第5話 散
「ならこいつだ」
「想いを司す不滅の誓いよ、汝、我を護る刃となれ───
目を開け、想いを乗せた言葉を紡ぐ。
空気中を漂う魔力とは違うもう一つの粒子、エーテル物質を可視化させて巨大な剣の形に模して七つ顕現させて、自身を中心に円を描くようにして配置した。
迫る光の剣に向け顕現させた内の一本の剣を向かわせる。
「悪いが、手数で押しきらせてもらうぜ」
次々と剣を向かわせ、何度もあれと打ち合うことで減速させていく。
「はぁぁぁぁッッッ!!」
かなり減速させた所で、彼は新たな術式を発動させる。
「想いを司す不滅の誓いよ、汝、不純なる構想を自然へと還せ───
エーテルが物質化し可視化した時、エーテルその物を元に還すことができる術式。無論、限度もあるが。
同じ箇所に何度も剣を打ち続けたことで周辺が脆くなり、そこから
「くそが、消しきれなかったか...」
片膝を地面に付き、表情を歪ませ空を見上げる。
「
彼の背を支えるように隣へ素早く移動した。
彼女も同じようにして空を見上げる。自分の不甲斐なさを悔いるように。
「子供は大人を頼れば良い」
ザッと二人の前に
「【
彼の目の前の空間その物が歪み、中心に渦を巻く様に捻れた。そこへ衝撃波と共に不出来な剣が衝突する。だが、衝撃波で生まれる風は彼等には届かず歪んだ空間に剣もろとも飲まれて跡形もなく消失した。
二人は驚愕の表情を向ける。空間その物を弄る、しかもかなりの範囲をなど到底できるものではない。たとえそれが異能だったとしてもだ。
初めは彼の異能もごく僅かな理に干渉できる程度でしかなかった。鍛練に鍛練を続け、彼の異能は拡張し強力な物へと変化を遂げ、彼を調律者たらしめた。
「まじかよ......んなことが可能なのか?」
ひきつった笑みを浮かべて声を洩らす。
「さて、そろそろ終わらせよう」
そう告げ、奴に向けて
金属音に似た音が鳴り、鎧に似たそれが負荷によって押し潰され変形していく。奴は抵抗しようとエーテルを口内で凝縮し、何かを放とうとしたが途中で口が潰れ凝縮されたエーテルは大気中へ還ってしまった。
「=
再び、奴を覆う程に巨大な空間の歪みを生み出し、徐々に侵蝕が始まる。口を動かしても喉を潰され声は出ない。腕を動かそうにも節々が潰され信号が送られるだけで、動くことはなかった。
そして......────
バキンッと何かが砕けた音を皮切りに、奴の動きは止まり目の光を失くす。彼等二人が感じていた根源的な恐怖は微塵も感じることはなく、エーテルによって木々を揺らした風圧は収まり、静寂が訪れた。
砕けたのは魔物や領界種にある『核』、人間で言えば心臓に近い役割を担う臓器。核はエーテル又は魔力を司り意思を持つ臓器、たとえ心臓が飛ばされようとも核さえ残れば再生が始まり、やがて元の姿を取り戻すことができる。つまり、核を潰さなければ奴らを殺すことができないということ。
「核は売ると高値が付くが、あそこまで砕けてるとそこまで期待はできないな」
肉体は全て消し去ったが、上手い具合に核だけを残した。砕くことで奴らの息の根を完全に止めることができ、その核は武器へと加工が可能な為砕け具合によって価値が変動する。だが、道路にあるのは無惨に砕け散った核だった何か。武器としての加工はできない程になってしまっている。出来るとすれば、アクセサリー系の防具くらいだろう。
「
「丁度全部片がついたとこだ、残念ながら主犯らしき人物は逃走した」
サイレンを鳴らした警察車両から出てきたのは、
────黒いスーツにサングラス、メン・イン・ブラックみてぇだ
「
「ん?ああ、そうだな」
彼はアドレナリンが出ている為か、かなりの傷も気にならない様子だった。
彼の傷口へ魔方陣を展開し、魔法を発動させる。
「治癒魔法【旅人の羽休め《エンブレイス・トラベラー》】」
青白い光が彼の傷口を包み、徐々に癒えていく。
中級ともなるとかなりの進行度の傷もある程度治すことができる。
「魔法ってのはやっぱり随分と便利だな」
医療に使われることもしばしあるが、基本的には禁止されている。それは現在世に知られる治癒魔法の全てが自己治癒能力を向上させる物だからなのと、医療に置ける国家権力は計り知れない為。
「ある程度はそうね、でも完全じゃないから病院で検査は受けるのよ?この後、直ぐに」
ぐいっと身を寄せて顔を近づける。
「わーってる、わーってるって。だから、そんなに顔を近づけるな......」
───慣れてねぇんだよ...
