コンビニバイトと臨時収入①

 ドドドドドド……と胸に響くような、エンジン音。


 深夜の住宅街なんで、あんまうるさくしないでくださいよ。


 しかし、そんなことを面と向かって言えるわけもなく。来るもの拒まず、去る者追わず。コンビニの門を開くものは、誰であろうと客とみなされる。


 バイクから降りてきた男性は、フルフェイスのヘルメットをとると、そのままノーマスクでのご入店。


 まあいいっすけどね。

 そんなにうるさく言う時期でもないでしょうし、お連れの女性も大変そうですし……。


 黒のジャケット、ダメージジーンズのいかつい彼は、駐輪した大型バイクの後部にグロッキー状態の女性を残したまま、ゆうゆうと店内を歩いていく。


 *


「これ。おねがします」


 ドンと買い物かごに乗せられた、ミネラルウォーターに缶酎ハイ数本、各種おつまみと男性用避妊具――つまり、コンドーム。


 まあ、べつにいいんだけど。バイトのわたしがどうのこうの、口出すような事じゃないんだろうけど……。


 それにしたって、あんなにつぶれた彼女をおいて、この男の人はまだ飲むつもりなんだろうか。このあと、恋人同士のやることを、この人はまだやるつもりなんだろうか。


 そういえば、彼女のほうはあんなに酔っているはずなのに、この人はさっきまでバイクでここに来たんだろうか……?


「すみません! 急いでるんで、先にお願いできますか!?」


 ――と、突然割り込んできたのは、いつぞやのパンクファッションのオネーさん。


 いつの間にか外に小さなスクーターを止め、大きなギターケースを投げだして、急いだ様子でエナジードリンクのカンを、男の人の買い物かごの横にカツンとおいた。


 いやいや。そういう訳にはいかないっすよ、お客さん。

 皆さん急いでらっしゃるのは同じでしょうし、事情があるからって他のお客様をさしおいて……。


「あっ、僕はいいですよ。どうぞ、急いでいるなら……」


 あっ、そうなんですか。なんかすみません。


 さっきは疑って悪かったかもな。

 口調も別に丁寧だし、酔っているという感じもしない。どこかのお店で酔ってしまった、彼女さんのお迎えをしている途中なのかもしれなかった。


「はい、あざっしたー」


 せめてもう少し丁寧に。お礼もわたしじゃなくて、このお兄さんに言った方がいいですよ。

 以前は悪い感じは受けなかった、パンクなオネーさんの好感度が少し下がった。


「……なんか、急いでたんですかね」


 どうもすみませんね、お待たせしてしまっって。レジ袋はご利用なさいますか?


 改めてお兄さんのお買い物を会計して、商品のバーコードを通していく。見た目は明らかに成人しているが、この通り紳士なお兄さんにしても、お酒・たばこを買う際は二十歳以上の確認をしていただくのが通例である。


 すみません、こちら酒類販売の二十歳以上のご確認おねがいしま――


「ねえ! ちょっと、あんたなにやってんの!?」


 と、突然。お兄さんは、店の外へと声をあげる。

 みるとあのパンクファッションのオネーさんが、先ほど買ったエナジードリンクを、お兄さんの酔っぱらった彼女さん(?)に飲ませ介抱しようとしているようだった。


 あの急いでいた理由はこれかと思いつつ、しかし、出過ぎたまねではないかとも感じた。


 だが、それ以上にお兄さんの態度はどこかおかしくて、彼女さんの開放をしているはずのあのオネーさんに、なんというか威嚇的な態度で注意している。


「あのね、その子アレルギーあるから! 勝手にそう言うの、飲ませないでくれるかな?」


 レジ途中の商品をおいたまま、自動ドアのほうへとゆっくりと。


 あんな飲み物でもアレルギーって、だめなんだろうか?

 しかし、彼はそんなあの人を慌てて止めるわけではなく、どこか警戒をにじませた態度で近づいていく。怒気をにじませ、相手の出方を疑うようにじりじりと。


 まさかとは思うが、本当にあの女の人はこのお兄さんの彼女なのだろうか。


 なんだか背筋に嫌な汗を感じ、わたしもその光景を見まもった。


 この場には女三人と、男一人。

 こちら側は一人あの通りだが、万が一の場合にはわたしも何かしなければならないのかもしれない。


「ねえ、ちょっと。聴いてる? 何してるの!? ちょっと!!」


 しかし、あのパンクファッションのオネーさんは意に介さない。

 その女性を横たえると、スマートフォンを向けて何かを確認する。同時にそのバイク向こう側で広げたギターバッグを弄っており、なにか取り出そうとしているようだった。


 彼女なりに何かの確信があって、その証拠を残しておくつもりだろうか。それともたんに、そういう動画でも取って、どこかに上げるつもりなのだろうか。


 大人しいようでいても、ネットのむこうでは何をしているのかわからないのが今時の若者である。わたしも最近、驚くような同居人の一面を、垣間見たばかりであった。


 そのお兄さんも少し困惑したように手で顔を隠して、呼びかけ続ける。助けを求めるようにこちらを向いて、わたしのほうへ仲介を求めているのかもしれなかった。


 ――あの、すみませーん……。


 しかたがないか。

 わたしがレジから声を掛け、状況を確認しようとしたときだった。


 オネーさんがバイクの奥、その広げたギターバッグの中から何かの機械をとりだして、お兄さんのほうへとそれを向けた。何かの丸い円筒状の何か、その奥にはパイプのような棒がついて――


 ボッ!! というくぐもったような破裂音と同時に、パチンと何かを弾くような金属音が深夜の住宅街に広がった。


 扉のところに立っていた、あのお兄さんの身体がビクンと揺れると、さらに二発。

 

 ボツッ! ボツッ! と響いては、パチンパチンという金属音が、夜の住宅街に広がって木霊となって帰ってくる。


 それからしばらく放心した後、先ほどのお兄さんが突然灰となりボロッとその場に崩れ去ってしまった。


 そしてその崩れた彼のバイクの向こうで、パンクのオネーさんの構えているその機械が、消音機サイレンサーをつけたショットガンなのだとようやくわかった。

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