第8話 異変

 二○十九年四月八日、月曜日。土日は新術の開発に勤しんでいた為一切外に出ず、出ても近くの自販機へ行き赤いラベルの炭酸飲料を買うくらい。とはいえそう簡単にできる物でもないので、結局どんな形にしようかと悩んだだけで完成はしなかった。


「ふわぁぁぁ...」


 大きな欠伸をしながら席に着く。


「おはよう、氷継ひつぎ君。眠たそうね?」


「おはよう、天宮あまみや。んん~...ちょっと寝不足でな」


 先に席にいた輝夜かぐやが声をかける。

 先週とは違い、どうやら彼は時間ギリギリに登校してしまった様だ。


「お前ら~早く席につけ!チャイムは鳴り終わってるんだぞ!!」


 犬寺けんじが声を張り上げながら教卓へと歩いて来る。もうかなりクラスメイト達は打ち解けあっているようで、置いていかれているのは氷継ひつぎ一人だけらしい。


 ───思ってるより置いていかれてるのか?俺は......


「今日から月一の任務に関連した授業をしていく。まだ早いと思うだろうが、一度も外界へ出たことがない生徒が大半、今からやっても遅いくらいだ」


 彼が話を始めると途端にその場が静かになる。


「この任務は他クラスとチームを組んで行う。連携をしっかり取る為に、チーム編成後に各々で訓練を行ってもらう。チーム編成に関してはこちらから個人のレベルに見合った者のリストを元に、自分達で編成を行え。終わったチームから演習場での訓練だ、いいな!」


「「「はい!!」」」


 犬寺けんじは説明を終えるとその場にある椅子に腰掛けた。それを皮切りに教室が騒がしくなり始める。

 氷継ひつぎもクラスメイト達の様にスマホを取り出しシードを起動し、通知欄を確認した。


        ───通知───


Link『夢乃:数学がわからない、助けて』

  『輝夜:飼育する領界種のことだけど、もう名前は決めた?』

ファイル『伊澤犬寺:チーム編成候補一覧』


        ───◇◇◇───


 三件の通知があり、犬寺けんじからの通知をタップし、送信されたファイルを開く。クラス、名前、所属兵科、使用武具など、個人認証時に確認した内容の物が一人一人閲覧出来るようになっており、そこからメッセージを送りチームを組んでいく様だ。


 ───なんか...くそ少なくね?もっといるよな、人って


 犬寺けんじから送られたファイルは一ページにも満たない程の人数しか記載がなく、他の人達が受け取った物よりも圧倒的に量が少なかった。確かに彼は今まで普通科にいたものの、の息子である為か一定以上の期待がされている様で、そのファイルの中に表示されている者達は一年生の中でも強者───無論訓練によって出た成績での話ではあるが───揃い。その中には輝夜かぐや優奈ゆうだいの名もあった。

 氷継ひつぎは眉間にシワを寄せながら左手を顎につけて思考を巡らす。入学という形で入ったが故に友人と呼べる者もほぼおらず、チームに誘うにも心理ハードルが高く、更に彼は父親があれなので誘われる側のプレッシャーも凄まじい物になってしまうだろう。

 とはいえ、誰も誘わないわけにもいかないので駄目元で隣に座る彼女に声をかける。


「なあ、天宮。特に相手が決まってなければ俺と組まないか?」


「!!ええ、是非。私も丁度どうしようか考えてたところだったの」


 輝夜かぐやは一瞬誰が見てもわかる程の笑みを浮かべたが、すぐに元の華麗な表情に戻り微かに笑ってみせた。まるで彼に声をかけられるのを待っていたかのようだ。


「んじゃ後はもう一組か......あいつに声かけてみるかな~」


「彼?」


「そ、あいつ」


「良いんじゃないかしら、昔馴染みだしね」


 氷継ひつぎが若干の溜め息と共に呟いたとは。無論、優奈ゆうだいのことだ。正直少し気まずいので別の人に声を掛けたいが、天道この名字を見ただけで断られる気がしているのでほぼ消去法である。致し方ない。

