第5話 散

 犬寺けんじの言葉を皮切りに、奴は這うように身を動かし始めた。軽い地響きと共に奴が手を上げる。金色の光が集束しユラユラとエネルギー体で生成された巨大な剣が現れた。手を振り下ろす動作に連動し、剣は空より迫る。


「ならこいつだ」


 氷継ひつぎは目を瞑り、手を付き出す。


「想いを司す不滅の誓いよ、汝、我を護る刃となれ───想継エーテル術式【七燐剣セブンス・エーティロンド】」


 目を開け、想いを乗せた言葉を紡ぐ。

 空気中を漂う魔力とは違うもう一つの粒子、エーテル物質を可視化させて巨大な剣の形に模して七つ顕現させて、自身を中心に円を描くようにして配置した。

 迫る光の剣に向け顕現させた内の一本の剣を向かわせる。


「悪いが、手数で押しきらせてもらうぜ」


 次々と剣を向かわせ、何度もと打ち合うことで減速させていく。


「はぁぁぁぁッッッ!!」


 かなり減速させた所で、彼は新たな術式を発動させる。


「想いを司す不滅の誓いよ、汝、不純なる構想を自然へと還せ───想継エーテル術式【想継霧散エーテル・ルフト】」


 エーテルが物質化し可視化した時、エーテルその物を元に還すことができる術式。無論、限度もあるが。

 同じ箇所に何度も剣を打ち続けたことで周辺が脆くなり、そこから想継霧散エーテル・ルフトが作用し始め、粒子となって徐々に大気中へと還されていく。

 氷継ひつぎに軽い頭痛が走り、同時に想継霧散エーテル・ルフトもそこで終わった。消えたのは刀身の三分一程度で、残った剣は彼等へと迫る。


「くそが、消しきれなかったか...」


 片膝を地面に付き、表情を歪ませ空を見上げる。


氷継ひつぎ君!!」


 彼の背を支えるように隣へ素早く移動した。

 彼女も同じようにして空を見上げる。自分の不甲斐なさを悔いるように。


「子供は大人を頼れば良い」


 ザッと二人の前に犬寺けんじが立ち、異能を行使する。


「【理の掌握ヴェルト·コード】=空間湾曲ラウム・クーゲル=」


 彼の目の前の空間その物が歪み、中心に渦を巻く様に捻れた。そこへ衝撃波と共に不出来な剣が衝突する。だが、衝撃波で生まれる風は彼等には届かず歪んだ空間に剣もろとも飲まれて跡形もなく消失した。


 二人は驚愕の表情を向ける。空間その物を弄る、しかもかなりの範囲をなど到底できるものではない。たとえそれがだったとしてもだ。

 初めは彼の異能もごく僅かな理に干渉できる程度でしかなかった。鍛練に鍛練を続け、彼の異能は拡張し強力な物へと変化を遂げ、彼を調律者たらしめた。


「まじかよ......んなことが可能なのか?」


 ひきつった笑みを浮かべて声を洩らす。

 氷継ひつぎは内心、自分が目指し越えようとしその場所にいる人達は、とんでもない者ばかりなのではと恐怖した。何せ、犬寺けんじと肩を並べ、彼よりも前へいる男こそ、父、八坂蓮なのだから。


「さて、そろそろ終わらせよう」


 そう告げ、奴に向けて強制負荷権限ゼロ·グラウィタスを発動させた。グガァンッと奴の周囲の重力が何倍にも膨れ上がり、その重さに耐えきれず地面へうつ伏せの状態で潰され、負荷をかけ続けられる。

 金属音に似た音が鳴り、鎧に似たそれが負荷によって押し潰され変形していく。奴は抵抗しようとエーテルを口内で凝縮し、何かを放とうとしたが途中で口が潰れ凝縮されたエーテルは大気中へ還ってしまった。


「=空間湾曲ラウム・クーゲル=」


 再び、奴を覆う程に巨大な空間の歪みを生み出し、徐々に侵蝕が始まる。口を動かしても喉を潰され声は出ない。腕を動かそうにも節々が潰され信号が送られるだけで、動くことはなかった。


 そして......────


 バキンッと何かが砕けた音を皮切りに、奴の動きは止まり目の光を失くす。彼等二人が感じていた根源的な恐怖は微塵も感じることはなく、エーテルによって木々を揺らした風圧は収まり、静寂が訪れた。

 砕けたのは魔物や領界種にある『核』、人間で言えば心臓に近い役割を担う臓器。核はエーテル又は魔力を司り意思を持つ臓器、たとえ心臓が飛ばされようとも核さえ残れば再生が始まり、やがて元の姿を取り戻すことができる。つまり、核を潰さなければ奴らを殺すことができないということ。


