第一譚 人類守護者の息子

第一章 入学式

第1話 憂鬱な朝

「あぁ……ねみぃ」


 欠伸をしながら顔ついている水滴をタオルで吸い取る。

 氷継ひつぎは入学式の朝を迎えていた。目を細め欠伸を小刻みに繰り返し鏡に写る自分を睨む。


 ───親父に似てきたか?ッハ!最高だな!?


 悪態をつきながらパジャマを洗濯機に入れ指定の制服に着替える。


 目元まで伸びた青みがかった黒い髪、幼い頃から通っていた剣道で鍛えられた肉体。一般高校生の年齢にしてはかなりの鍛えられ方をしている。真顔でいるとよく怒ってるのかと聞かれるが、目付きが悪いだけでそういうわけではない。彼自身あまり自覚はない───ある人の方が少数ではある───が顔立ちは整っていてモテない訳じゃないのだが、如何せん普段の目付きが悪いせいでそういったイベントはごく僅か。


 そんな彼の部屋には盾やトロフィーといった物はなく、あまりいい成績を残せていない。型といった物が苦手だった彼には仕方がないだろう。


「ブレザー着づらいな……特にネクタイが……っと、こうか?」


 洗面台の隣に置かれたスマホから流れる『10秒で分かる!ネクタイの結び方講座』の動画と睨めっこをしながら見様見真似でぎこちなく手を動かす。不恰好ではあるが一応結ぶことができた。本人曰く、完璧だそう。

 そもそも、受験先を変更されなければ中学校から引き継ぎでそのまま学ランが使えたのだが、例の【第二領域探索学院】に変更されてしまった。それもあり学ランからブレザー───ブレザーと呼ぶには少し風変わりではあるが───に変更、こんなにも苦戦することとなる。


「よし、身嗜みはこんなもんだろ。次は持ち物だな」


 部屋に戻り事前登校の時に貰ったプリントに目をやる。そこには今からでは到底間に合わない内容物がサラッと記載されていた。


□上靴

□筆記用具

□校内案内図

□保険証のコピー

─必須─

□拳銃

□所属兵科に申請した武器


 ───いや逆だろ普通


 心の中でツッコミ、黒いナップザックに乱雑に詰めていく。問題は必須項目にあるその二つ。中学校は普通科に通っていた為、当然ながらそういった類いの物は持ち合わせていない。

 拳銃の使用許可申請書を国に提出してから許可が降りるまで大体二ヶ月かかる。その説明があったのも三月にあった事前登校時である。

 所属兵科に申請した武器に関しては父であるれんに見繕って貰っているので問題はない。


 そして、想継エーテル術式全書に目をやった。もう触れることなどないと思っていたこの本を、確かめるように撫でた。良い思い出も悪い思い出も詰まったこの一冊。


 小さく溜め息をつき荷物を持って玄関へ向かう。


 外靴の指定は無いため、いつも通りの履き馴れた白スニーカー。靴箱の上に置いてある自宅の合鍵を手に取り家を出る。


「行ってきます」


 すでに家族は全員氷継ひつぎの入学式を見に行くために、本人より先に出発するほどの気合いの入り様。

 小さくため息を吐き出し、もう慣れたと言わんばかりの表情を浮かべて家を出る。

 そんな彼の気鬱な心とは対照に、気温は和煦とした春を感じさせる物に包まれた北海道。内ポケットに入れたスマホに繋がったイヤホンを耳につけ、いつもより小さい音量でフリーBGMを聴きながら億劫そうに駅へと足を動かすのだった。


「そこまで遠い訳じゃねぇからすぐついちまったな」


 氷継ひつぎは腕時計で時間を確認しながら呟いく。思いの外早く到着した様だ。

 入学式、進級式が同時に行われる今日は生徒だけでなく、その家族もやってくる為かなり人が多い中、とりわけ目立っているのが天道てんどう家だ。父、母、妹全員が目立つオーラを放っている。周りにいる人達も写真を撮ったり、隠すことなく凄い目力で見つめる者までいる。


 ───知らない人のフリ、知らない人のフリ......


 氷継ひつぎはバレたら教室にたどり着けなくなる可能性を感じ取り、体を丸め周りに気付かれないよう校舎に入っていった。


 【第二領域探索学院】。探索学院は日本に八ヶ所あり、東京に第一と第四と第五、北海道札幌市に第二と第八、沖縄県与那国島に第三、京都府京都に第六と第七がある。それぞれ校舎の作りが違い、その土地特有の物もあったりする。特にその色が濃いのは京都にある第六。


 そんな第二は番号的に二番目に大きい校舎。白と黒を貴重とした建築で、ガラス張りが多く見られる。一体東京ドーム何個ぶんの土地を活用しているのだろうか。校舎が大きいのは勿論のこと、体育館やグラウンド、兵科事に別けられた複数の演習場、別館として建てられた図書館、男女で別けられた寮。そのどれ一つ取っても通常よりも圧倒的な大きさを誇る。


