コンビニバイトと臨時収入②
前回までのあらすじ。
コンビニでバイトをしていたら、オネーさんがお兄さんをショットガンで撃ってしまって、お兄さんは灰になった。いや、マジで。
お兄さんがハイになったとか、後に荼毘に付されたとかではなくて、本当に目の前で灰となって崩れてしまった。名前も知らない、目の前の商品の会計もまだ、酒類販売の二十歳以上の確認さえとれていないままだった。
バイクに乗って来ていたことから16歳以上であったこだろうが、今となってはそれでさえ確かなこととは思えなかった。
「すみませんね~。お騒がせして」
そのお兄さんをショットガンを射殺した、ご本人。パンクファッションのオネーさんからこうして謝罪もあったのだから、素直に流した方がいいのだろうか。事態があまりに異常すぎて判断がつかない。
彼女はあの消音機付きのショットガンを取り出したギターケースから、今度はホースと厚手のゴミ袋へとつながったハンディー掃除機を取り出して、彼の遺灰を吸い取っていく。
店の裏にはもっとパワフルな業務用掃除機も存在したが、なんとなくあのショットガンを見た後では手伝おうと言い出すのも腰が引けた。
じつはあのハンディー掃除機もなにか強力な力を込められた、一般には許されていないようなものではないのか。あの人一人分が変化した灰の塊は、通常の機械では扱えないような不思議な物質なのではないのだろうか。
それこそ宇宙人とか、幽霊とか、政府の組織が作った人工生物とかナノマシンとか。
「あ~、ダメだこれ。すみません、オネーさん。ほうきとチリトリって……貸してもらえませんかね?」
あ、ハイ。ちょっと待ってくださいね……。
*
「これね……けっこう量ありますけどね、もとがたぶん、七十キロくらいっすかね。だったらたぶん灰が七キロぐらい、十分の一くらいになってると思うっす」
はあ。だいぶありますね。
千五百ミリリットルのペットボトルが五本くらい。かなりの量があるだろう。
「私はこういう……まあ、ぶっちゃけ吸血鬼ハンターってやつっすね」
そうなんですか。
奇遇ですね。わたしも一匹、十四歳くらいの吸血鬼を飼っていて――とは、さすがに口に出さずに、なんとか耐えた。
いまはまだ目の前の人物がどういうスタンスで、こうして吸血鬼を狩っているのかはわからない。このままエリの事をこのオネーさんに伝えてしまって、それで今からわたしの部屋へ帰ってエリを狩ろう、と言われてしまっては困ってしまう。
バイト時間中に勝手に帰ってお客さんと吸血鬼を狩っていることがばれてしまえば、このコンビニをクビになってしまうかもしれないのだ。
「オネーさん。いま、嘘だって思ったでしょ?」
いえ、まさか。
「このまえ、ちゃんと気を付けたほうが良いって言ったでしょ? あっ、私のこと憶えてます?」
ええ。確かいぜんモンスターエナジ―を、買っていらっしゃいましたよね?
なんとなく人懐っこい人だとは感じていたが、それにしてもこんなに自分のことを話す人だとは、まだもって以外だったもしれない。もしかするとこのオネーさんにとっても吸血鬼狩りはまだそれなりに非日常で、彼女もすこしハイになっているのかもしれなかった。
こうしてのこったジャケットやズボンから灰を落として、コンビニの前でほうきと塵取りでそれをかき集めている姿からはかけ離れているが、さきほどのショットガンを構える姿はハリウッドのアクション映画の一場面のようであった。
「えへへ。これがね、けっこう。七キロくらいなら百数十万――ある場所にもっていけば、キロ二十万円くらいもらえるんすよね」
へえへえ、百数十万。このバイトじゃあ、一年は働かないと稼げないですね。
オネーさんはマスクを顎にずらし、以外にも可愛らしい笑顔を見せて、えげつない金の話をしはじめる。
こんな事件がコンスタントに起こるなら、それなりの稼ぎにはなるだろう。
ただしその金額をきくと羨ましい限りだが、収支としてどれほどになるのかは不明であった。あのショットガンも、
それこそ、海外製のロゴがついた壊れかけのハンディー掃除機を使っているところなどを見ると、経費には苦労しているのかもしれなかった。
わたしのほうではこれで人生二度目の吸血鬼との遭遇だが、少なくともそんなペースではとても商売にはならないだろう。情報を駆使して、居場所を探して。相手も決して無抵抗ではないはず……だろう。たぶん。
自分から美少女吸血鬼を名乗る本物はそうそう存在しないのだろうし、まさかあの吸血鬼YTuberの配信やツイートを追いかけて、相手が本物かどうかなんて疑ってはいないだろう。
今回はかなりすんでのところであの女の人を助けたが、本来はそうした人助けが目的ではないのだろうし、わざわざ現行犯をねらっていた訳でもないだろう。
そもそも彼のほうではこのオネーさんを知らなかったようであったし、彼女はどうやってこのお兄さんが吸血鬼だと知ったのだろう。
「ほら、これみてください。映ってないっしょ?」
と、オネーさんはスマホの画面を私に見せる。
「吸血鬼は、鏡に映らない。アイツら、写真や動画にも映らないんすよ」
いつのまにか、疑問を口に出していただろうか。
確かにそのコンビニの入り口を映した動画には、勝手に開く自動ドアと、その向こうで間抜けな顔で覗いているわたしの姿。確かにこのオネーさんに話しかけていたはずの、あのお兄さんの姿も声も映ってはいない。
「エリって、いいます」
――えっ!?
「絵里です、エ・リ。私の名前っす」
そっそうなんですね。わたしの名前は、ほら。これです。
突然の名乗りに頭が真っ白になっていたわたしは、何とかコンビニの制服につけた名札を見せて、彼女の自己紹介に応えていた。
まさかこんなに身近な人間関係で、名前がかぶってしまうとは。
「あとこれ、迷惑&口止め料ってことで」
そう言うと、わたしのなかでエリ二号と命名されたオネーさんは、残されたお兄さんのズボンのポケットの財布から、束になったお札をごそっととって渡してくる。
いっいえ。こまりますよ、お客さん。こういったものはもっと、監視カメラから隠れる角度で、こっそり渡して頂かないと……。
「えへへ。話が分かるオネーさんで助かりますっす。あとこっちのほうのオネーさんも、なんとかごまかして帰らせておいてくださいね」
”~っす”口調の人って、ほんとうに”ますっす”って言うんだな。
わたしは何とも不思議な心境で、そのオネーさんがお兄さんのバイクにのって颯爽とギターケースを背負って去っていくのを見つめていた。
いまだに眠り続けている、被害者のお姉さんと、残されたスクーター。
なんとか人間のほうは裏の休憩室に運び込んで、わたしは店長のメモを頼りに監視カメラの映像を確認した。
そのカメラの不明瞭な動画には、あのお兄さんの来た辺りで、ひとりでに開く自動ドアといつのまにレジへと並んでいる飲料各種とコンドーム。そして、あの吸血鬼ハンターのお姉さんが、わたしに札束を渡す場面が、はっきりと証拠として残されていた。
しかし、ああ。なんと運の悪いことだろう。
こうしたことにまるで慣れていないわたしは、うっかり操作を間違えて、その映像記録を消去してしまった。
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