第13話 放課後ショッピング

 昼食を終えた四人は教室に置いてあった荷物を持って、校門に集合し市電で大通り駅近くに向かう。市電での最寄り駅は西4丁目なので、そこで降りて近くのビルに入り地下へ降りて地下歩行空間にたどり着く。地下ちか防都ぼうと領想りょうそう区域くいきから直接行くことも可能だが、随分と歩く為時間短縮の意も兼ねて市電を選択した。


 ちなみにだが、車や電車などの動力源は石油などではなく、魔力が使われており『魔導車』『魔導列車』と呼ばれている。市電も例外なく魔力によって稼働しており、また、近年エーテルを精神置換想置の様にエーテルを動力とした『エーテル車』などの開発も始まっていて、実用段階まであと少しの様だ。魔力やエーテルは電気自動車などよりもエネルギーを確保しやすいのでかなり注目が集まっている。


 平日の昼間ではあるが行き交う人は多く、賑わいを見せている。特に海外からの観光客が多く見られ、聞こえてくる言語は日本語の方が少ない───まあ平日だからというのもあるだろうが───のではと感じてしまう程。やはり外見だけでは判別のつかない韓国人、中国人などアジア圏からの旅行客が多いようだ。


 探査学院の生徒もちらほら見えるが、表情からしてただ遊びに来ているだけで学院関係のことは何も考えていない様子。果たしてこの様な生徒達は任務をこなすことが出来るのか、恐らく当の本人達は呑気に構えているのだろうが、達成できなければ重症を負うか死ぬかの二択くらいしかない。そのくらいの世界だというのが、外界に出たことのない温室育ちには分からないのかもしれない。


「まずは学院関係の買い物を済ませちゃおうか。僕の行き付け...というか、本当はれんさんに紹介してもらった所なんだけどね」


 微笑を浮かべ隣を歩く氷継ひつぎに話を振る。


「そうなのか......というか俺はそもそも何を買えば良いんだ」


「ああそれなら大丈夫だよ。僕の方でピックアップはしてあるから」


「まじかよ...なんでぇ......?」


 困惑の声を洩らす。もはや若干の恐怖に似た感覚すら覚えてしまう。そんな彼らのやり取りを後ろから微笑ましく見守る彼女達。アルベントは優奈ゆうだいのあの笑顔は彼女でも中々引き出すことのできない物で、それを見れる嬉しさと悔しさの入り交じった感情が渦巻いていた。婚約者としては当然の感情だろう。しかしやはり同姓で幼馴染み、当人達にしかわからないというのがあるのかもしれない。そんな彼女を横目に輝夜かぐやは、ふふっと楽しげに笑みが溢れた。


「ていうか氷継ひつぎ、それそのまま持ち歩いていてよく捕まらなかったね?」


 呆れ混じりに彼の背負う剣に指を差す。


「ん?あー確かに。でも普通これで持ち歩くだろ?」


「いやいやいや、そんなわけないだろう?ほら、僕は二本共ケースに入れて持ち歩いてる訳だし」


 そう言って両腰にある黒く長細いケースを見せる。


「そういやそうか......不味いかな?」


 氷継ひつぎは後ろを歩く二人に問う。


「そうね、不味いと思うわ」


「はい、そう思います」


「そ、そっか...」


 女性陣も満場一致でケースの購入が決定されてしまった。しかし、あながち捕まるかどうかというのも現実味が無い訳ではない。事実、毎年の様に一般市民から学校に苦情が入ったり、警察への通報があったりする。学校から強制はしないものの、ケースはなるべくあった方がいいというのが生徒間での認識で、学校から強制しないのは、有事の時に瞬時に対応できなくなってしまうから。

 財布が泣く声が聞こえた気がした。 


 目的地である狸小路八丁目。一丁目から七丁目までとは違い、全て武具に関する物を売る商店街となっている。その店と店の間にある地下へと続く階段、小さな立て看板には『名桐工房』と書かれており、どうやら目的地はここらしい。


「それじゃ、行こうか」


「おう」


 優奈ゆうだいを先頭に四人は石造りの階段を下る。等間隔に設置された暖色の照明が薄暗い空間を照らし、まるでRPGゲームのダンジョンの様な雰囲気を醸し出す。

 階段を下りた先は意外にも開けており、店内には様々な武具が陳列され、武具だけでなくケースや手入れ道具など探索者に必要な物が置いてあった。


「名桐さ~ん!!」


 優奈ゆうだいは店の奥から響く金属音に負けない声量で店主を呼ぶ。それに気が付いたのか金属音は鳴り止み、ツカツカと足音がこちらへ近づいてくる。


「っお、来たねぇ優奈!」


「!!」


 氷継ひつぎが目を見開いて驚いたのは、奥から出てきたのが屈強な男性ではなくポニーテールが特徴の女性だったからだ。背丈は彼より少し低いくらいで、黒いタンクトップに黒のオーバーオールを着た筋肉質な女性。


