第2話 演習場

 全員の自己紹介が終わり、学生証と今日から一週間の流れの説明に入った。


「学生証は今配ったプリント記載されてるQRコードをスマホで読み取ったらアプリで出てくる。それじゃ、やってみてくれ」


 担任の指示に従い、各々QRコードを読み取り始めた。氷継ひつぎも同様に行い、ホーム画面に追加されたアプリをタップし起動する。


 ホワァンッと起動音を鳴らして水色基調の近未来的デザインが画面を覆った。領域探査学院生専用アプリ【シード】。メールアドレスを入力することで個人認証が完了し、様々な情報が表示されていく。


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名前Name】天道氷継

性別Gender】男

種族Race】人間

誕生日Birthday】7月21日

年齢Age】15歳

序列Ranking Order】記録無し


能力値Status

・魔力適正値:E-

・魔力保持量A+

・適正属性:氷属性・無属性

・エーテル適正値:A

・エーテル保持量:S


異能力Fate

願い手の後継者イデアル・サクセッサー

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 その他にも校内地図や一般公開されている魔法大全、技式大全など様々な情報が入っていた。【シード】は一般人も使う【カーディナル】や軍人達が使っている【オトリテ】の学院版。個人の証明は勿論、料金の支払いなども一括して操作を行うことができる、便利なアプリケーション。スマホを持っている人なら大体の人が使っている。


 ひとしきり設定諸々を終えた所で、担任の伊澤いざわ校長が口を開く。


「すでに見つけた人もいると思うが、現時点で序列は全員記録無しとなっている。初めて序列がつけられるのは、今月の末にある任務を無事完了してからだ」


「......任務?」


 怪訝そうな顔で呟く氷継ひつぎ輝夜かぐやが不思議そうに聞いてくる。


「もしかして、任務のこと何も知らない?」


「ああ、知らないな。親父からも聞いてない」


「そっか。たぶんこれから説明されると思うけどわからなかったら私にでも聞いてね」


 彼女は少し首を傾けて柔らかく微笑む。


「おお、わりぃな」


 氷継ひつぎは軽く返答し、校長へと視線を向けた。


「月に一度の任務に関しては、日が近づいてから追って説明をするが、軽く話をしておく。その任務の内容はそれぞれバラバラで、達成することで報酬金が貰える。学生にとってはかなりの額だ、無駄遣いするなよ?」


 一拍置いて話を続ける。


「最初の任務はそこまで難しい物じゃない。ちなみにだが、在学中に序列が四桁に入れればかなりの好成績だ...とまあ月一の任務に関してはこんなところか」


 伊澤いざわ校長は概ね話終えて、タブレットを起動させる。その起動したタブレットを教壇の後ろの真っ白い壁に向けて画面をスワイプした。

 スワァンッという音と共に壁一面に大きく表示される。そこには今週の予定が記載されたページが映し出されていた。


 氷継ひつぎは指差し確認をし、それを輝夜かぐやと目で追う。


「んーと、今日の予定があとは兵科訪問のみか」


「明日からは普通の授業で、金曜日に学内見学と委員会決めもあるみたいね」


 各々予定を確認し終えた所で終業を告げるチャイムが鳴る。それを聞いた伊澤いざわ校長が挨拶を終えて教室を後にした。


 各自、席を立って次の目的地である、それぞれの兵科専用の演習場へと向かい始めた。


「それじゃ、俺達も行くか」


「そうね」


 ガタガタッとお互い椅子から立ち上がり、持ち物を手に教室を後にした。


  ◇──────────────────────────◇


「おいおい、まだ着かないのか」


「う~ん、後少しのはず...なんだけど」


 氷継ひつぎ輝夜かぐやの二人は創領科の演習場へと向かっている所だ。

 演習場はそれぞれの兵科ごとに用意されており、どの校舎からも行けるようになっている。そこを繋ぐ通路は全て動く歩道なっているため、移動は快適。


「やっと見えたな......」


 彼の目線の先にようやっとその全貌が現れる。

 演習場への入り口は全て自動ドアに統一されており、エーテルによって完全な防音が施されている。地下一階、地上二階建ての計三階建て。

 一階は全て練習場となっていて、床は魔石を加工した物になっているので早々壊れることはない。体を打ったりすると中々に痛い為注意は必要だが。

 二階は応接室や更衣室にシャワー室、休憩室があり、地下には訓練用の武器や掃除用具といった物が保管されている。


 二人は自動ドアを通り中に入ると、上級生達が既に訓練を開始していた。無論、本物を使って。基本的には訓練用に用意された普通の金属製の物を使用し訓練を行う。


 ───大丈夫ってわかってても怖いわね、あれは......