 リストにある彼の名前をタップすることで、自動的にLinkリンクを起動できトークルームが作られる。


        ───Link───


氷継『よお、久々だな。優奈』


優奈『っや、久々。待ってたよ、君からの連絡』


氷継『答えはYESってことでいいんだな?』


優奈『勿論。それと、僕のバディはアルベント・ノーヴルイルだよ』


氷継『ノーヴルイルか...聞き覚えのある名前だ。こっちは天宮輝夜だ』


優奈『へぇ、随分と凄い人をバディに選んでるんだね』


氷継『あ?何がだ』


優奈『もしかしてだけど、何も知らないでバディ組んでるのかい?』


氷継『まあそうなるのか?別に普通の生徒だろ』


優奈『君らしいと言えば君らしいけど......

   良いかい氷継、彼女は六代貴族の人間だよ』


氷継『本当に言ってんのか?』


優奈『間違わないでしょ

   それじゃよろしく、氷継』


氷継『...おう』


        ───◇◇◇───


 六代貴族。天皇陛下を表から守護する貴族達を指す。遥か昔からその六人が天皇を守護し続け、必然的に六人それぞれが貴族となったことで、六代貴族と総称されるようになった。そして輝夜かぐや七殺ななさつの称号を持つ天宮家の長女、つまり順当に行けば彼女は次期当主となる人間というわけだ。

 そっっとLinkリンクを閉じ、送られたファイルに添付されたURLにアクセスする。あまり彼女がそうであることを考えないようにしながら。

 URLを踏んだ先にはメンバーの記入ができるフォームになっているようで、四人分の名前を記入する項目が表示されたのでそこに四人の名前を入力し送信して完了。

 送信後直ぐに追加でメッセージが届き、それを開く。メッセージには『送信完了を確認。フォーマンセルでの訓練を行ってください。場所は第二演習場です』とあった。


「......メッセージ見ましたか?」


「ええ、第二演習場ね。行きましょうか......って何その敬語」


「いや、うん。なんでもねぇ...」


 軽く確認を済ませて互いに立ち上がる。氷継ひつぎは教室の後ろにある個人用ロッカーから剣の入ったケースを取り出して右肩からベルト斜めに掛けて背負い、教室を後にした。

 

          ◇───◇


 無音の地下通路を足音を響かせながら歩を進める。下水道とは違って綺麗に舗装されており、等間隔で設置された近代的な青白い光が周囲を照らす。ここは東京の都心から少し離れにある、国が管理───厳密には防衛大臣の管轄───している地下施設。そしてこの施設に入ることが許されているのは公安の一科以上の人間と総理大臣に防衛大臣、そして天皇の血を引く者、と限られている程に厳重な機密施設だ。もっと言えば、一科は全国で二十人、そしてその上は更に少なく十二人しかいないことを踏まえると、この場所がどれだけ特殊な場所か理解できるだろう。


「一体何が起きている」


「未だ調査中ですが、まだ何も。むしろ、被害が急増しています。しかも、全国で」


 白のロングスカートに襟元にレースがついた薄紫のシャツを着た女性が前を歩くYシャツにショルダーホルスターを身に付けた男性───おそらく上司に当たるであろう男───に現状を伝える。


「天道家のご子息の一件以来他県でも事が起き始めた。だがその時とは違って被害にあった者は生死ではなく行方不明になる......」


 溜め息混じりに呟き頭をかいた。

 目線の先には扉があり、右側の壁にあるカードキーに自身の警察、公安配属時に配布される手帳にあるカードを翳す。ピピッと電子音の後に赤い光が青に変わり、扉が自動で開く。二人はそのまま奥へと進み中へと入った。