「核は売ると高値が付くが、あそこまで砕けてるとそこまで期待はできないな」


 肉体は全て消し去ったが、上手い具合に核だけを残した。砕くことで奴らの息の根を完全に止めることができ、その核は武器へと加工が可能な為砕け具合によって価値が変動する。だが、道路にあるのは無惨に砕け散った核だった何か。武器としての加工はできない程になってしまっている。出来るとすれば、アクセサリー系の防具くらいだろう。


犬寺けんじさん、遅くなりました!」


「丁度全部片がついたとこだ、残念ながら主犯らしき人物は逃走した」


 サイレンを鳴らした警察車両から出てきたのは、先程犬寺けんじが手配をした公安の者だった。


 ────黒いスーツにサングラス、メン・イン・ブラックみてぇだ


 氷継ひつぎは彼等を見て、とあるハリウッド映画が頭を過ったが直ぐにそれを消し去った。


氷継ひつぎ君、怪我してるよね。応急処置だけでもしちゃいましょう?」


 輝夜かぐやは不安そうな表情で彼の顔を覗く。


「ん?ああ、そうだな」


 彼はアドレナリンが出ている為か、かなりの傷も気にならない様子だった。

 彼の傷口へ魔方陣を展開し、魔法を発動させる。


「治癒魔法【旅人の羽休め《エンブレイス・トラベラー》】」


 青白い光が彼の傷口を包み、徐々に癒えていく。

 中級ともなるとかなりの進行度の傷もある程度治すことができる。


「魔法ってのはやっぱり随分と便利だな」


 医療に使われることもしばしあるが、基本的には禁止されている。それは現在世に知られる治癒魔法の全てが物だからなのと、医療に置ける国家権力は計り知れない為。


「ある程度はそうね、でも完全じゃないから病院で検査は受けるのよ?この後、直ぐに」


 ぐいっと身を寄せて顔を近づける。


「わーってる、わーってるって。だから、そんなに顔を近づけるな......」


 氷継ひつぎは目を細くし顔を彼女から反らす。


 ───慣れてねぇんだよ...


「取り敢えず業者も呼んだから、あとは念のためこの二人を病院まで送ってやってくれ」


「了解しました。それじゃあお二人共、歩けますか?こちらへどうぞ」


 筋骨隆々な黒スーツの男性が、見た目とは裏腹に丁寧な口調で彼等を後部座席へと誘導する。それに従い、輝夜かぐやがアドレナリンが切れたことで体に痛みが走っている氷継ひつぎに肩を貸して搭乗した。


「お二人には病院での検査をし、容態が良ければ我々の部署の方で軽い聞き取り調査をさせて頂きます。容態が良くない場合は後日になります」


「はい、わかりま......した」


 彼女が返答をしている途中で、ドサッと氷継ひつぎの頭が肩に乗る。どうやら、緊張の糸が切れたのか眠ってしまったようだ。預けられた輝夜かぐやは少しソワソワしており、落ち着かない様子だった。

 車両が走り出し、制限区域から少し出たところにあった信号で止まり、その時ふと彼女は思い出す。今回現れた未知の敵は彼──氷継ひつぎを狙っていたことを。


 ───彼は何に狙われているというの...?


 犬寺けんじとほぼ同格の強さを見せたあの男、あれだけの力を持ちながら今の今まで息を潜めていた。更に言えば狙われたのは、つい先日まで普通科の中学校に通っていたは普通の男子高校生の氷継ひつぎをだ。その血を狙うなら、最強の名を与えられた父親──まあそんな命知らずがいるとは思えないが、を狙うだろう。


「......こういう時に自分の家が六代貴族の生まれで良かったと思うわ」


 輝夜かぐやは小さく呟き、猫耳がついたケースをしているスマホを取り出した。Linkリンクを開き、父と表示されるトークを開いて彼に気を遣い、左手で器用に打ち込んでいく。


        ───Link───


輝夜『お父さん、ちょっと調べて欲しいことがあるんだけど』


父『どうした?』


輝夜『もう情報は多少行ってると思うけど、八坂家の長男が襲撃されたの』

  『しかも伊澤校長と同格の力を見せる程の男だったわ』


父『彼が襲われたのか?緊急性がありそうだ。正確な情報が来次第、こちらでも調べよう』


輝夜『お願い』


        ───◇◇◇───


 スマホを閉じて制服の内ポケットに仕舞い、彼の気持ち良さそうな寝顔を横目に思考に耽る。これからの彼をどうしていくか、両親と学院での話し合いが行われるだろう。あの父親のことだ、退学の措置をとることはまずない。だが、流石に何も無しで通わせるには氷継ひつぎには経験値が足りなすぎることを踏まえると、護衛をつけることになる可能性がある。とはいえ、そんな物が必要な程学院あそこのセキュリティは甘くないが。


