第4話 産

「傷、大丈夫?」


「...ああ、まだ動ける」


「そう、よかったわ。ところで、相手がなんなのかわかる?」


「いんや、身に覚えがないな。恨みを買うようなことをした記憶もねぇ」


「よかった、じゃあ無関係なのね」


 輝夜かぐやのその問いに黒フードの男の発言を思い返す──────


 「天道氷継、世界の秩序を乱す存在よ」


 ───あれはどういう意味だ...?


 奴の声が幻聴の様に脳内にこだまし、思考の闇に沈んで行く。どうやら父親に恨みがありそうな言葉使いではあった。だがそれを息子の氷継ひつぎにすら向けられる程のことを、いくら父親嫌いの彼でもそんなものを買う人ではないとわかっている。


「......まあいいわ。行くわよ」


 そう言って彼女は走りながらで刀を顕現させた。右手で刀を持ちながらそのまま駆けていく。


「......」


 ───月喰虚リュンヌネアン、おそらく刀自体の名前のことだな。だが、気掛かりなのは魔法じゃないことだ。あれは紛れもなく俺達の...


 黒フードの男同様に気になっていることの一つが輝夜かぐやが使う術に関して。

 エーテルは未だに謎も多く、術の開発も全く進んでいない。だが、氷継ひつぎは幼いながらも友人らと共に術を完成させた。残念ながらその術が一般公開されることはなかったが、作れること自体は政府等々にも知らされている。


「......探ろうにも難しいか。今はこっちだな」


 右手に握る柄に力を込め直し、意識を奴へと向けた。


 激しい轟音と共に火の粉が宙を舞う。黄金に輝く術は防がれる度に大気中へと還り、粉々になったアスファルトが風に乗って視界を狭めた。

 犬寺けんじが魔法を使い奴へと攻撃を仕掛けるが、その全てをことごとく防がれてしまう為、打つ手がない状況。


 苦い表情を浮かべながら思考を巡らせ魔方陣を描こうとするが、黒フードの男が距離を詰め光の剣を振るおうとした為、構築中の魔法を破棄して体を後ろに仰け反らせることで寸のところで躱した。そのまま手を地面について右足で奴を蹴り上げ、バク転で後方へ下がる。


「入ったと思ったが......全く効いてないみたいだな」


「ただの打撃が入るわけなかろう」


 ただただ余裕だと言わんばかりの口調で犬寺けんじを見下し、右足を踏み出した。その瞬間、奴の姿が消えたかと思えば犬寺けんじの目の前に姿を現し、凪払う様に光の剣を振る不意を突いた攻撃、彼に避けるとこはできない。


「□□□□□□【月離エスパンヌ】」


 輝夜かぐやが光の剣目掛け刀を振るう。刃がぶつかり、カァァンッと金属音を響かせると刀の刃が通ってきた空間に歪みが生じ、裂け目が発生した。そこから無数の粒子が放出されて、光の剣を包み込む。そのまま光の剣は歪んだ空間に呑み込まれて消失し、粒子は黒フードの男の腕に纏わりついて奴そのものすら呑み込もうとする。

 後ろに下がって逃れようとするが、後ろから氷継ひつぎが技式を発動させ逃げ場を失わせた。だが、奴はうっすらと口元に笑みを浮かべて小さく言葉を発した。


 バジュッ


 肉が千切れた様な不快な音に三人は目を見開き、地面に視線を落とした。呑み込まれかけていたはずの奴の両腕が肘から下が急に切断され、大量の血と共にアスファルトに眠る。とても人間業には見えない、だがそのことが同じ人間である何よりの証拠だろう。


 ───腕を切断して呑み込まれるのを防ぎやがった!?痛覚通ってねぇのかよこいつは!!


 ───なんなの、この男。人間じゃないわ!?


 氷継ひつぎ輝夜かぐやは背筋が氷る様な恐怖を感じ後退る。彼女の刀がその場を離れたことで、空間の裂け目が閉じアスファルトに落ちた腕は、その場に残り赤黒い血が布を染めた。


「......あまり汚れることはしたくないのだが、致し方ない」


 溜め息混じりに呟き、血の流れ続ける腕を脱力する。血が滴り、不規則な音を鳴らし次第に加速していき、赤い液体は青い魔力と交錯し螺旋が生まれて、増幅して形を成す。


「神がお与えになった寵愛は奇跡と呼ばれ、誰も神を見ようともせず、愚者は一人偽りの神を模倣する───失われた神術ロスト・スペルデウスLiebe Narr Lichtリーベ・ナル・リヒト】」


 術が発動し、青い魔力がそれに呼応する様に輝きが増した。肉々しいグチャグチャと音を立てながら腕が再生されていき、アスファルトに転がった腕と相違ない物が完成される。骨が曲がり、血が巡り、魔力が走る、完全なる再生。


「......人体の完全再生なんて、禁忌指定以外に存在しないはずだが?」


 犬寺けんじの発言の通り、あまりに強大すぎる回復系の魔法、魔術は国際的に禁忌に指定されており、一般市民ではまず閲覧することも叶わないはず。


「それに失われた神術...一体お前は何者だ?」


「言ったであろう、伊澤犬寺。我は神の使徒であると」


 そう答え、消えたはずの光の剣を再び引き抜く様な動作をすることで顕現させた。


「伊澤犬寺。貴殿では我を倒すことなど不可能。ましてや、子供二人がどうこうできるものでもあるまい」


 ゆっくりと足を進め、剣身へと魔力を流していく。輝きが増し、神を彷彿とさせる神々しさが溢れ

 犬寺けんじは目を瞑り、右腕を体の前に突き出す。光が生まれ、腕を伝い目に集まっていく。

 だがそんなものお構い無しに、一気に距離を詰め彼へと剣を振りかざした。


 ───間に合わねぇ!!