 パンフレットやサイトの学内技術説明欄に記載されている、「肉体的ダメージの全てが精神的ダメージに変換される」という特殊なエーテルを使った装置、【精神置換想置】を搭載しているため外傷になることは滅多にない。


 二人が入り口で立ち尽くしていると、それに気がついた一人の女子生徒が駆け寄ってくる。

 少し茶色に近い髪を後ろで結んだポニーテール。青鈍色の瞳で、第一印象は活発な女性といったところだろうか。背丈も氷継ひつぎとあまり差がないくらいの高身長のよう。


天道氷継てんどうひつぎ君と天宮輝夜あまみやかぐやさんかな?私は二年ツヴァイト鶴川京花るかわきょうかです」


 ───ツヴァイト...だから、えーっと......二年生か


 氷継ひつぎが無言で答えを出す。入学したは良いものの、まだこの読み方には慣れていない様子。


「今日は三年生がいないので、変わりに私が一年生に兵科の説明をしています。それでは、こちらにどうぞ」


 二人は頷き返して彼女の後ろに続く。右側にある階段を上がり、二階にある応接室に入る。応接室というだけあって室内はとても豪勢な作りになっていた。

 床には大理石が使用され、黒光りするソファーに板硝子と世界三大銘木であるチークで作られた長机にワインセラー。

 正直ここまで豪華な物を演習場の一角に必要があるのだろうかという疑問は出てきてしまう程の揃いようだ。


「凄く綺麗でしょ?私も初めてここに来た時はびっくりしたよ~」


「そうですね、正直少し緊張しちゃます」


 お世辞混じりではあるがしっかりと返答をする輝夜かぐや氷継ひつぎは応えなかったが無視している訳ではない。彼は建築物が好きで、そういった本や写真集、建築とサバイバル生活をいっぺんに楽しめるゲームなどをやるくらいだ。その為、内装をじっくり見ていて、京花きょうか声が届いてすらいない。


 ───中々いい内装だな、参考にしよう


「それじゃあ、二人共そこに座って。他の子達はもう訓練に入ってるからパパッと終らせちゃおう!」


「そうですね、俺も早く剣握りたいんで」


 ───今俺がどれだけの実力なのか知らないといけないからな


「物騒だよ、氷継ひつぎ君」


 氷継ひつぎは左の腰にぶら下げた剣をソファーの横に立て掛けて座る。京花きょうかは机を挟んで対面にある、同種のソファーに同じようにして刀立て掛け座った。


「説明と言ってもそこまで難しい話じゃないから。これを見ながら説明していくね」


 京花きょうかが彼ら側にタブレットを向けて資料を表示する。


「まず最初に、この創領科は他の兵科に比べて特殊なの。他の兵科は近接武器を得意とする剣星けんせい科に魔法に特化した魔凰まおう科、銃などの遠距離武器専門の銃奏じゅうそう科。それぞれがそれぞれに特化した科なんだけど、創領科ここは剣も魔法も銃も扱っているの」


「エーテルが創造と想像を司る物だから...ね」


 資料を見つめながら小さく溢す輝夜かぐやに、彼は一瞬視線を向けて再度タブレットに視線を落とす。


「なるほどな。良く言えば万能。悪く言えば半端者ってことですね?」


 氷継ひつぎは少しだけ皮肉を込めて言う。


「そうね、他の科にも欠点があるように創領科ここはそれが欠点ね。天道てんどう君が所属している剣星部門、天宮あまみやさんが所属している剣援部門の他に、魔凰部門と魔援まえん部門、銃奏部門と銃援じゅうえん部門があります。【援】がつくものは支援をメインに行う部門よ」


「武器の種類を大きくしか分けてないんですね」


「ええ、そういうこと。それじゃあ部門の話はこれくらいにして、次は活動する曜日ね。この兵科は基本的に火曜、木曜、土曜の三日。それ以外の日は申請書を職員室に出してくれれば自由に使えるからじゃんじゃん使っちゃってね」


 そう言って京花きょうかは立ち上がり、刀を携えてタブレットの電源を落とす。そうしてドアへと向かい後ろを振り向く。


「それじゃ説明も終わったし、さっそく二人にも訓練に加わってもらおっかな!」


 その言葉に二人は顔を見合わせて小さく笑みを浮かべた。


 訓練と言えど本格的な打ち合いも程々に、魔力を使って技式を発動させるなどは無しの組み手の様な物。

 気合いの籠った声が響き渡る訓練場で、氷継ひつぎもまた人一倍気合いを込めて発声をしつつ剣を振るう。やることは剣道をやっていた時と変わらず、上からの振り下ろしの繰り返し作業。単調ではあるが、彼にとっては心を落ち着かせることのできる物の一つ。