「取り敢えず業者も呼んだから、あとは念のためこの二人を病院まで送ってやってくれ」
「了解しました。それじゃあお二人共、歩けますか?こちらへどうぞ」
筋骨隆々な黒スーツの男性が、見た目とは裏腹に丁寧な口調で彼等を後部座席へと誘導する。それに従い、
「お二人には病院での検査をし、容態が良ければ我々の部署の方で軽い聞き取り調査をさせて頂きます。容態が良くない場合は後日になります」
「はい、わかりま......した」
彼女が返答をしている途中で、ドサッと
車両が走り出し、制限区域から少し出たところにあった信号で止まり、その時ふと彼女は思い出す。今回現れた未知の敵は彼──
───彼は何に狙われているというの...?
「......こういう時に自分の家が六代貴族の生まれで良かったと思うわ」
───Link───
輝夜『お父さん、ちょっと調べて欲しいことがあるんだけど』
父『どうした?』
輝夜『もう情報は多少行ってると思うけど、八坂家の長男が襲撃されたの』
『しかも伊澤校長と同格の力を見せる程の男だったわ』
父『彼が襲われたのか?緊急性がありそうだ。正確な情報が来次第、こちらでも調べよう』
輝夜『お願い』
───◇◇◇───
スマホを閉じて制服の内ポケットに仕舞い、彼の気持ち良さそうな寝顔を横目に思考に耽る。これからの彼をどうしていくか、両親と学院での話し合いが行われるだろう。あの父親のことだ、退学の措置をとることはまずない。だが、流石に何も無しで通わせるには
───嫌いそうだなあ、そういうの
クスッと笑みを浮かべて窓の外を眺めた。
数分もしない内に総合病院に着き、二人は検査を受け、
「あぁ~これいつまで待てばいいんだ~」
「あと数分もすれば帰れるわ、もう少しの辛抱よ」
「つか、先帰って良かったんだぞ?」
「......このまま貴方一人にして、また襲われでもしたら大変よ」
ベッドに座る
「いやまあそうだけど、お前まで巻き込まれるのはな......」
「いいのよ、もう自分から首突っ込んじゃってるし。貴方が気にすることじゃないわ」
微笑を浮かべ答えた。
彼からすれば、出会ってすぐの人間にここまでするのは変に映るだろう。単に優しいだけとも捉えられるがこの世界に戻ったばかりの彼からすると少し恐怖を感じてしまうようだ。
他愛もない会話──今日の出来事の振り返りに近い──をしている内に時間になり、公安が手配した車での帰宅となった。
「ひぃ~つぅ~ぎぃぃぃ~!!大丈夫か!どこが痛むんだ!?そこか?そこなのか!!!くっそぉゆるせぇぇん!!!」
「大丈夫なの?痛い?痛いよね、頑張ったねぇ...偉いねぇ...頭なでなでしてあげようか?」
ぐわんぐわんッと揺らされる彼に心底心配そうな顔で直ぐにでも頭を撫でたいというのが見てわかる程に、手をわきわきさせながらにじり寄って来る母。
「親父...母さん...頼むから静かにしてくれ......」
彼の静止も空しく、母は慈愛の目を向け頭を撫で始めた。
「お兄、大丈夫だった?」
二階へ続く階段の踊り場から顔だけを横からヒョイッと出して声をかけた。
「大丈夫だよ、こんくらい。
「ご飯まだよね?こっち来て食べちゃって!」
「へ~い」
母、
公安の車内にて。
何も考えずに何本もの動画を見ていると、ふと一つの動画が目に止まった。そこに映るのは例の男に電車から蹴り飛ばされて車道に転がる
「───はぁ......」
吐き捨てるかのように溜め息をついた。
インターネットが広く普及し根付いたことで、自身の危険性を
そっとスマホの電源を切り、背もたれに頭を預け
何の為に命をとして戦い守るのか、その意味を考えれば考える程にわからなくなっていく。その感覚に陥る者は少なくない。彼女はまだそれを経験したことはないが、今日の出来事によって意識していなかったことが意識せざるを得なくなっている。
「何の為に......ねぇ」
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