 氷継ひつぎ輝夜かぐやの位置からでは奴の前に入り込んで一太刀を防ぐことができない。


 魔力、エーテル。世界にはもう一つ、が存在する。これは選ばれた者にのみ与えられる力だ。


 犬寺けんじの紫がかった黒目から光輝く黄金色へと変化した。──────そう、これが彼に与えられた力、異能。


「【理の掌握ヴェルト·コード】=強制負荷権限ゼロ·グラウィタス=」


 その一言が発せられた途端、黒フードの男は地面に押し潰されるように這いつくばる。その衝撃で光の剣は粒子になって消え去り、奴は必死に起き上がろうと体に力を入れるが、まるでに起き上がることは叶わなかった。


「ぐががががァァ......」


「異能の情報くらいは持ってると思ってたんだけどな~、俺の力は盾を創ることじゃないぞ?」


「伊澤けんじィィィ...!!!」


天宮あまみや!こいつを魔法で拘束しとけ!!」


「は、はい!□□□□□□【白月刑ブランレヒト】」


 輝夜かぐやが発動させた術式により黒フードの男の手足に白い枷がつけられた。ギギィィと拘束を強め、骨が折れる一歩手前で停止する。

 だがそれは魔法ではなく、明らかにエーテルを用いた代物だった。エーテルを使用した時に現れる粒子は魔力とは微妙に異なっている為、一応は誰でも判別が可能。最も、あまりに些細な違いな為、殆どその一瞬でわかる者はいないが。


 ───あの枷、俺達が創った【六枷ゼクスレヒト】によく似てる、やっぱりベースは俺達の............


 氷継ひつぎが思考に耽っている傍らで、犬寺けんじはコートのポケットからスマホを取り出し電話をかける。


「お前ら、そいつから目を離すなよ」


 コールが三回鳴り通話が繋がった。


「もしもし」


伊澤いざわだ。公安のもん何人かこっち

寄越してくれ」


「了解。何課だ?」


「三課と二課をそれぞれ二人ずつ、中でも動けるやつをだ」


「はいよ」


 彼の電話の先は知り合いの公安。

 公安。警察の中でも選りすぐりのエリートが集められた組織。一から五課まであり、数字が小さくなるほど純粋に強く、そして優秀である。

 現在公安は領域の侵食拡大を受け、各都道府県に部署を設置し秩序維持をし続けており、最近では彼らの行き過ぎた取り締まりが問題となることも。


「伊澤犬寺よ。この程度で封じ込める訳がないであろう?」


「拘束もされてるんだ、お前にできることはない」


 犬寺けんじから冷やかな視線が向けられた奴は、ケタケタと笑いだした。身体から金色の粒子が現れ、だんだんと禍々しい黒紫色へと変色していく。粒子は切り落とされた腕へと伸びていき、血溜まりと溶け合い融合する。


「な、なに!?」


 輝夜かぐやは困惑の表情でを見つめた。襲いかかるは不安、困惑、恐怖。得たいの知れない物から発せられる負のエネルギーは彼女の心に負荷をかける。

 それにより白い枷は消え、奴はゆらゆらと立ち上がってしまった。

 エーテルは魔力と違い、感情に機敏に反応する習性がある。輝夜かぐやの心に発生した負のエネルギー、それにエーテルが反応した為、白い枷が消失してしまったという訳だ。


 ───っく、やらかしたわ...!


「二人共、から距離を取るんだ!何かはわからない、警戒を怠るな!!」


 犬寺けんじの指示に従って、二人は即座に後ろへ下がって距離を取る。そのまま武器を構え臨戦態勢に入った。

 転がった腕は膨れ上がり、形を変え血溜まりを吸収する。


 ───なんだ...この感じは。逃げたしたくなる感覚は......?!


