第三章 身近な恐怖

第10話 一限目:魔物歴学1

 4月20日。初任務を明日に控え、第一学年エーアスト生徒達の心はどこか浮き足立っていた。今日から本格的に授業が始まっていくのだが、任務の関係で欠席者も多くいる。

 氷継ひつぎはいつも通り、教科書類を机の上に用意しておき、いつも通り魔法学の本を読んでいた。

 第六章『遺伝型適正』。魔法にも異能力と同様に遺伝型と継承型がある。適正属性が少なからず両親の影響を受けるのではという話。現在分かっている範囲では、ほぼ100%遺伝するというのが世界共通の見解であり、認識である。実際、氷継ひつぎは父親である、れんの適正属性の無属性が主な適正の物になっている。何故個々ではなく、遺伝するのか。そこを中心的に掘り下げていく章。


「そろそろ時間か」


 氷継ひつぎは左腕につけた皮ベルト製の腕時計を流し眼で確認し、ぼやく。分厚い本を静かに閉じて鞄に詰め込み、凝り固まった肩を軽く回して、教壇に眼を向けた。

 一限目『魔物歴学』。主に魔物に関しての授業で、歴史と絡めて魔物について学んでいく。普通科には無い科目の一つで、そっちでは『総合歴学』として歴史を中心に大きな事件、巨大災害に関わった魔物が簡素に歴史の偉人の様に紹介されるくらいだ。


「では、授業を始める。号令」


 犬寺けんじの呼びかけに、日直が授業開始の挨拶をする。

 起立、気をつけ、礼。流石にここは普通科との違いはないようだ。


「今日は教科書の7ページ、第二章魔物生誕と根源魔法の第一、魔物の根源から進めていく。煌神こうがみ、魔物は魔法、から音読を」


「はい、魔物は魔法、ひいては魔術の始まり、起源であり──────」


 しゅうは言葉に詰まることなく、スラスラと読み上げていく。

 魔物の生命の根源、それは魔力。人間には、血液、魔力、エーテルそのどれかが欠けていては命を保つことができないと、チャールズ・ダーウィンによって決定付けられた。

 だが魔物はという物はなく、した物が身体を巡っている。それこそ、純粋な魔力と言っても過言ではない。


 では、魔物はどう誕生したのか。今でもその議論は続いているが、有力な説が二つある。

 一つは、全ての魔物の祖先が卵から孵り、その第一の種を生み出した。様々な洞窟や地層、古代遺跡に壁画として描かれることが多いのがこの説。

 もう一つは、元々は純粋な魔力だった。次第にその魔力は人間や動物、虫といった生命体に憧れを抱く様になった。そうしてその願いは叶えられ、様々な魔物が産まれていった。

 

 どちらかと言えば、前者の方がそれらしい説に思えるだろう。後者は宗教の教典に載っている様な、神学の要素が絡んできている。だがなぜ両者が拮抗しているのか。それは、未だ『魔』よりも謎多き元素、エーテルの存在故だろう。


 兎に角、魔物は魔力その物である、というような話が教科書二ページに渡って綴られている。

 これらの内容は中等部で習う為、教科書の前半部分はほぼ復習に近い。とはいえ、氷継ひつぎにとってはかなり新鮮な授業で、いつものように退屈なことはなかった。


「では、おさらいついでに問題だ。原初の魔物はある神話の生物に似ていたとされている。その神話の生物とは何か。わかる者は挙手を」


 ───これは簡単だな、答えはオリュンポス十二神のアポロンとギリシャ神話に登場する半人半馬のケンタウルスの様、だな


 中等部一年で習う問題。壁画にて神々しい衣類を纏い、右手には華美な装飾がなされた弓。下半身は馬の様に筋骨隆々で勇ましい姿が描かれている。


「よし、しずく


 白縁眼鏡の黒髪ポニーテールの少女───灯擂とうらいしずくが挙手をした。指名されて椅子から立ち上がり、答える。


「オリュンポス十二神のアポロンとギリシャ神話に登場する半人半馬のケンタウルスの様、です」


 氷継ひつぎと一言一句変わらない正答を述べた。


「よし、正解だ。この問題は俺達探索者には常識だ、絶対忘れるな」


 これくらいのことがわからなくては色々な組織への入隊試験には合格できない。まあ、特例もあるが。

 

