第9話 旅の備えに憂いなし?

 星奈とジェイクが聖都アヴェネへ向かう事が決まった。しかし旅の準備を行う為にも時間が必要だというのが全員の総意であり、今日一日を準備についやして明日に出発するということで決定した。つまり星奈はリンドル村でもう一日過ごすことになる。

 

 村長の家での話し合いが終わり、星奈とジェイクとミハイルの3人は早速旅立ちの準備をするために村の広場に向かった。するとそこには3人が村長の家から帰ってくるのを待っていたのか村の住民たちが今か今かと待ちわびており、3人が広場に姿を現すと取り囲むように駆け寄って来た。その中には星奈も見知った、自警団の少年ケンドと、同じく自警団の少女エマの姿もあった。


 「お、この嬢ちゃんが噂の迷い人か!」


 「魔物の群れに襲われたんだって? 怪我は無かったかい? 怖かっただろうねぇ……」


 「すげぇ可愛い嬢ちゃんじゃねえか! 寂れたこの村に華が増えたぜ」


 「お、今の言葉、奥さんに教えてやってもいいか?」


 「やめてくれ! 畑の肥やしにされちまう!」


 「ねぇ、ねぇ! 珍しい服! どこのなの? 私も着たーい!」


 老人から子供まで、様々な住人たちが集まりあっという間に広場は賑やかになった。多くの人間に囲まれ、更に近くで騒がれることなど特に星奈が苦手とすることだったが逃げられない以上は観念して大人しく嵐が過ぎ去るのを待つしかない。

 

 しかし、屈託くったくのない笑顔を浮かべる住人達を見ていると不思議と元の世界に居た時よりかは嫌悪感けんおかんがないように思えた。


 「こらこらこら、気持ちは分かるがそんなにがっつくな! セーナが困ってるだろ! 落ち着け皆の衆!」


 ジェイクとミハイルが住人達の対応に追われる中、ケンドとエマが星奈に声を掛けてきた。


 「おはようございますセーナさん! お体の具合は如何でしたか?」


 「ん、おはよ。まぁ……体調は普通かな」


 「ねぇ、セーナさん。昨日の魔法のことなんだけど詳しく教えてくれませんか? 本でも見たことない魔法だったから興味があります」


 昨日はそっけない態度だったエマが今日はやけにグイグイと来る。その紅い瞳に覗き込まれ、星奈もたじたじといった様子だ。そこにミハイルが割って入ってくる。


 「残念だったなエマ。セーナは明日ここを発つんだ。 魔法の勉強をしている時間はなさそうだぞ」


 「どこに行くの?」


 「聖都だよ。聖都。知り合いがいるかもしれないから行ってみるんだとよ。ジェイクが一緒に行くことになった」


 「私も着いていきます」


 「ダメだ。長旅になるしジェイクが居ても危険なことには変わりないんだ。流石にまだお前には荷が重い。それに両親が心配するぞ。ほら、これから準備があるんだから話はそれが落ち着いてからにしろ」


 「む……」


 「あはは、エマ。ここは素直に引き下がっておこうよ」


 エマは口を尖らせ、年齢相応な不満顔をしていたがミハイルとケンドにたしなめられ「後であの魔法のことを話して」と一言だけ残してすごすごと引き下がった。

 

 その後も暫く住民たちにもみくちゃにされた星奈たちだったが、やがてなんとか解放されて出発の準備に取り掛かる。まず最初に向かったのはこの村唯一の立派な店(とは言っても他の民家とさほど変わりはない)を構えた道具屋だ。

 

 そこで購入したものは物を持ち運ぶための袋。簡易な野営用寝具やロープなどの雑多品。そして薬草などだ。


 (これが薬草? 確かに薬効果のある植物は聞いた事あるけど店で売ってるんだ。いよいよ、漫画とかゲーム染みてきたな……)


 物珍しそうに薬草を見つめている星奈に買い物を終えたジェイクが大きく膨らんだ袋を抱えながら近寄ってくる。あのツンツンした雰囲気の星奈が子供のように薬草を眺めている姿を意外だとジェイクは思った。


 「そんなにその薬草が気に入ったのか?」


 「ねぇ、こんな草が本当に役に立つの?」


 「そりゃ回復薬とかに比べたら効果は下がるが大抵の怪我ならそれで事足りるぞ。食べてもよし、傷口に塗ってもよしだ。体の回復力を高めてくれてすぐに効果が出てくるぞ。ただ、生で食べるのはおススメしないな。俺は以前に薬草を生で一気食いして腹を壊したからな!」


