第三話 ああ、楽しいな。
私は人を襲っている。それが日課だ。ただ闇雲に襲うのではない。
私は植物と同居しているこの身体を使い、人を植物に変えている。それが日課。
残酷なことをしていると思うが、何も考えずに行なっているのではない。
植物は侵食を行い、全てを自然に還す。そして私の体は、植物を意のままに操れる。ならば植物を操れるこの体は、意図的な侵食を行えるのかもしれない。そう思ったのだ。
この世界が植物に染まるのなら、私が先に染め上げればいい。植物が侵食を行うのなら、私が先に侵食を行えばいい。そうすれば、私がいつか死んだ時、私が起こした侵食は解除され、私に侵食されたものは全て元に戻る。
私が死んでも解除されるか分からないけど、この世界に元々、希望なんてものはもうない。だから、私は人を襲う。救うために。
※※※※
勿論、このことはサトウさんには秘密にしている。ていうか、言える訳がない。
あの浜辺での出会いから数日。サトウさんと私は、同じ場所に住んでいた。場所は、駅前のショッピングモール。サトウさんが、モール内での食料品や日常品の探索。私は、昼間は日課に出かけ、夜にモールへ帰る。
人類がもうだいぶ少なくなっている今現在。やはり不安なのだろう。この数日間、サトウさんは私とよく話したがっていた。
例えば、世界が変わる前どんな生活を送っていたか。私は高校に行っていたことを話し、サトウさんは大学に通っていたことを話した(留年してほとんど行っていなかったらしいが)。
例えば、世界が変わった後どのようにして乗り越えてきたか。私は何となく濁し、サトウさんは何となく色々な町をまわっていたらしい(勇気があるのか何も考えてないのか)。その道すがら、あの浜辺で私を見つけたらしかった。
「世界はね、もう、どうにもならなかったんじゃないかな」
「どういうことですか」
モール内の小劇場。最前列の客席に座りながら、私はサトウさんと語らっていた。
「もともとね、人間が地球をけっこう壊してたから。だから地球が怒ったんじゃないかな。それで、人間を滅ぼそうと決意した」
「そういうのってあるんですか」
「わかんない」舞台から足を放りなげながら、サトウさんは笑って続けた。
「けれどね、僕はこう思うんだ。誰にも迷惑をかけない人間なんて存在しない。だから、人知れず迷惑をかけて、罰が当たるなんてこともあると思うんだよ」
「そういうのって世知辛いですね」
「うん。世知辛い」
サトウさんは目をすぼめ、黒マスクの上からでも分かるくらいに笑った。
「だから僕は絶望しているんだ。この世界にね」
サトウさんは変な人だった。私がガスマスクをつけているのに何にも言わなかったし。まるで、社会の前提を包み紙に包んでどこかに落としてきたような人だった。
「私が死のうとしたとき、何であんなこと言ったんですか」
「あんなこと?」
「本当に死にたいなら止めないって」
「そんなこと言ったっけ?」サトウさんは覚えてなかった。
「言いましたよ。びっくりしました。死ぬのは自由とも」
「まあ、自由だよ」
サトウさんは続けた。
「僕は多分、どうでもいいんだ。世の中のこととか、周りのこととか」
数日間、サトウさんと話して分かったことが一つある。それは、今の世界がサトウさんにとって、とても心地が良いということだ。サトウさんはのびのびと暮らしていた。世界の終焉を向かえて、初めて彼は心的に満足した生活を送れるようになったのだと思う。
※※※※
数日後の夜。サトウさんと私は、フードコートで話をしていた。
「保存されてる食料が、もうないんだ」サトウさんは言葉を発した。
「だからね、もうそろそろ違うところに行かないといけない」
「そうだね」
「君はどうする?」
「わたし?」それは変な質問だった。
「君はどこかひとりぼっちでいたがる」
それは図星だった。私はもう、誰かを侵食したくなかった。人と会うと侵食しなければならない。どこから間違えたか分からないその図式は、私を苦しめる縛りになっていた。
