わたしのエリ ①
エリとわたしの出会いについていえば、本当に互いを知ったのはSNSでのフォローという形からだった。
高校の頃からのアカウントに、たしかかなり初めのほうで相互になった。そのときは単に、インターネットでおかしなキャラ付けをしたそのコミュニティでの先輩という感じの人で、現実ではむしろ真面目な社会人ではないかと疑っていた。
もちろんアカウント名についている【吸血鬼】だとも【美少女】だとも信じておらず、そのにじみ出る”歴”を考えれば、かなりネットに慣れた世代。もしかすると30代~50代ほどの、いわゆるネカマかもしれないとさえ考えていた。
こうして実際をみるとまるであてにならない想像だったが、それにしたってこんな中身だとは思わなかった。
*
それから進展があったのは、かなり後。私がこうして大学を出て、関東で独り暮らしをするようになってからだった。
そのころには【美少女】†エリ†【吸血鬼】という存在も半ば忘れかけていて、投稿を見たのも久しぶりだった。
彼女はもともと活動にもむらっけのある質で、半年や一年ほども浮上しないことは珍しくない。その間なにをしているのかも、以前のわたしには分からなかったが、とにかく仕事か何かで忙しいのだろうと、わたしもわたしの生活のことに手いっぱいだった。
久々の彼女の投稿は、なにかを匂わせるようなポエムめいた文面と、その街に行ったことがあるものならば、なんとなくわかるような青空を映した風景写真。
なぜだろう。
そのときの薄くたなびいた雲と抜けるような青空が、彼女が寂しがっているのだと思わせた。
そして現実には、それはそのときのわたし自身の投影だったのだと思う。
いいねの数は疎らながらに、それでもゆうに二桁はあったはずだった。だから数日後にもらったDMは、エリにしてみれば何件目かの連絡で、わたしはその何件目かの候補でしかなかったはずだ。
”すみません。○○さんって、たしか一人暮らしでしたよね?”
普段の投稿から見れば、いやに真面目腐った文面だった。
”そうですよ。今は△△の××です。確かエリさんも、関東でしたよね?”
自然と相手より、少し多くの文を割くのは、わたしのほうにもなにか期待のようなものがあったのだろうか。
それからしばらく探り合うようなやり取りのあとに、彼女のほうから”会えませんか”と提案された。わたしはようやく本題を言わせることに成功したと感じたが、それはどれほど、彼女の考えたシナリオ通りだったのだろう。
その後もなにかと他愛のないやり取りを交わし続け、今夜はどこどこの漫喫に泊まるとか、いまはどこどこの街を歩いているとか。エリの小出しにしてくる近況に、忙しいバイトの手を休め、いちいち反応を返していたことを覚えている。
あれから今に至るまで、彼女とあれほどにやり取りしたことはなかったはずだ。
ほんとうに、今に至るまでのエリとのやり取りの大半が、あの数時間の内にすべて交わされ続けたのだと思う。
あとから見返せば、下心の見え見えな出会い厨のようなやり取りだった。わたしは彼女のほのめかす、何か不思議な雰囲気にいつの間にか飲まれていたのだと思う。
それから二日後。
ようやく算段が付いて迎えに行った駅前で、あらかじめ自撮りの写真を貰っていたのにもかかわらず、わたしは目の前のエリの存在をなかなかSNSでの彼女とは結び付けることができなかった。
昼間の姿。ぼさぼさの髪に、野暮ったいジャージ。
背中には荷物の入ったリュックサックに、その隣には不釣り合いなほど大きな、ピンクのキャスター付きの旅行バッグ。どこかふてくされたような表情で、所在の無さげにエリはその場に俯いていた。
はじめてSNSで存在を知ってから、ゆうに十年ほどは経っていた。
不思議なことに、どこからどう見ても中学生ほどにしか見えないエリの姿は、都会の私立学校でも二人と見ない、美少女のようだとわたしは思った。
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