第5話 介入者(イレギュラー)
静止した世界の中で、何者かが星奈に語りかける。
『――ますか――私――が聞こえますか――』
「この声……あの時の……」
星奈にはこの声に心当たりがあった。この世界で目覚める直前、ぼんやりとした意識の中で聞こえた声。そして、ゴブリンに襲われた時に聞こえてきたあの声だ。
その声の主の目的も正体も分からないが、星奈は少なくともその声の主が自分に害を成すような存在ではないと感じている。だからこそ、その声に対して答えた。
「さっきは話の途中でよくも勝手に消えてくれたね」
『すみません……あれには理由がありまして……』
「それよりあなたは一体誰なの? 目的は? ここは一体どこなの? これもあなたの仕業?」
『あ、すみません。質問は1つずつお願いしますね……っていうか今はそれどころじゃないんです! 詳しい事は後で説明しますからまず今は私の話を聞いてください!』
「ああもう……じゃあ、さっさと説明して」
ハチャメチャな展開に星奈は頭痛を覚え頭を軽く抑えるが、観念して首を振り深く息を吐いた。
『私はこの世界の女神なのです……貴女に私の力の一部を与えました。貴女の体に起こった変化はそれが原因なのです。そして貴女にはこの世界への【
「女神……? 【
『ああ……まだ交信が上手くいってないみたいですね……とにかく! 女神である私が貴女に力を分け与えました! そして今、貴女はとってもピンチです! なので貴女が得た力を使ってなんとか切り抜けてください! 以上!』
「なんかヤケクソになってない? 私の身に関わることなんだからちゃんと説明して貰わないと困るんだけど」
『そんなこと言ったってしょうがないじゃないですか! とにかく! 貴女の手のひらを目の前のモンスターに向けて私の言う通りに!』
「女神なら逆切れしないでよ……ああもう、こうすればいいの?」
姿は見えなくても怒りを
『はい! 上手にできました!』
「馬鹿にしてる?」
『いえ!
(ああもう……なるようになれ……!)
「イレイス!」
星奈がそう言葉を発すると同時に再び世界が動き出した。静寂の世界に音が戻る。
星奈の言葉と共に
「なに……今の……?」
「セーナ! 左だ!」
星奈が自分の行使した力に驚いている暇もなく、ジェイクの声が星奈に届くと彼女はほとんど無意識的に左へと視線を向ける。そこには凄まじい形相で迫ってくるもう一体のゴブリンの姿があった。
「グギャッギャッギャッ!」
「……ッ!? イレイス!」
さっきの行動をなぞるように星奈は迫りくるゴブリンに手のひらを向け、さっきと同じ言葉を言い放つ。光を浴びて、文字列に包まれたゴブリンはまたしても光の粒子と化してかき消されるようにしてその姿を消した。後に残ったのはゴブリンが直前に立てた
「はぁ……はぁ……はぁ……」
どっと押し寄せた疲労感に星奈がへなへなとその場に座り込むと、他のゴブリンたちを掃討し終えた自警団たちが彼女の下へと駆け寄ってきた。彼らは多少の疲れはあるものの、傷などもなくどうやら全員無事にゴブリンたちとの戦闘をやり切っていた。
「やるじゃないかセーナ! さっきのはなんの魔法だ?」
「……分かんない」
「はぁ~なるほどな。まぁつまり無意識に身に付いてた魔法を放ったって訳だ」
「おいおい、それより早く村に戻ろうぜジェイク。セーナだって疲れてるだろ」
まるで生徒を褒めるような口ぶりで無遠慮にも星奈の肩を叩いて彼女を称賛するジェイクを、刀身に付着した血をふき取りながら歩いてきたミハイルが
「そうですよリーダー! セーナさんも災難続きで大変でしょうし早く休憩させてあげないと」
「うん。それに聞きたいこともできたしね」
ミハイルの言葉にケンドとエマが同調し、ジェイクは申し訳なさそうにポリポリと頭を掻いて、改めて座り込んでいる星奈へと視線を向けた。
「おっとつい盛り上がっちまった。 そうだな……とにかく村に戻るとするか。立てるかセーナ?」
星奈の目の前にジェイクの手が差し出される。この手を掴んで立ち上がれという意図は星奈にも分かってはいたのだが、なかなか彼女はジェイクの手を取らなかった。見知らぬ他人……というよりかは自分以外の人間への警戒心が彼女をそうさせていた。
(まさかこんなことになるなんてね……こうなった以上は流れに身を任せるしかないかな……)
小さくため息を零した星奈が差し出されたジェイクの手を取ると、ジェイクは力強く彼女の手を引いて立ち上がらせた。立ち上がった星奈は砂埃で汚れたスカートの裾を手で2、3回払うとジトッとした目でジェイクを見ながら素っ気なく礼を述べた。
「……ありがと」
「おう、どういたしまして。あんなことがあったのに案外落ち着いてるのな、クールでイカしてるぜ」
屈託のない笑顔でそう言ったジェイクに対し、これは嫌味だろうかと星奈は考えたがそのジェイクの様子を見て、これは恐らく何も考えていないのだろうという考えに至った。それがなんだか可笑しく思えて、思わずクスリと笑みが零れていた。
「お? なんだ笑えるんじゃないか、てっきり笑えないのかと思ってたぞ。クールな表情もいいがやっぱ美人さんには笑顔が似合うぜ」
などとジェイクが宣うと星奈は明白に呆れた表情を浮かべ、なんだこいつはという視線を向けた。しかし、ジェイクは気が付いているのか気が付いていないのか気にする素振りは見せなかった。
「えっと、それでその村にはもう近いの?」
「ああ、もうすぐそこだ。さぁ、付いてきてくれ」
そうして自警団一行はここからそう離れていないリンドル村に向かって再び歩み始めた。
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