「私はサトウさんといれて楽しいよ」
そんなことを言うつもりじゃなかったけど、言葉は自然に口をついて出た。
「私はね、ばかなことをしてるんだ。昼間出掛けてるでしょ? ほんとは出かけたくないんだ。誰かと一緒にいたい。人と関わりたい。それが本音だと思う」
言葉を続けた。
「ある日、植物に侵食されたの。
植物の侵食が世界に広がって三日くらいかな。私も、人から侵食したの。体は無事だった。途中まで植物になったけど、結局中途半端に意識が残って。気がついた時には、体の植物を操れるようになっていた」
私は右腕を見せた。ふだん制服で隠れている右腕は、肩から手首のあたりまでが、植物に侵食されていた。
「化け物みたいでしょ?」
サトウさんの視線は私の腕に釘付けになっていた。けれど、驚いているようには見えなかった。それどころか、興味深いものを見ているようにさえ感じた。
「なんで私が、ガスマスクをしてると思う?」
「……考えたこともなかった」
「ひどい」
おそらくそれは、サトウさんの本音だろう。サトウさんは多分、人に興味がない。だからこそ人に優しくできる。サトウさんはほんのり冷たくて、ほんのり暖かい。
そんなサトウさんに、私はどこか救われてるのだと思う。
「見てて」
私は、ゆっくりとガスマスクを取った。この世界で口元を隠すのは、人からの侵食を防ぐためだった。サトウさんも例に漏れず、黒いマスクをしていた。ならば、もう植物に侵食されている私が口元を隠すのはなぜか。
それは他人への侵食を防ぐためじゃなかった。
私の顔を見たサトウさんは流石に目をみはっていた。当然だろう。なんせ私の顔は、もう半分ほど植物に覆われているのだから。
「……だからガスマスクをしてたのか」
「興味なかったくせに」
「……興味はなかった。けれど、流石にびっくりした」
「びっくりさせられてよかった」
私は笑った。けど、どこか泣きそうだった。さぞかしひどい顔になっていることだろう。
「こんな化け物とでも、私と一緒にいてくれる?」
サトウさんは驚いていた。けれど、サトウさんは優しかった。
「……もちろんだよ。
僕は君と一緒にいるのが楽しいから、だから君のそばを離れない」
サトウさんはとっても優しかった。優しすぎて、私は何も返せなかった。
そんな私を、サトウさんは抱きしめてくれた。
そのあと私たちは夜通し話をした。お互い馬鹿な話をして、お酒とかも呑んで。朝までずっと二人で笑い合っていた。
でもその日、人を侵食していることは言わなかった。
※※※※
「◯月◯日
今日はサトウさんと一緒に話し合った。これからのことか、どうやって今後暮らすとか。暗い話のはずなのに何だかすごく楽しかった」
「◯月◯日
サトウさんが遊園地に行きたいって。子供みたい。遊園地に行ったことがないって言っててびっくりした。そんな人もいるんだ。
どこの遊園地に行きたいか、また二人で相談しよう」
「◯月◯日
明日がここを出発する日。なんだかここも、二人だけのお城みたいで楽しかったな。
またいつか、人を侵食してたこと、言わないと」
「◯月◯日
遊園地、楽しかった! アトラクションとかは動いていなかったけど。
まるでデートみたい! ……自分で言ってて恥ずかしいな。
……夕日、とても綺麗だったなあ」
「◯月◯日
食料がきれそう。
次の場所に行かないと」
「◯月◯日
侵食がどこもひどかった。」
「◯月◯日
けんかした」
「◯月◯日
サトウさんにすごく怒られた。心配して探してくれてたみたい。必死で謝ったら許してくれた。
……私、幸せ者だなあ」
「◯月◯日
もっと、サトウさ、、、しょに、、たい」
「◯、、にち、、
サト、、、けが、おと、、ていく」
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