第4話 産
「傷、大丈夫?」
「...ああ、まだ動ける」
「そう、よかったわ。ところで、相手がなんなのかわかる?」
「いんや、身に覚えがないな。恨みを買うようなことをした記憶もねぇ」
「よかった、じゃあ無関係なのね」
「天道氷継、世界の秩序を乱す存在よ」
───あれはどういう意味だ...?
奴の声が幻聴の様に脳内にこだまし、思考の闇に沈んで行く。どうやら父親に恨みがありそうな言葉使いではあった。だがそれを息子の
「......まあいいわ。行くわよ」
そう言って彼女は走りながら例の術式で刀を顕現させた。右手で刀を持ちながらそのまま駆けていく。
「......」
───
黒フードの男同様に気になっていることの一つが
エーテルは未だに謎も多く、術の開発も全く進んでいない。だが、
「......探ろうにも難しいか。今はこっちだな」
右手に握る柄に力を込め直し、意識を奴へと向けた。
激しい轟音と共に火の粉が宙を舞う。黄金に輝く術は防がれる度に大気中へと還り、粉々になったアスファルトが風に乗って視界を狭めた。
苦い表情を浮かべながら思考を巡らせ魔方陣を描こうとするが、黒フードの男が距離を詰め光の剣を振るおうとした為、構築中の魔法を破棄して体を後ろに仰け反らせることで寸のところで躱した。そのまま手を地面について右足で奴を蹴り上げ、バク転で後方へ下がる。
「入ったと思ったが......全く効いてないみたいだな」
「ただの打撃が入るわけなかろう」
ただただ余裕だと言わんばかりの口調で
「□□□□□□【
後ろに下がって逃れようとするが、後ろから
バジュッ
肉が千切れた様な不快な音に三人は目を見開き、地面に視線を落とした。呑み込まれかけていたはずの奴の両腕が肘から下が急に切断され、大量の血と共にアスファルトに眠る。とても人間業には見えない、だがその流れ続ける血が赤いことが同じ人間である何よりの証拠だろう。
───腕を切断して呑み込まれるのを防ぎやがった!?痛覚通ってねぇのかよこいつは!!
───なんなの、この男。人間じゃないわ!?
「......あまり汚れることはしたくないのだが、致し方ない」
溜め息混じりに呟き、血の流れ続ける腕を脱力する。血が滴り、不規則な音を鳴らし次第に加速していき、赤い液体は青い魔力と交錯し螺旋が生まれて、増幅して形を成す。
「神がお与えになった寵愛は奇跡と呼ばれ、誰も神を見ようともせず、愚者は一人偽りの神を模倣する───
術が発動し、青い魔力がそれに呼応する様に輝きが増した。肉々しいグチャグチャと音を立てながら腕が再生されていき、アスファルトに転がった腕と相違ない物が完成される。骨が曲がり、血が巡り、魔力が走る、完全なる再生。
「......人体の完全再生なんて、禁忌指定以外に存在しないはずだが?」
「それに失われた神術...一体お前は何者だ?」
「言ったであろう、伊澤犬寺。我は神の使徒であると」
そう答え、消えたはずの光の剣を再び引き抜く様な動作をすることで顕現させた。
「伊澤犬寺。護ることしかできない貴殿では我を倒すことなど不可能。ましてや、子供二人がどうこうできるものでもあるまい」
ゆっくりと足を進め、剣身へと魔力を流していく。輝きが増し、神を彷彿とさせる神々しさが溢れ
だがそんなものお構い無しに、一気に距離を詰め彼へと剣を振りかざした。
───間に合わねぇ!!