 初等部、中等部、高等部の校舎はそれぞれ別々だが、横一列に並んでおり一階で行き来することができる。だが付属領星院だけは行き来することができず、完全に独立をしている。付属領星院はれんの様な国や人を守る人を訓練していた高等部までとは違い、研究者や探査学院での教師を目指す者が主に進学を希望する場所。


「えっと、座席は何処だ……お、あったあった」


 氷継ひつぎ一年エーアストⅡの教室にて、黒板に貼り出された座席表を確認し終えた所だった。

 教室は以前、事前登校の時に来た所と同じ教室だった。顔ぶれも見たことがある者ばかり、まあ貴族の出もかなり多い。


 時間的にはかなりの余裕を持って登校したため、まだ片手で数える程の人数しか来ていなかった。せめて登校の時だけでも目立ちたないようにと早目に家を出たのが功を奏したようだ。


 指示された座席は一番後ろの左端。着席後、持ってきていた魔法学の本を開いて目を通す。彼は魔法自体は使えるが、一般的な魔力適正値を下回っており、魔力操作などは苦手としている。

 だが、エーテルの適正値は父親であるれんを上回っており、そこに関してはれんより優れてると言えよう。


 通常、魔力適正値とエーテル適正値は大体同じくらいの値で、どちらか片方だけ値が高いと言うのはあまり見られない。全く見られないわけではないので、医学的に全体を見た時珍しいというだけ。


 魔法学には興味はあったものの、適正値的なことを考慮して、れんから幼い頃はエーテルに関することの本をメインに読ませて貰っていた。


 ───っお、そろそろ時間か……早いな、時間が過ぎるのは


 本を開いてから大体30分が経った頃、座席がかなり埋まっていたことに気がつく。

 その中には知っている顔ぶれが見られる。貴族の息子、娘や、軍や組織の実力者の息子、娘だったりと。今年の一年生はかなりの実力者揃い。氷継ひつぎの様な入学生は大体が強者だ。普通科ではなく、それに特化した兵科の学校に通っていた者が入学してくる。


 ───眠いなぁ……少し寝ておこう


 ◇─────────────────────◇

 

 入学式が終わり、教室内での交流も兼ねて自己紹介が行われていた。スムーズに自己紹介が進んでいく。

 氷継ひつぎの番まであと一人となった。


焉宮かみやしゅう。兵科は魔凰まおう科の幻影武門です。得意魔法は雷と......土だ。よろしく」


 前の席に座っているセンターパート白髪の男、しゅうが雷魔法で剣を造り出して自己紹介が終わり、その混合魔法に教室中が沸いた。


 魔法には火、水、風、氷、雷、土の基本六属性があり、大体の人間が全ての属性を扱うことができる。その中で少なくとも二属性を得意とする遺伝子構造となっていることが医学的にわかっている。


「私も創領科なの。よろしく、氷継ひつぎ君」


「え?ああ、よろしく」


 拍手が続く中、突然隣の女性に声をかけられた。少し戸惑いつつも、簡単ではあるがすぐに受け答えができた。どこかで見たことがある顔だと思った彼だが、それも束の間丁度拍手が鳴り止んだ。

 

 そうして遂に氷継ひつぎの番になった。


天道てんどう氷継ひつぎです。兵科は創領そうり科の創領剣星けんせい武門。魔法よりもエーテルの方が得意だ、よろしく」


 拍手はあまり起きなかったが、代わりに教室内で小声が聞こえだす。氷継ひつぎは思わず溜め息をつく。自己紹介などをした時は毎回こんな感じになる。しばらくすれば周りが慣れていきそんなことはなくなるのだが。


 氷継ひつぎは静かに席に座り右隣の彼女を促した。

 女性はスッと綺麗な姿勢で立ち上がり教室を見渡す。左側の髪色はブロンドで右側は銀色と、少し特殊な色合いのロングヘアーを窓から入り込んだ風が小さく揺らす。


天宮あまみや輝夜かぐやです。兵科は創領科の創領剣援けんえん武門で、得意魔法は光と氷、エーテルも少しなら扱えます。よろしくお願いします」


 礼儀正しい自己紹介と共に、クラスの男子生徒が途端に叫び出した。氷継ひつぎしゅうなど少数を除いてだが。


 ───綺麗な人だ


 氷継ひつぎは内心そう思った。だが、そう思わざるを得ない程に彼女は容姿端麗と言える。

 苦笑いを浮かべつつ着席した輝夜かぐや。彼女の家系は代々天皇陛下を守護する命を受けている。メディア露出も多く、彼女が映ることも多かった。


天宮あまみやさんって人気あるんだな」


 捉えようによっては失礼に感じる問いかけ。


「そうかしら?私がっていうより、天宮あまみやがってだけだと思うわ」


 変な言い回しだなと思いつつも口にはしない氷継ひつぎ

 その後は特に盛り上がりもなく順当に進んでいった。

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