 次第に氷継ひつぎの耳から音が遠退いて行き、目に映る景色は何もない白一色の世界へと変わっていった。

 これがに入るということ。要はゾーンというやつだ。


 ───この感覚も久し振りだ......やっぱり本物は重いな


 父親を嫌ってからは実剣なんて触れて来なかったし、触れることなんて今後来ないとも考えていた氷継ひつぎだ。少し、思うところもあるのだろう。

 ただひたすらに剣を振り、よぎる思考を消し去っていく。

 どれくらい経っただろうか、輝夜かぐやの呼び声で彼の意識が現実へと向かっていった。


「ねぇ、氷継ひつぎ君。少しだけ打ち合わない?」


「いいけど......俺じゃあ相手が務まらねぇと思うぞ?」


「それは...やってみないとわからないでしょう?」


「まあ、それもそうか」


「うん、それじゃあ......」


 そう言って輝夜かぐやはおもむろに右手を胸の前で掌を上にして術式を展開した。


「□□□□□□ ■■【月喰虚リュンヌネアン】」


 周りに居る生徒達は空間魔法の一種なのかと思い、物珍しさもあってか盛り上りを見せた。

 だがその場にいる氷継ひつぎを含めた二人だけが驚きを見せた。


 そんな術式は知らない───と


 術式の名は聴こえなかった。まるでノイズにでも阻まれたかの様に。それでもはっきりと眼で視ることはできた。その術式に使われたのはことが。

 彼女の手に現れたのは一振の刀だった。だがそこに鞘は無く、月の様に真っ白な刀身が輝き美しく露になっている。

 鍔は五芒星を形取り、白を基調とし金色のラインが入れられていた。柄巻も白色が使用されており、魅入ってしまうほどに美しい。

 周りの生徒がそれに気を取られている中、氷継ひつぎの脳内では術式あれがなんなのか、自分会議が行われていた。

 そんな自分達を押し退けて、好奇心に体が動かされていく。


がなんであれ、面白そうだ」


 腰に下げた鞘から剣を抜き、脱力した状態で立って輝夜かぐやに剣先を向けた。輝夜も両手で柄をしっかりと握り剣先を彼へと向ける。

 少しの沈黙の後、両者が同時に地を蹴り距離を縮め、やいばを重ねる。そこに生まれた風が髪を撫でて火花を散らした。

 氷継ひつぎは刀を上へと弾いてそのまま剣を振り下ろす。彼女は左側に体重を乗せて体を反らすことで回避して、体を倒していき素早く左腕のみで側転をして移動した。空を切った剣は地面にぶつかってしまい、その震動が彼の腕に伝わり少し痛みを感じて声に漏れる。


「ッい────っぶねぇ!!」


 ジーンとした痛みを堪える暇もなく、下段から一気に上に振り上げた刀の刃を、氷継ひつぎは体を後ろに反らすことでギリギリ避けることに成功した。僅かに髪の毛先が刃先に触れて、切れた毛が宙を舞う。

 輝夜かぐやの剣撃はそれだけにとどまらず、上げきった刀の刃を下に向き直し切り返して上段からの振り下ろし。


 ───切り返し早ッ!!


 氷継ひつぎは体を起こす動作と同時に剣を振り上げ、キィィィンと金属音を響かせてなんとかガードをする。彼女のやいば重さをひしひしと感じながらも負けじと力を強め対応していく。

 埒が明かないとわかると、輝夜かぐやはバックステップで後ろに下がり突進攻撃をする構えを取った。

 腰を落として右手に握る刀を顔と同じ高さに持っていき、剣先近くの棟を左手の親指と人差し指の間に乗せる。

 氷継ひつぎは右手に持つ剣を後ろに引いて腰を落とし、左手を前に突き出して相手との距離感を掴む。


「軽くのつもりだったからこれで最後にしましょう」


「ああ、俺もそのつもりだ」


 短く言葉を交わし、お互いがただその一撃に意識を集中させていく。

 両者一斉に駆け出し距離を詰めていく。刀を前に突き出して猛スピードで彼へと迫る輝夜かぐや。対して下段からの振り上げで彼女の首元に狙いを着けた氷継ひつぎ

 二人は力み過ぎたようで、ほんのり刃へとエーテルが乗ってしまっていた。それのせいもあり加速した二つの剣閃は先程よりも早く動く。次第にやいばは衝突し、互いのエーテルがぶつかり合うことで閃光弾の様な輝きを放った。

 一瞬の強い光に目を閉じた生徒達が再び二人に目線を送った時には、両者共首元へ刃先が向けられギリギリの所で静止していた。どうやら勝敗はドローのようだ。

 

 氷継ひつぎは剣を下ろして鞘に納めつつ深く息を吸った。彼の心拍数は跳ね上がっており、汗も冷や汗と混ざりながら頬を伝っていた。

 それに比べて輝夜かぐやはというと、汗はおろか呼吸の乱れすらなかった。氷継ひつぎからすればとんだ化け物にも見えてしまうだろう。


 ───おいおい、汗一つ掻いてねぇぞ。まあ概ね自分の力量は量れたかな


「ありがとう、氷継ひつぎ君。付き合ってくれて」


「いや、こちらこそ」


 


 

 

 

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