モダン・モンスター

 バイトから帰り、玄関を開け、ただいまを言うと反応があった。


 もちろんエリはいちいち返事を返すような、面倒な真似はほとんどしない。

 しかし、その日は部屋の奥から”いらっしゃい”と黄色い声で、誰かが話しているのが聞こえたのだった。


 なんだ? どうした!?


 わたしはおもむろに部屋の奥まで進んでいくと、エリが熱心に見ている、タブレットの画面を覗いてみた。


「やーっ……!」


 ゴロンと横に寝返って隠そうとするが、遅い。圧倒的に遅かった。

 いまや自身のプライベートさえ、最低限守ろうという気概がコイツにはなかった。


 エリは画面を遠ざけ精一杯にタブレットをその背に隠すが、彼女の小柄な体では、画面の半分も隠せていない。なんなら彼女がタブレットを隠そうとする、その緩慢な動作のあいだでさえ、余裕で内容が読めてしまった。


 【吸血鬼Vtuber】噂の最恐ホラーゲーム遊んでみた。#3【蒼月ローラ(*1)】


 画面下部。

 ページの端に太字とはいえ、それなりに小さな文字で書かれたタイトル。


 よりにもよってお前。

 本物(自称)の吸血鬼が、そんなもの見るのか……?


 そうは思ったが、よくよく考えてみればコイツのSNSのアカウント名も、ふつうにそんな感じだった。


 エリの存在に関してもこうして実際に見るまでは、わたしもどこかで中身はおさっさんではないかと、ずっと疑っていたものだった。


 ――だとすると。

 まさかとは思うがこうして配信を見ているエリ自身、画面の向こうでは本物の吸血鬼仲間がVTuberのガワをかぶって配信していると、本気で信じているのだろうか?


 あるいは吸血鬼同士で通じ合うサインがどこかにあって、こいつはインターネットの片隅で、本物の仲間をみつけてその配信を追いかけているのだろうか?


 もしや彼女の昔の知り合いが、今や本当にVTuberとして配信しているとか……?


 わたしはなんとなく自分のノートパソコンにイヤホンを差して、エリと同じ配信を検索し、その配信を覗いてみる。


 *


 それは一見、ごく普通のよくあるVTuberの配信のように見えた。

 いや普通といってかたずけてしまうと、あまり褒め言葉ではないかもしれないが。


 とにかくあまり詳しくないわたしから見て、その配信はなにか吸血鬼を引き付けるものがあるのかどうか、わからなかった。


 確かに可愛らしいアニメの声優のような声で、たのしくゲームを配信しているように見えた。

 普通にホラーゲームの廃病院の、床の血の跡にビビっていた。


 配信を眺めつつ横目でエリを確認してみると、どうやら小さな手で器用に画面を弄り、何かを入力しているらしい。音はイヤホンからも同じものが流れ続けているため、配信から移動したという事はないはずだ。


 なにかチャットでも打っているのかと、わたしは注意深く見守った。


 いちおうそれなり……というか、かなり人気なVtuberのようで、要所々々ではかなりの速度で配信のチャット欄がスクロールされていく。今はなんとか安全地帯にたどり着き、チャットを目で追いながらゲームの所感を述べている。


 しかしわたしは、そのチャット欄に映しだされたものを見て――戦慄した。


 頭が冷めるのを待ってそのチャットの内容をもう一度確認したが、確かに以前確認した、エリのYoutube用のアカウントのはずだった。


 それが私の画面で流れて数秒遅れ、私の背に冷や汗が垂れていた。

 画面の向こうではLive2DのVtuberの顔が、少し表情を止め、言葉に詰まっている。


『えっとエリさん……ですかね? すぱちゃ、ありがとー。そう……ですね。なんか、そういうことも世の中ありますよねーっ……』


 彼女の中の何かがひっかかって、あやふやな答えしか言えていない。

 チャット欄も、にわかにそのコメントにザワついていた。


――――――――――――――――――――


エリ@美少女吸血鬼:100円 

ヤッホー、ローラちゃんとっても可愛いネ 👍😍👍

初見だけど、思わず投げちゃったヨー‼ 💦😲💦

そういえば今日、バイトで嫌なことがあったんだけど 😭

ローラちゃんに慰めてもらえば元気百倍カナ 💪😁💪

なんかおっさんがタバコ買いに来て、よくわからない銘柄

言ってきて出せないと怒るんだ 💢😠💢 どうして

最近のおっさんって、わざわざ健康壊してタバコ吸って、

しかもわからないとすぐ怒ってくるんだろうネー 😥💦💦

帰ってきたら同居人もずっとぐうたらしてるしさ💢

ローラちゃんに優しく慰めてもらえたら、またスパチャ

しちゃおうかなナンテネ 😉❤❤ それじゃあ

そこの道を進むとボスだから、頑張ってイコーネ 😆👍❗❗

 

――――――――――――――――――――


 なんだ……これ!?


 ウソだろ。数百人の視聴者の前で?


 100円のスパチャでこの長文?


 っていうか、このバイトの話わたしが聞かせたやつだよね? 


 ぐうたらしてる同居人って、ソレお前の事だよね!?



 配信者の反応を見た後、私はすぐエリのほうを確認したが、無表情のままタブレットを持ち機嫌がいいのか左右に振って眺めている。

 もちろんそのタブレットの画面にも、その配信は映ったままだった。


 わたしはもう一度、流れてしまったスパチャをみて、そのアカウントを確認した。


 それは確かにエリが以前使っていたもので、変えたとか乗っ取られたなどとは聞いていない。前後のコメントをスクロールしてみてもこれ以外にこのアカウントの書き込みはなくて、おそらく初見というのはウソではない。


 初見の配信者に、突然、最低金額のスーパーチャット。


 いや、べつにその事はいいとして。

 人の話を、さも自分のことのように嘘をついて。おそらくこの休憩のタイムを見こし、長文チャットを読み上げられるのを狙っていた。さらにはおせっかいなネタバレで、本人はポイント稼ぎのつもりなのだろうか?


 ……モンスターだ、とわたしは思った。


 現代社会の隔たれたコミュニケーション文化が生んだ、インターネットに潜むモンスターだと、わたしの本能が直感した。


 エリと暮すようになってはじめてコイツが得体のしれない怪物なのだと、本気で感じた出来事だった。






(*1 本作はフィクションであり、実在の出来事、人物等とは関係ありません。万が一同名の活動者・キャラクター等がした場合でも、作者が意図したものではないことをご了承ください。)

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