「日本が魔物を魔物と初めて呼称したのは、1853年に黒船来航と共に伝わった。向こうでは3世紀頃から戦術の一端を担っていた錬金術士達がそう呼び始めている。日本ではその呼称がなされるまで、もののけ、妖怪などと呼ばれ、それを討伐する武士や者達のことを、モノノフと呼び、魔物と呼ぶ様になってからは今まで混ざって呼ばれていた様々な種が、精霊や妖精と区別される様になったわけだ」


 犬寺けんじはそこで一区切りして次のスライドに移る。そこには大きな鳥の姿をした魔物の浮世絵と白黒の写真版が表示され、下の方には名前が書かれていた。【ウラガン・プルミエ】一般人にすらその名前が知られている程に有名な魔物。


「最初に確認された魔物は、当時Bレートとされた【ウラガン・プルミエ】が一番始めに発見され、風属性の魔力特性を持っている事から名付けられた。見た目は不死鳥を思わせる様な姿で、全長27メートル。烏のような真っ黒い色をしていて、眼は紅く鋭い。それが今はSレートに引き上がった。理由は何故か、氷継ひつぎわかるか?」


 頬杖をつく氷継ひつぎに目線が行く。


「理由は確か、当時の魔法と現代に使用が許可されている魔法がかなり違うからだったかな」


「正解だ。当時は流石に闘級なんかもないから、かなり適当に強さを決めていたみたいだ」


 当時使用されていた魔法の殆どが現在は禁忌指定されている物ばかり。その為昔と今とでは奴らの強さの指標が全く違うため、レートにもかなりの差が出ているわけだ。


「さて、ここからは少しに関する話も絡めていくぞ」


 エーテルの影響により領域と呼ばれる世界へ繋がることができる。簡単に言えばパラレルワールドに繋がってると思えば理解しやすいだろうか。

 地球や人間、全ての生命体には小さな波動があり、それが一致している為にその世界に存在していることができる。だが、エーテルが波動に干渉し座標が書き換えられることでそこに特異点が生まれ、ズレた座標の別世界へと繋がるゲートができ、それが領域と呼ばれる。ここの地球座標は全てが0:0:0で中粒領域ちゅうりゅうりょういきと呼ばれ、エーテルが干渉することで0:0:1の座標の地球と繋がる領域を作り出してしまい、行き来が可能になる、というわけだ。


 正直この手の話は氷継ひつぎも得意ではない。頭痛が痛いと言いたくなる。まあまだ理解できないことではないだけマシな物だ。理解できない者の方が多い話題ではあるからだ。事実、妹は理解できずにテストで苦しんでいるのを見たことがあった。

 と、ここまで犬寺けんじが説明していたがやはりと言うべきか教室内は魂の抜ける音が聴こえてきそうな程に沈んでいた。


「まあここら辺は学者にでもなりたい奴が覚えておけばそんなに問題はない...テストには出るがな」


 溜め息と共に出たその言葉は生徒を不快にするには十分すぎる効果を持っていた。


 ───まあ探索者になる上で理解してないと駄目なとこではあるからな


 一見馬鹿そうに見えるれんは仕事に関してはやはりプロと言うべきか、そこら辺の知識は全て入っており、流石【人類の守護者】とされているだけはある。


 一時間半の授業を終えて十分の休憩時間。生徒達は次の授業の準備をしたり友人と会話をしたりしていた。氷継ひつぎも次の授業『魔法歴学』に必要な本を鞄から取り出し、机に乗せてゆっくりしている。


氷継ひつぎ君、土曜日に言ってたお出かけのことなんだけれど」


「ああ、あれか」


「うん、今日の放課後とかどうかしら?二人は大丈夫だって」


「了解、放課後行こうか」


「うん、じゃあ二人に伝えておくわね」


 輝夜かぐやはニコニコしながらアルベントとのトークルームを起動して会話を始めた。


 ───天宮って可愛いスマホケース使ってるんだな

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