほど聞かされてきた言葉があるんだよ。それは【望むものがあるなら決して望むことを諦めるな】って言葉なんだ」


 ジェイクは瞳を閉じてその脳裏に在りし日の記憶を思い返しながら言葉を続ける。星奈もそれを隣で静かに聞いていた。


 「まぁ、そんなんでずっと目標にしてきたことがあるんだよ」


 「それは一体なんなの?」


 「お、ようやく興味を持ってくれたみたいだな!」


 「いや、やっぱいいわ」


 「待て待て! 俺が悪かった!」

 

 ジェイクは星奈の言葉に大袈裟に慌てて見せる。それが星奈にはとてもくだらなく、なんだか可笑しく思えて口角が自然と上げさせた。その様子を見逃さなかったジェイクはまるで子供を見守る親のように顔をほころばせ、そしてコホンとわざとらしく咳払いをして話を続ける。


 「目標ってのは衛士センチネルになるってことだ。給金が魅力的なのは当然として……まぁ、この村の連中を守る為だな。俺がガキの頃からみんな良くしてくれたし、ミハイルやケンドやエマも俺なんかにずっと付き合ってくれて感謝してるんだ。小さい村だってのもあるがとにかく俺にとってはみんな家族のようなものなんだよ。それでだ、ちゃんとみんなを守れるような力を得るには衛士センチネルになって村の守備を任せられるのが一番なんだがその試験が曲者でな、俺なんかもう試験のベテランよ」


 「つまり今までずっと試験に落ち続けてきたわけだ」


 「おう! いい加減俺もそれなりに鍛錬をしてきたからまた試験に挑もうと思ってたわけだが……」


 「なるほどね、私を聖都まで送るのは名目でそっちが本命って訳ね」


 「人聞きの悪いこと言うなよ。俺はセーナの護衛も本命だぜ?」


 「……そりゃ、どーも」


 星奈は屈託なく答えるジェイクになんだかこそばゆくなり思わず顔をそむける。そんな星奈の態度を不思議に思いながらもジェイクは散々自分語りをしたことに徐々に羞恥心が湧いてきてさっさと話を終わらせようと話を畳みに掛かる。


「ともかくだ。そんな話を良くしてた場所がこの場所なんだ」


 そう言い切るとジェイクは勢いよく立ち上がり、自分の顔を両の手でぱしぱしと叩いた。そうして隣でジェイクを見上げる形で視線を向けている星奈に振り返ると恥ずかしさを誤魔化すように笑みを浮かべた。


「いきなり思い出話なんかして悪かったなセーナ。明日から長旅が始まるんだし、お前もそろそろ休んだ方がいいぞ。じゃあな!」


 星奈の返答を待つわけでもなくジェイクは足早に緩やかな坂を下っていく。その途中で丘の上を振り向き手を振る。星奈はそんなジェイクにやる気なさそうに手を振り返した。


「……ま、ありがとジェイク」


 星奈は夜空を見上げると、すっくと立ちあがり背伸びを一つしてトーマス老人の家へと戻っていった。

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