きっかけの2cm
俺が男子新体操に出会ったのは、木の葉が赤く染まり冬も少しだけ顔を覗き始めているどこかもの悲しい秋の日のことだった。
父さんの友達だという面白好きのおじさんが、いつものように連絡してきた。
「なあ、男子新体操って知ってるか!!」
当然初めて聞く言葉だった。いつも野球だかバスケだかはたまた名前すら聞いたことのないよくわからない劇団とかにも連れて行かれていた。父さんは仕事人間だったけれど、こういう時はいつも一緒にいた。俺としても色んなことを知れるし飽きないからついていっていた。
会場に着いて辺りを見渡すと人は結構いた。やっぱりバスケとかのスポーツに比べたら人は少ないのかもしれないけど。そのスポーツがどんなものかも分からなかったし俺は先日父さんに買ってもらった新しいスマホに目が釘付けだった。
すると、アナウンスが選手の名前を呼ぶ。周りの観客がその選手の名前を叫んだ。ファイトやら頑張れやらたくさんの人が叫んでいた。何かが始まることは察しがついたから、スマホ片手に下に広がる四角形のマットを眺めた。
選手の人が一つ息を吸って形をとる。観客が名前を叫ぶ。形をとる。
そして、音楽が流れ始めた。
動き始めるまでのたった数秒がスローモーションに思えた。
そこから巧みにスティックを操りくるくると回していく。まっすぐ伸びるその棒はまるでその人の一部みたいだった。大きく宙に投げ出されたそれは綺麗に回転して手の中に収まっていく。
四角形の隅から隅まで飛んでいくその姿はあまりにも軽くて人じゃないみたいだった。
しなやかに繰り出されていく技の数々に思わず目を見張るしかなかった。
音楽が終わる。拍手が鳴り響く。演技が終わった。
たった2分程度のあの時間が1時間にも2時間にも思えた。それくらい俺は惹き込まれていた。
あれは”個人演技”というものだったらしい。先が丸くなっている「クラブ」、真っ直ぐな「スティック」、くるくると回る「リング」、しなやかに動く「ロープ」この4つの道具を使って競技するらしいと教えてもらった。
あっという間に「男子新体操」の虜になってしまった俺は、急いで父さんにパンフレットをもらって中身を覗いた。たくさんの人の名前が並んでいる。さっきマットの上にいた人は誰だろう。
「鶴我三波」
そう書かれていた。
ペラペラと紙をめくり夢中で読んでいるうちに団体が演技をしていた。
そう、その演技こそが俺にとっての男子新体操人生の始まりだった。
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