最初の1cm
「怜央〜!ご飯よ〜!!そろそろ降りてこないと夕飯なくなるわよ〜!」
今日も、目の前のテレビには芝生の色をしたマットと軽々と飛ぶ人の姿がうつっている。
「わかったよ母さん今行く!」
パタパタとスリッパを履いた足音が廊下に響く。
鼻をかすめるその匂いに思わず口がほころんだ。
今日の夕飯は大好きな唐揚げみたいだ。
「お兄ちゃんまた新体操見てたんでしょ。何回も大声で呼んだのに返事しないんだもん。」
「ごめんって。新体操のことになると集中するのはいつものことだろ。」
と、何度やったか分からないやりとりを交わしながら席に着く。
大好物の唐揚げに真っ先に手を伸ばし、口に入れる。カリカリと心地のいい音を立てて頭の中に響くその音は新体操の次に大好きなものだ。
唐揚げの心地いい音と白ごはんのベストマッチに思わず顔が緩んでいると、隣にいる父から声をかけられる。
「お前、来年は高校だろ。どこ行くか決まったのか。」
そう俺は今中学3年生。世間で言う受験生だ。
「候補はもうある。」
「まあ、良い高校に受かれるならそれでいい。」
深くは干渉しない父らしいその言葉は、俺の大好きな音にかき消されていく。
候補といいながら俺の頭の中には一つのゴールしか見えていなかった。
「青鷺学園高等学校」
部屋に戻って自分の机に座る。目の前に貼られている青々としたポスター。
言わずと知れた名門校。偏差値もかなり高いが目的はそこではない。
「伝説の男子新体操部....!!」
10年前、ずば抜けた身体能力を持つ1人の部員がいたらしい。
皆その部員に感化されるようにメキメキと実力を上げ、その部員が引退する年には全国で1位になったそうだ。
「会ってみたいな伝説の部員に。」
彼は、高校3年生全国1位となってまさに絶頂に立っていたはずだった。しかし、突如として男子新体操の世界から姿を消し、彼が今何をしているかは分からないそうだ。
俺はこの高校に行くために3年間ずっと勉強を頑張ってきた。もちろん、偏差値の高い高校に行けば両親も喜んでくれる。でもそれだけじゃない。あの日見た感動を、あの日憧れたあの舞台をこの目で見たい。そして、自分もあの人たちのようになりたい。その一心でずっと努力してきた。
男子新体操。
新体操なんて女子がやるものだとからかわれてきた。最初はとても悔しかった。あんな素敵な舞台をそんな言葉で片付けてほしくなかった。
暗闇にいた俺に与えられた光。そこに向かうために今日もひたすら努力をする。
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