 ───嫌いそうだなあ、そういうの


 クスッと笑みを浮かべて窓の外を眺めた。

 数分もしない内に総合病院に着き、二人は検査を受け、輝夜かぐやはエーテルを循環させる器官に乱れがあったものの、特段外傷もなく検査はすぐに済んだ。氷継ひつぎは左のあばら骨が二本、左腕を骨折、数ヶ所にガラスの破片──市電を蹴り飛ばされた時の物──が深く刺さっていた。だが、治癒魔法のお陰で完治に近く二、三日もすれば治るとのこと。すぐにガラスの摘出手術をし、数時間病院で待機となった。その為、取り調べは後日とのこと。


「あぁ~これいつまで待てばいいんだ~」


「あと数分もすれば帰れるわ、もう少しの辛抱よ」


「つか、先帰って良かったんだぞ?」


「......このまま貴方一人にして、また襲われでもしたら大変よ」


 ベッドに座る氷継ひつぎへ呆れ顔を向ける。


「いやまあそうだけど、お前まで巻き込まれるのはな......」


「いいのよ、もう自分から首突っ込んじゃってるし。貴方が気にすることじゃないわ」


 微笑を浮かべ答えた。

 彼からすれば、出会ってすぐの人間にここまでするのは変に映るだろう。単に優しいだけとも捉えられるがこの世界に戻ったばかりの彼からすると少し恐怖を感じてしまうようだ。


 他愛もない会話──今日の出来事の振り返りに近い──をしている内に時間になり、公安が手配した車での帰宅となった。

 氷継ひつぎは大袈裟かもしれないが左腕にギプス、補助のためにコルセットもしている。それを家族に見られた時は、連絡していたにも関わらず物凄い勢いで心配をされた。


「ひぃ~つぅ~ぎぃぃぃ~!!大丈夫か!どこが痛むんだ!?そこか?そこなのか!!!くっそぉゆるせぇぇん!!!」


 れんは涙ながらに大きな声を出しながら氷継ひつぎの肩を掴んで揺らす。


「大丈夫なの?痛い?痛いよね、頑張ったねぇ...偉いねぇ...頭なでなでしてあげようか?」


 ぐわんぐわんッと揺らされる彼に心底心配そうな顔で直ぐにでも頭を撫でたいというのが見てわかる程に、手をわきわきさせながらにじり寄って来る母。


「親父...母さん...頼むから静かにしてくれ......」


 彼の静止も空しく、母は慈愛の目を向け頭を撫で始めた。


「お兄、大丈夫だった?」


 二階へ続く階段の踊り場から顔だけを横からヒョイッと出して声をかけた。


「大丈夫だよ、こんくらい。ゆめもしたことあるだろ、何回も」


 氷継ひつぎの妹である、天道てんどう夢乃ゆめの。彼女は氷継ひつぎとは年子で同じ学院の中等部二年ドゥジエームに所属する中学生。彼と同じく特徴的な父譲りの隻眼と、母譲りの白い髪を持ち、彼とは見た目の差がかなりある。


「ご飯まだよね?こっち来て食べちゃって!」

 

「へ~い」


 母、夢彩野めいのに促されリビングへ行き、手を洗ってから席についた。


 公安の車内にて。氷継ひつぎを自宅へと届けた後、輝夜かぐやの自宅へと車を走らせていた。車内に会話はなく、外を通りすぎていく車の音がより耳に響く。照明もなく彼女の開くスマホから発するブルーライトだけが中を照す。彼女が見ていたのは若者に人気のSNS、Timearlyタイマリーだ。一分程度のショート動画を投稿するSNSで若者を中心に広がっている。

 何も考えずに何本もの動画を見ていると、ふと一つの動画が目に止まった。そこに映るのは例の男に電車から蹴り飛ばされて車道に転がる氷継ひつぎで、どうやらこの動画はあの場にいた野次馬が撮影した動画が投稿された物らしい。電車が壊れる音が大音量で記録されており、激しい破壊音が彼女の耳に入れた黒いワイヤレスイヤホンから流れる。


「───はぁ......」


 吐き捨てるかのように溜め息をついた。

 インターネットが広く普及し根付いたことで、自身の危険性をなげうってでもそれを納めて投稿し、バズり、承認欲求を満たしたいその欲求に突き動かされ盲目に身を危険に差し出し続ける人間が増えた。それによってもう数えるのも諦める程の人間が死んだ。その死んだ人間の遺族達は総じてに指を指して罵詈雑言を浴びせる。そもそも、さっさと逃げていれば助かった人間達を、わざわざ守らなくてはならない状況にしたのはその人間達自身なのに。何故、責められるのは奴らではなく彼らなのか。ある種、社会問題とも言える。


 そっとスマホの電源を切り、背もたれに頭を預け項垂うなだれるように脱力した。

 何の為に命をとして戦い守るのか、その意味を考えれば考える程にわからなくなっていく。その感覚に陥る者は少なくない。彼女はまだそれを経験したことはないが、今日の出来事によって意識していなかったことが意識せざるを得なくなっている。


「何の為に......ねぇ」

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