第5話

「なんでいる?」

声が震えているのが自分でも分かった。

「黒猫だから?」

クロネコは表情筋をしっかり使ってニヤニヤしている。

「待って。本当に怖いんだ。心霊系とかに全く免疫がないんだよ。人の言葉が分かるんだろ?頼むからどっか行ってくれ」

クロネコの目的が分からない。

「過去に戻りたくないか?」

唐突に言われた言葉を理解するのに数秒かかった。その言葉を理解した時、少し笑ってしまった。過去に戻るって、そんな空想を語っているのは幼い子供だけだ。そんなことを発言したら周りから一蹴されるのがオチ。それを、日本語を話すことができないはずの動物の黒猫が言ったとなると。

「冗談に付き合っていられるほど暇じゃないんだ。明日も仕事が…」

「水野佑。年齢35歳。独身。東京住み。職業は高校の数学教師。生年月日は1995年12月2日。…どうした。びっくりして声も出ないか。」

僕はただ右耳から左耳へと流れてくる自分の個人情報を呆然と聞いていた。もう恐怖ってレベルではない。

 何も考えることができなくなるほどの衝撃が走った。瞬きも忘れて、たち尽くしていた。

「まあまあ、俺の話に耳を貸してほしかったのよ。全部デタラメのつもりだったけど?」

 頭だけでなく僕の思考まで覗かれているのか。焦っているのも、このクロネコにはお見通しなような気がしてきた。

 僕は深く深呼吸して、心に隙間を作り、平静を繕う。

「なぜ、僕の個人情報を知っている?」

「だからデタラメだって。何?当たってた?」

「名前はあってるよ。」

そう言うと、クロネコは少し笑っていた。何笑ってんだよ。

「まあ、とりあえず座りなよ。話聞くでしょ。」

クロネコは肉球で床をプニプニとたたいた。

「僕の家だが。」

僕は床に腰を下ろして、胡坐をかいた。座ってもまだ目線が下にいくほど

小さいクロネコだった。僕はこれに怯えている。

「話の前に、あんた何者?」

「え、クロネコだけど。」

クロネコは語尾を上げ、少し小馬鹿にするような言い方で言った。

「見た目がクロネコなだけでしょ。中身を聞いているんだ。」

すると、クロネコは4本足で立つのをやめて、お尻を床につけ、胡坐をかいた。その体制が楽なのかな。

「私は悪魔。そんな感じ。」

「怖。」

「怖いか?なら死神って思ってもいいぞ。」

曖昧な。自分の人種ぐらいしっかりしとけよ。いや、人ではないんだけどな。そもそも、悪魔と死神ってほぼイコールだろ。怖さ同じだから。

「じゃあ本題に入っていいか。」

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