吸血鬼さんと奴隷さん。

黄呼静

美少女吸血鬼に関する考察①

 ネギ、ニンニク、ニラ、タマネギ、ラッキョウといったヒガンバナ科ネギ族の野菜。目鼻にツンと痛い、若干の硫化アリルを含有する。


 流し台に置いた、樹脂製まな板。さらに開いたビニル加工の牛乳パックを敷いた上で生ニンニクを刻んでいくと、わずかに刺激臭のある独特のにおいが漂って、数日は消えないはずである。


 被検体E――仮にここではエリとしよう。


 彼女はお気に入りの寝床の上で、いつもどおりスマートフォンのゲームに夢中である。現時点では、これといった反応は見せていない。


 台所とは数メートルほどの距離。

 仕切りもないワンルームのため、そろそろにおいが届いても不思議はないが、相も変わらずだらけ切った態度。仰向けになって腕を伸ばし、スマホの画面を熱心に見つめていた。


 彼女のプレイしているゲームの内容は詳しくないが、毎日午後4時ごろから深夜まで、被検体はスマホかタブレット端末を手放すことなく、ほぼ一日中操作している。


 日毎、おおよそ数十分ほどの頻度でま、2~4回。日中は持ち上げた機器を顔面に落とし、痛々しい悲鳴をあげることはしょっちゅうである。


 とにかくエリは、日が暮れるまではエンジンがかからず。これまでの観察から、人間における”引きこもり”とほとんど変わりない生態をしている、と思われる。


 コンビニにプリペイドカードやお菓子を買いに行く程度の外出は、可能。また初対面の人物との折衝は、ぎこちないながら割合にうまくこなしている。彼女の容姿と相まって、あの絶妙にやる気のないコミュニケーションも、たんにクールな気質だと解釈されているらしい。


 美人というのは、つくづく得なものである。


 幼子というほど無邪気には感じないが、大人の女性というほどの危うさはない。ただ少女という形をその身に閉じ込めたような姿をして、驚くほど精気の感じない生活態度を許されている。


 昼間までは、ゾンビのよう。明けるまでは、その場にとどまる地縛霊のような。

 おおよそ日没後には、ぼさぼさだった髪はしっとりと、まつ毛もピンと上を向いて表情も溌溂としたものに変化する。居場所と姿勢は、変わらない。


 私は過熱したオリーブの油から先ほどのニンニクの硫化アリルと、同様に脂溶性のカプサイシンを含む唐辛子の、熱抽出を試みる。これら材料に十分に熱を加え、塩コショウですこし風味をごまかした後、あらかじめ電子レンジでゆで上げておいた、一人暮らしのお供、安売りのパスタと混ぜ合わせる。


 はたしてこの巧妙に、食事に仕込まれた硫化アリル、あるいはアリシンといった成分に、吸血鬼を自称する被検体はどのような反応を見せるのだろうか。


 *


 食卓を整え、フォークを並べ、スマホを奪い、エリを食卓まで引きずり運ぶ。


「……いただきます」


 時刻は、午後7時。その見た目は十分に美しく、吸血鬼としての夜の姿を見せている。


 昼夜によって変化する見た目は、本人元来の精気の無さとは無関係らしい。いちおう食事の挨拶をするものの、被検体はまだボーっと不貞腐れたような表情で、皿の上のパスタを見つめている。


「これ……まあ、いいや」


 エリは何かを言いかけると、おもむろに置かれたフォークを握り、ルパン三世もかくやというくらいに頬張り、食べはじめる。モリモリと、食べる。


 はたして、吸血鬼にとってニンニクが弱点だとは、迷信だったのだろうか。

 調べたところでは、ニンニクは古代エジプトでも魔除けとして生者・死者を問わず用いられ、その効能は重宝されたとあったのに。


 臭い、成分、象徴的な意味での魔除け効果。

 もしかしたら、ニンニクの花を用意しておくというのがいいのだろうか、あるいは特殊な儀式の工程で必要になるというものだろうか。今度、昼間に寝ているエリの口に生ニンニクを噛ませておく、というのも試してみなければ。

 

 それともほかに、吸血鬼の弱点となるような食物というものは、あるのだろうか。それとなく聞いておく必要もあるだろう。


 なあ、エリ。お前、なんか食べられないものあるか?


「えっ……なんでさ?」


 なんでさって、一緒に暮してるんだから。ほら、そう言うの知っといたほうが良いだろ?


 そういうもんだ。他意はないよ。


「あーっ……」


 エリはもう空になった皿を見つめ、なにかを思案する。

 頬に刻んだ鷹の爪の赤い輪っかがついていなければ、花も恥じらううら若い乙女の、恋の憂いにも見えただろう。


「あれだ……えっと、あれ」


 なんだ? 気を使わなくてもいいぞ、正直に言えよ。


 吸血鬼本人に秘密の弱点が聞ける聞ける機会なんて、そうはないからな。


「A5ランク……松坂牛まつさかうし


 彼女はしばし考えた後、わたしの顔をチラリとにらんでそう続けた。

 

 ……そうか、悦べ。私らの食卓に一生並ぶことはないから。


 だから、安心するがいい、エリよ。

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