「あんたが氷継か~!うーんでかくなったねぇ、あいつの若い頃にそっくりだよ!」


「え?」


「なんだ、あいつから聞いてないのかい?あたし名桐なきり灯香とうか、ここの店主であいつ、蓮の同級生さ!あんたとは小さい時に何度か会ってるんだけどね」


「そ、そうだったんですね...」


「ああ、あとその黒い剣も私の作品さ!」


 ───おいこら聞いてねぇぞ親父


 父への不満の声を心の中でぼやく。

 女性陣二人は店内に陳列している品を見るとのことで、店の奥へと消えていった。


「んでぇ?何買いに来たんだい?」


「取り敢えずこいつの剣のケースを買いに来たんです」


 優奈ゆうだいに言われ氷継ひつぎは背負っていた剣を降ろす。


「ああ~!それならあるよ」


「...あるよ?」


「ああ!用意は出来てたんだけどあいつが取りに来なくてさ」


 ───おい親父よ、息子が通報でもされたらどうしてたんだ


「ま、まあいいや。それ買いますよ、いくらです?」


 氷継ひつぎが財布を出そうと背負っていたナップサックを降ろそうとしたが、手で制止される。


「そいつの代金はもう貰ってんだ!その剣とセットでね~、だから......ほら!」


 そういってカウンター下に置いてあったギターケースに似た革製の黒いケースを渡された。それを受け取り早速ケースに剣を収納してみる。


「おお!結構ケースってのもいいな」


 右肩にケースを背負い感嘆の声を漏らす。


「似合ってるよ氷継」


 彼の隣にいる優奈ゆうだいが笑顔を見せる。


「おう、んであとは何を買えばいいんだっけ?」


「そうだね...ここなら手入れ道具を買っておくといい。他で買うより、ここの方が良い物を売っているよ」


「おっと、おだてても何もでないぞぉ?優奈!」


 バシバシッと背中を叩かれ、少し照れ臭そうに笑みを浮かべる。彼の言葉に従い、手入れ道具一式を購入し、二人は輝夜かぐや達のもとへ向かう。


「何見てるんだ?」


「これよ」


 そういって輝夜かぐやが指を指したのはショーケースに入ったかんざしだった。そのショーケースの項目は魔装具と書かれている。


「魔装具か...確か付与魔法によってバフを付与された装備品のこと...だったか?」


「ええ......でも、それよりも綺麗だなって思ったの」


 それを見る彼女の目は何よりも美しく氷継ひつぎには映った。


 ───まさか恋なんて...気のせいだろ


 彼の心にほんの少しだけ桃色の感情が色を着け、彼女をより綺麗に魅せる。この感情を彼は知っていた。昔、幼少期の朧気おぼろげにしか思い出せない少女に向けた物と同じだと。

 とはいえ、それは気のせいだと済ませてしまうのも、彼らしいと言える。


「アルはどれか買うのかい?」


「んー...いいかな」


「そう?たまには自分を甘やかすのも良いと思うよ、普段自分に厳しい分...ね」


「...貴方の隣に居るにはそれだけのことが必要だからってだけ」


「はは、それは僕のことを買い被り過ぎな気もするけどね」


 笑みを浮かべ軽くアルベントの頭を撫でた。


「いちゃつくのもほどほどにしろよ~。居るんだから、俺が」


「二人は婚約者同士なんだから仕方ないじゃない」


「まあそうなんだけど、こう...人の見てると親父達がちらつくんだよ。親のそういうとこ見たい子供なんていないだろ?少なくとも俺は遠慮したい......できることなら」


 家での出来事を思い出しながら呟く。おしどり夫婦としても有名な彼の両親は、うんざりするほど家でも仲が良い。喧嘩をするところなんてみたことが無いほどに。


「よし、じゃあそろそろ行きましょ!」


 輝夜かぐやは切り替える様に手を叩いて進行方向へ指を指す。


「そうですね。行き先は札幌駅です」


 そうして四人は店を後にし、目的地である札幌駅へと足を進めた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る