美少女吸血鬼に関する考察②
伝説によれば、吸血鬼に関する弱点はニンニク以外にも多数存在する。
日光、杭、十字架や流れる水。
単に吸血鬼を退けたり、不死である彼らを永遠に葬る手段まで。
吸血鬼というものを一種の悪霊や悪魔と考える場合では、さらにその他の性質も加味される。米や豆を撒いておくと足止めできる、吸血鬼になったと思われる人物の遺体の首に鉄の鎌をのせておくと墓から起き上がれないなど、呪術的な手段も多く考案されたらしい。
もちろん私はべつにエリを追い出したいわけでもないし、まして殺してしまいたいわけではない。
彼女とこうして一緒に暮すようになってから、いっそ軽くそうしてしまいたいと感じたことは多々あるが、今回は別にそう言った意図は持っていない。
だからこれらはたんにわたしの興味からくる実験で、決して彼女を傷つける意図はないのだと、一応こうして述べておくことにする。
*
まず十字架というものは、実際にはこれが案外難しいものであった。
ただ十字の何かがというのなら、割り箸などでもクロスさせて掲げることで吸血鬼に効果があるのか。それとも何か宗教的な想いや祈りのようなものが、籠っていなければいけないのか。
前者については、彼女をこうして部屋に招いた初めのあたりで、一度試したことはある。
夕飯のカップ焼きそばを二人で食べている時に、コンビニでもらった割り箸をふざけてクロスさせ掲げてみせてみたが、エリはとくにこれといった反応は見せなかったと記憶している。
わたしもそれほど真剣に観察してはいなかったし、まだエリが吸血鬼だと名乗っていることにさえ、未だ半信半疑でのときである。
はじめエリはふざけて箸を十字を掲げる私に気づかず、ただわたしのあげたカップ焼きそばを、あの子猫のような表情で一心不乱に食べていた。焼きそばを半分くらい食べた後、やっと私の行動には気づいたものの、これまた子猫のような訝し気な表情で一瞥し、また焼きそばへと戻っていった。
よくよく考えれば、あの時のカップ焼きそばの風味でさえ、ニンニクの成分は入っていたように思う。というか、明らかに入っていただろう。
エリが特別吸血鬼らしくない質なのか、そもそもああした伝説こそが迷信なのか。もしも本当の意味で”聖なる十字架”のようなものが手に入れば、いろいろとこうした考察も進むだろう。
しかしこんな単純な興味から、どこかの教会にそうしたものを借りてくるわけにはいかないだろう。そうした関係者に、馬鹿正直にエリの存在を説明してしまうというのも、なにか嫌な予感もかんじさせる。
まさかエリが退治されてしまうということはないと思うが、それにしたって突然どこかの教会へ行ってそんなことを尋ねれば、かえってわたしのほうがおかしな人間だと思われてしまう。
とにかくそうした意味でも、この十字架の検証は難しいものと考えられるのだ。
*
というわけで今回は、この美少女吸血鬼に日光浴をしていただきたいと思います。
「……あぇ?」
静電気を帯びた、ボサボサの髪。腫れぼったい、半開きの瞼。白い涎あとのついた、半開きの口。このままの姿ではとても”美少女”とは言いづらいが、もとがいいことは確かである。
現在はどこかハリがないながら滑らかで色の白い手を取って、エリを窓から注がれる陽だまりの中へと引きずっていく。
いちおう慎重に、指先から。
透明な爪の先が灰にならないことを確認し、徐々に身体のほうもその中へ。
「やめろぉぉおおおお……」
それなりに抵抗の声をあげるが、やはりどこか力ない。
引きずっていた腕をはなすと、ストンとその場に落ちて、バンザイの恰好でその場に動かなくなってしまう。
そのままピクリとさえしないので、流石にヤッてしまったかと心配になったが、しばらくすると動き出す。
「う、うぅうう……」
吸血鬼と言うよりはゾンビのような声をあげ、ゆっくりとその場に手足を掻いて元いた方へ向き直った。
陽だまりのなかから這い出して、影のほうへ……というほどには動かずに、落としたスマホに手を伸ばす。下半身はいまだ弱点のはずの日光を浴びたまま、ソシャゲのつづきをはじめてしまった。
結局のところ、日光はコイツの弱点なのか、たんにひきこもり体質なだけなのだろうか。
少なくとも、浴びたら灰になるということはなく、しかし日が昇っている時間帯だけは、目に見えて明らかに精気がない。ただし、行動は昼夜を問わずこの通りで、見た目の精気があろうとも、ほとんど活動の変化はみられない。
日がな一日ソシャゲを回し、スタミナの全てを使い切る。
たまに小遣いをやると財布に貯めて、ごく希少な機会にだけコンビニ行ってプリペイドマネーに変え、課金する。
さほど優良なユーザーでもなければ、小説や映画の伝説の怪物と言うにも程遠い。
ただ言えることとして、もしも普通の人間ならばこのような寝たきりの生活がずっと続けば、さすがに関節や筋肉が固まってしまう、ということである。
あのように数か月に一度だけという稀な頻度で、いそいそと小銭を握って近所のコンビニに行くという生活は、たんにだらけているように見えたとしても、明らかに人間離れしたもの……だろう。
それにわたしには、彼女が血を吸う鬼だという――エリが吸血鬼だという、まさにそうといえるだけの経験を、実際に何度も何度もこの身に受けて、確かめてもいる。
これまでの考察によって、その確信はさらに疑わしい方へと傾いたが、それでも彼女が不思議な存在だというのは、未だ変わらない事実である。
「ん、あれ……とって」
あたたかな下半身を陽の光に焼かれながら、虫の息になったエリが指をさす。
あれこれとわたしのこうからこうしてエリを引きずっていくことは出来るけど、エリのほうではこうやってわたしを顎で使うことが、できる。
彼女に曰く、エリが主人で私は奴隷。それ以上でも以下でもない、と。
それが、彼女がわたしの家にいる条件で、破ってしまえばこうして引きずって、保健所かどこかに届けなくてはならないのだろうか。
「あれ……ほら、タブレット。とって」
はいはい、わかりましたよご主人様。
以降、この不思議な被検体の生態について、継続的に観察する必要あり。
はたして、彼女にとってわたしとは何なのか、わたしにとってこのエリとはなんなのだろうか。
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