 氷継ひつぎは息を呑んだ。心の奥底に潜む防衛本能が、恐怖が叫びだそうと心を蝕む。


 人類の根源に刻まれた負の感情、が呼び覚まされ、否応なしに恐怖の正体が形を成す。


 それが───領界種セレーネアンゲロスである。


「さあ産まれるぞ、生命が!!人類を凌駕する生命体がァ!!!」


 混ざり合い、吸収し続けた腕は巨大な球体へと変化した。宙に浮いたがドロドロと溶けだし、本来の姿を現す。トガァンッと地面に落ち突風が割れたコンクリートを飛ばし、木々が激しく揺れる。中から現れたは、巨大な二足歩行で白を基調に赤い血の色と禍々しい黒紫色の模様が刻まれた生命体。


「あれは領界種りょうかいしゅだ......!!」


「そんな...どうやって?!」


 氷継ひつぎの言葉に輝夜かぐやは目を開き恐怖する。

 領界種セレーネアンゲロス。一般的には領界種りょうかいしゅと知られており、魔物よりも謎多き存在。魔物には魔力が宿っているのに対して、奴らには代わりにエーテルが宿っている。見た目もかなり違い、魔物はかなり禍々しく醜いのが多いが、領界種りょうかいしゅは白を基調としどこか神々しさすら覚えてしまう。


領界種りょうかいしゅを産み出しただと?!あいつは本当に何者なんだ!!」


驚くことはないであろう?伊澤犬寺いざわけんじ。神の使途である以上、これくらい容易い」

 

 黒フードの背後の空間がグワンッと歪み、別の空間への道が開かれる。ゆらゆらと周囲が揺れ、金色の粒子が舞う。


「殺すことは叶わなかったが、まだまだ不完全過ぎる。驚異となるのはもっと先の未来であろう」


「待ちやがれ!!」


 氷継ひつぎの叫びも空しく、奴は亜空間へと姿を眩ませた。


「奴のことは後。まずはこいつからだ」


 冷静な声色で二人を促す。とはいえ、二人はまだ対人経験のみでましてや氷継ひつぎは真剣での本気の戦闘経験なんて遥か昔の記憶だ。

 柄を握る手に自然と力が入り、顔は強張る。


 白い巨体が鋭い咆哮を上げて腕を振り上げた。握られた拳に粒子が収束し、金色の光を帯びる。犬寺けんじは奴に向けて右腕を突き出し、異能を発動して巨大な半透明の壁を出現させた。

 

「【理の掌握ヴェルト·コード】=干渉拒絶フェアエンデ・ウンシュルト=」


 金色の光を帯びた拳が壁と激突し即座に跳ね返される。今まで彼が受けてきた攻撃は全て跳ね返すことができている技、干渉拒絶。腕を突き出した先に半透明の壁を創り出しそれより後ろへは一切の干渉を許さない、無敗の盾。

 大きく後ろへ仰け反ったところをすかさず犬寺けんじが技を出して追撃する。


「=躁理ノ空砲バレット·フェノメノン=」


 重力操作によって創り出した透明な五発の弾丸を、空間干渉によって相手に向け射出できる、それが躁理ノ空砲バレット·フェノメノン

 素早く五発の弾丸を射出され、奴の脳天へ目掛け飛翔し、一発目が金色の眼球にめり込む。が吹き出るが、何事も無かったかの様に体勢を整えようとする。だが、二発目がに着弾したことで、再び大きく体勢を崩すこととなった。


躁理ノ空砲こいつの弾丸同士がふれ合えば───破裂する仕組みだ。」


 ダァァンッと破裂音を轟かせ、金色の火花を散らす。


「弾丸に刻まれた術式が術式を刻んだ弾丸と摩擦が発生することで爆発を引き起こす」


 煙が立ち込め、奴の顔を覆い隠し目隠しの役割を果たす。奴の体勢が崩れたところを、武器を構えた二人が脚を狙い技式を使う。


「行くわよ、氷継ひつぎ君」


「...ああ!」


 声の震えを抑えながら、氷継ひつぎは刀身に左手を乗せて刃先へと滑らせ、刻まれた術式をなぞり、エーテルを込める。鬱金色に輝き右から左へ払い斬り、そこから右上へ斬り上げ右下へ斬り下げる業。


想継エーテル剣技式【三深エース·ゲラーデ】ッ!!」


「□□□□□□【カオ】」


 【カオ】と呼ばれた業は真っ白い刀身が黒いオーラで包まれ、横一線に薙ぎ払う様に斬る業。サァァァンッと静かな音が鳴き、刻まれた傷口から黒いオーラが侵蝕し氷継ひつぎと共に業をぶつけた奴の脚は黒に侵され粒子も残さず消失した。


 見たこともない業を目の前にして、氷継ひつぎは息を飲む。同じエーテルを用いた業でありながら、創り出したすら知らない業を使う輝夜かぐや。彼からすれば得体の知れない彼女は要注意人物となり得るだろう。まあその逆はが。何しろ最強の『息子』だ、仕方がない。


 ───強大な業だ。あれとやりあっても勝てる気がしねぇ


 一瞬の思考の後、奴の叫び声で現実へと引き戻された。痛みを堪えるような悲痛の叫びにも似たそれが街中に響き渡る。近くのビルのガラスは粉々に散り、風に飲まれて埃の様に舞う。


「お前ら、こいつはどうやら新種らしいが再生能力は備わっていないらしい。大方、こいつの闘級は【巨叡級】だろうな」


 後方にいる犬寺けんじが彼等に声をかける。


「こいつでそのレベルなのかよ...」


「まあ奴らは巨体を得る代わりに知恵を捨てた、とされる種だからな、強さだけで言えばかなりのもんだ」


 犬寺けんじは言い終えると視線を奴に向けた。


「そら、そろそろ動くぞ」


 

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