 中央にコンソールがあり、その周りには黒いソファーが一つと高さ三メートル程の本棚が部屋を埋め尽くしている。本棚には無数の本やラベルが貼られたファイルがあり、そのどれもが一般的に禁書にされた物や非公開の犯罪、非公開の歴史的資料など、どれも民間には絶対に出ない物ばかりが集められている場所の様だ。


「今回俺達が探さなきゃいけないのは、奴らに関することだ」


「人体の完全再生、領界種の創造、そしてロストスペルと呼ばれる物、ですね」


「そう、どこで起きた事例にも確認されているのがその三つだ。直接見た者もいれば、TimearlyタイマリーTwitterツイッターなんかの各種SNSで間接的に見た者も多い」


 輝夜かぐやが帰り際、Timearlyタイマリーを開いた時に流れたあの様な動画や写真が既に大量に出回り、Twitterツイッターでは『神隠し』や『黒フード』がトレンド上位に輝いた程だ。噂では警察や政府が何かの実験に使う為に人を拐っていると言われている始末。とはいえ、政府はともかく警察は隠し事が出来るような組織形態ではないので、今回公安を使って捜査をしているというわけだ。まあ公安も政府の犬であることに間違いないのだが。

 

「では、私は禁書の方を」


「ああ、頼む」


 男は中央のコンソールを起動し、禁術に関する項目を調べていく。この中には全世界共通でとされる魔法、魔術が唯一記録されていてそれにアクセスが許される人間も限られている。その為一科以上───零科の彼が起動させる必要があったというわけだ。

 禁忌の魔法や魔術だけがあるわけではなく、一般的に普及されている魔法、魔術や一般的には公開されなかったが禁忌ではない氷継ひつぎ達が作った想継エーテル術式など、この世界にある全てが記録されている。

 禁忌指定と表示された項目を選び、次々と表示されていく禁忌になった魔法、魔術達に目を通していく。


「これか......」


 回復、治癒系の項目にある禁術【身体想造ケルパー・シェプフング】で肉体の完全再生【魂々哀歌アニムス・エレギーア】はその名の通り魂を呼び戻し器へと受肉させ蘇生させるという物。生半可な者が【身体想造ケルパー・シェプフング】を使えば再生だけでなく増幅、つまり腕を治そうとした時に本来あるべき数の腕の数以上に創り出してしまう事例があった。【魂々哀歌アニムス・エレギーア】は器に必要な生け贄を用意しなくてはならないことや死者への冒涜となるとされ、倫理的観点などから禁忌に指定されている。


「やはりないか......失われた神術ロスト・スペル。こいつは一体なんなんだ」


「荒井さん!この本に領界種の創造に関する記述が!!」


「ッな、ほんとか!!」


「ここです!!」


 荒井は指で示された文章に目を通す。


「......『白月の妖怪(現在の領界種)の創造には人間の血肉、膨大なエーテル元素、魔力を完全に除去することで成し得る。創り出されるそれを可能とするのは魔術ではなく月闢式。月闢式に関しては第六章に記載』か。概ね理解したが、まずこの月闢式がなんなのかだな」


「......それなんですが、この六章の一冊だけが無いんです」


「......なに?」


 目線を向けた先の本棚には本来そこにあるはずの本が抜けていた。

 これはかなりの異例である。そもそも一般の人間が入れる場所ではなく、ましてや入れる人間もごく僅か。警備もかなり厳重で容易に入れるようなものでもない。

 荒井は入室時に至急される外部と通信が可能な通信機を起動した。


「こちら管制室。どうされましたか」


「こちら荒井、緊急事態だ。とある書物が一冊盗まれた可能性がある。監視カメラ、入室記録の確認と防衛大臣への連絡を急いでくれ」


「了解」


 通信を終え顔をしかめる。


「とんでもねぇことが起きてそうだ」


「ですね、これからどうします?」


「俺達は指示があるまで一時ここに待機だな。後の事はその時に考えよう...」


「りょーかいです...」


 二人はこれからのことを考え少し面倒くささを感じながらソファーに腰掛けた。


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