第6話
そういえばまだだった。正直、前座で疲れた。手短に、と思いながら頷いた。
「よろしい。結論から言うと、7年間の寿命と引き換えに好きな1週間分の期間、過去に戻ることができる。誰しも一度は考えたことがあるだろ。あの時ああしとけば、こうしとけば、ってね。だから、寿命と引き換えに過去に戻り、やり直して、未来を変える。そのチャンスが今、君にあるってこと」
頭では理解できるが、現実に置き換えてみると、想像ができない。ファンタジーの世界だ。今、目の前のクロネコと話せているのもおかしな話だが。でも、それはもう受け入れていた。慣れってすごい。
「いろいろ質問していくけどいいか?」
問いかけに、クロネコはニャーと鳴き声で答えた。
「何故、僕は過去に戻れるチャンスを持っているんだ?」
そう聞くと、大きな欠伸をするだけだった。答える気がないらしい。まあ、いい。ただの悪魔の気まぐれってところだろう。
一つため息をついてから、次の質問をした。
「過去に戻っている間、現在の僕はどうなっているんだ?」
「誰かが過去に戻っているときは現在の時間は停止する」
「じゃあ過去に戻って一週間過ごしてから戻ったら、過去に戻った時から時間が進んでいないわけか」
「7年間の寿命と引き換えにな」
「対価が釣り合っていないように思えるのだが。何で7年なんだ?1週間だけなんだから、せめて1年程度じゃダメなのか?」
「俺知ってるよ。七っていうのはいい数字なんだろ。ラッキーセブンってね。いいじゃん」
つまり気まぐれか。悪魔のノリで七年間分の命が1週間分に変わるのか。
そして、クロネコは続けて言った。
「それが釣り合っているかどうかは、君が抱えている後悔の大きさによるんじゃないかな」
後悔の大きさか。後悔はいろいろある。そりゃ何年も生きていれば、両手を使っても数えられないほど、たくさんの後悔を抱えている。
調子に乗って、友達と一緒に銀座にいったときに散財したこと。次の日、ドクロの指輪を嵌めている右手を見たときに何とも言えない喪失感と無力感に襲われて、思わず頭を抱えて後悔した。あと、中学生の時に、勇気がなくて好きな子に告白できなかったこと。今となれば、脈なしだったと思っているが、でも、あの時一歩踏み出していたらいい方向に傾いたかも、と思ってしまう。それと…。大きなことから小さなことまで、言い出したらキリがない。でも、その後悔が今となっては自分を形作っている、いわばこれまでの経験は財産だ。僕の人生は胸を張って誰かに自慢できるほど、謳歌した人生を送ってきたわけではない。それでも、過去を変えて、今まで経験した後悔を帳消しにしようとは考えたことはなかった。
いや一つ、今でも悔いていることがある。でも、過去に戻ったところでどうにかできるのか?
僕の心の奥深く、今もずっしりとした真っ黒な塊が鎖に巻き付かれながら居続けている。この鎖が壊れ、塊が跡形もなく消えていくことはないとずっと思っていた。この後悔を消さないと「大人」になれない。今日、改めて思ったばかりだ。
「過去に…か」
「とりあえず、過去に戻るときの注意点を伝えておくね」
クロネコはそう言うと、淡々と説明した。
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