魔力、エーテル。世界にはもう一つ、力が存在する。これは選ばれた者にのみ与えられる力だ。
「【
その一言が発せられた途端、黒フードの男は地面に押し潰されるように這いつくばる。その衝撃で光の剣は粒子になって消え去り、奴は必死に起き上がろうと体に力を入れるが、まるで奴の周りだけ重力が重くなったかのように起き上がることは叶わなかった。
「ぐががががァァ......」
「異能の情報くらいは持ってると思ってたんだけどな~、俺の力は盾を創ることじゃないぞ?」
「伊澤けんじィィィ...!!!」
「
「は、はい!□□□□□□【
だがそれは魔法ではなく、明らかにエーテルを用いた代物だった。エーテルを使用した時に現れる粒子は魔力とは微妙に異なっている為、一応は誰でも判別が可能。最も、あまりに些細な違いな為、殆どその一瞬でわかる者はいないが。
───あの枷、俺達が創った【
「お前ら、そいつから目を離すなよ」
コールが三回鳴り通話が繋がった。
「もしもし」
「
寄越してくれ」
「了解。何課だ?」
「三課と二課をそれぞれ二人ずつ、中でも動けるやつをだ」
「はいよ」
彼の電話の先は知り合いの公安。
公安。警察の中でも選りすぐりのエリートが集められた組織。一から五課まであり、数字が小さくなるほど純粋に強く、そして優秀である。
現在公安は領域の侵食拡大を受け、各都道府県に部署を設置し秩序維持をし続けており、最近では彼らの行き過ぎた取り締まりが問題となることも。
「伊澤犬寺よ。この程度で封じ込める訳がないであろう?」
「拘束もされてるんだ、お前にできることはない」
「な、なに!?」
それにより白い枷は消え、奴はゆらゆらと立ち上がってしまった。
エーテルは魔力と違い、感情に機敏に反応する習性がある。
───っく、やらかしたわ...!
「二人共、あれから距離を取るんだ!何かはわからない、警戒を怠るな!!」
転がった腕は膨れ上がり、形を変え血溜まりを吸収する。
───なんだ...この感じは。逃げたしたくなる感覚は......?!
人類の根源に刻まれた負の感情、理由のない恐怖が呼び覚まされ、否応なしに恐怖の正体が形を成す。
それが───
「さあ産まれるぞ、生命が!!人類を凌駕する生命体がァ!!!」
混ざり合い、吸収し続けた腕は巨大な球体へと変化した。宙に浮いたそれがドロドロと溶けだし、本来の姿を現す。トガァンッと地面に落ち突風が割れたコンクリートを飛ばし、木々が激しく揺れる。中から現れたそれは、巨大な二足歩行で白を基調に赤い血の色と禍々しい黒紫色の模様が刻まれた生命体。
「あれは
「そんな...どうやって?!」
「
「こんな物驚くことはないであろう?
黒フードの背後の空間がグワンッと歪み、別の空間への道が開かれる。ゆらゆらと周囲が揺れ、金色の粒子が舞う。
「殺すことは叶わなかったが、まだまだ不完全過ぎる。驚異となるのはもっと先の未来であろう」
「待ちやがれ!!」
「奴のことは後。まずはこいつからだ」
冷静な声色で二人を促す。とはいえ、二人はまだ対人経験のみでましてや
柄を握る手に自然と力が入り、顔は強張る。
白い巨体が鋭い咆哮を上げて腕を振り上げた。握られた拳に粒子が収束し、金色の光を帯びる。
「【
金色の光を帯びた拳が壁と激突し即座に跳ね返される。今まで彼が受けてきた攻撃は全て跳ね返すことができている技、干渉拒絶。腕を突き出した先に半透明の壁を創り出しそれより後ろへは一切の干渉を許さない、無敗の盾。
大きく後ろへ仰け反ったところをすかさず
「=
重力操作によって創り出した透明な五発の弾丸を、空間干渉によって相手に向け射出できる、それが
素早く五発の弾丸を射出され、奴の脳天へ目掛け飛翔し、一発目が金色の眼球にめり込む。赤い血が吹き出るが、何事も無かったかの様に体勢を整えようとする。だが、二発目が同じ場所に着弾したことで、再び大きく体勢を崩すこととなった。
「
ダァァンッと破裂音を轟かせ、金色の火花を散らす。
「弾丸に刻まれた術式が起動をさせる術式を刻んだ弾丸と摩擦が発生することで爆発を引き起こす」
煙が立ち込め、奴の顔を覆い隠し目隠しの役割を果たす。奴の体勢が崩れたところを、武器を構えた二人が脚を狙い技式を使う。
「行くわよ、
「...ああ!」
声の震えを抑えながら、
「
「□□□□□□【
【
見たこともない業を目の前にして、
───強大な業だ。あれとやりあっても勝てる気がしねぇ
一瞬の思考の後、奴の叫び声で現実へと引き戻された。痛みを堪えるような悲痛の叫びにも似たそれが街中に響き渡る。近くのビルのガラスは粉々に散り、風に飲まれて埃の様に舞う。
「お前ら、こいつはどうやら新種らしいが再生能力は備わっていないらしい。大方、こいつの闘級は【巨叡級】だろうな」
後方にいる
「こいつでそのレベルなのかよ...」
「まあ奴らは巨体を得る代わりに知恵を捨てた、とされる種だからな、強さだけで言えばかなりのもんだ」
「そら、そろそろ動くぞ」
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