 「……ご忠告どうも」


 「まぁ、こんな田舎の村だから大したもんは用意できないけど勘弁してくれよな」


 「品ぞろえが悪くて悪かったねぇ。そういえば前の賭けの負け分をまだ貰ってないんだけど、いつ払って貰えるんだろうね?」


 ゴチャゴチャした店の奥のカウンターに左手を乗せ、右手で頬杖を付いた店主であろう若い茶髪の跳ねっ毛が目立つショートヘアーの女性がニマニマとジェイクたちに視線を向けながら冗談っぽく笑う。その頭部には猫耳のようなものがあったが、それに関して星奈は口を出さなかった。自分以外の誰もそれを気にする素振りも無かったし、ここが異世界である以上は自分が知っている常識からかけ離れたことがあることぐらいは受け入れるつもりだったからだ。


 (そういう種族なのかな。まぁ、こういう異世界じゃ人間以外の種族がいるのがセオリーだしね)


 「お、おう! 今忙しいから後でな! よしセーナ早く次に行こうぜ!」


 思案する星奈をジェイクが引っ張るようにして二人は次の目的地へ向かった。


 次に到着したのは武具屋だ。ケンドが装着していたような簡易な胸当てや、質素な槍や剣、弓などがほとんど野ざらしの解放感ある店内に並べられている。左目に眼帯を付け、無精ひげを生やした筋肉質の店主が腕を組んで出迎えてくれた。


 「ぬしが噂の迷い人か」


 (凄い迫力……話し方もなんか変わってるし歴戦の戦士とかそういう人なのかな?)


 背も高く筋肉質な店主のその姿はまるでいつか見た金剛力士像のようで、その威圧感に星奈が威圧されていると、ふとジェイクの手が星奈の肩にぽんと乗せられた。


 「安心しろセーナ。こいつはただの英雄マニアだからな。だから本に出てくる英雄みたいな喋り方を真似してるだけだ。実際は筋トレが趣味のただのおっさんさ」


 「……」


 店主が渋い顔でジェイクに何か訴えかけているのも気に留めずジェイクは言葉を続ける。


 「これから聖都への長旅に出るんだ。念のためにセーナにも武具を用意したいんだが……」


 「ふむ……セーナと言ったな。主はなにか武器を扱うのか?」


 「いや……そういうのは扱ったことはない」


 「ああ、そういえばセーナはなんかよく分からん魔法を使ってたな」


 「だろうな。その華奢きゃしゃな体からは武具の匂いがしない……魔術使いであるならそうだな……精霊の加護をほどこしたこれが良いだろう」


 そう言って用意されたのは、どこかゴシック的なおもむきのあるワンピースとローブを組み合わせたような藍色と白色を基調にした服だった。この村で見かけた女性たちの服装から考えるとこの世界では変わった服装ではないのだろうが、星奈から見てみるとほとんどコスプレのように感じられた。


 「お、いいじゃないか。今来てるその珍しい服も似合ってるがその装備もお前に似合いそうだな。いやいや、セーナみたいにスタイルがいいとなんでも合うんだな、うんうん」


 セーナとその装備を見比べながら勝手に納得して頷いているジェイクに向かって、星奈が鋭い視線を向ける。自分の気も知らないで好き勝手言いやがってという無言の反抗だ。


 「な、なんだ?」


 「はぁ……分かった。専門家の言う通りにする」


 (こんな格好恥ずかしいけど……知り合いがいる訳でもないし……まぁ、いいか……)


 用意された装備……というよりかは衣装に反発心を抱きながらも星奈は受け入れることにした。コスプレのようだと言ってもこの世界では目立つようなものでもないだろうし、少なくとも同じ服をずっと着っぱなしにするよりかは幾分もマシだと思ったからだ。


 「うむ、後はこの短剣も懐に入れておくと良い。素人にも簡単に扱える代物だ。いざという時はそれで身を守るのが良かろう。ついでにこれもオマケしといてやろう、魔鉱石の欠片だ。詠唱の手間も省けて、魔術の才が無い者でも扱えるから旅には重宝するぞ」


 「お、太っ腹じゃないか。いいのか?」


 「ああ。旅立つ若人は祝福されてしかるべきだろう」


 「すまないな! 用事が済んだらまたみんなで飲もうぜ!」


 店主から装備一式と小石のような物を詰めた小袋を受け取り二人は店を後にする。


 「……良い人だったね」


 「ああ、変だが良いやつだぜ」


 そうして次々と出店や食料店を巡り、保存の効く食料を買い込んでいく。当面の目標は隣町なので長持ちしない新鮮な食料も多少は持っていける。あちこちで住人達に足止めされ、準備がおおむね終わった時には太陽は既に真上を少し通り過ぎたところだった。

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