27-16 透明

 ヒト同士でも噛み合うことのないコミュニケーションを、ヒトと地球外生命体とで行おうということ自体が無謀なのだ。

 モルモルはヒトとは違う常識をもっているどころか、ヒトとは異なる感覚器を有している。

 そのことを知っていたのに、紬希はここに来るまで、自分とモルモルの視界がこんなにも違うのだということに気づかなかった。

 モルモルだってヒトの視界がどんなものなのかを知らないのだから、自分とヒトとの見え方が具体的にどう違うのかなんて解説できるわけがない。

 仕方がないのだ。

 お互いの違いに気づいたところから、理解する努力を始めるしかない。




「ミツバチは紫外線を見ることができると聞いたことがある」

 首をひねっていたモルモルが、突然そんなことを言い出した。

 優芽と紬希は、疑問符を浮かべてモルモルを見やった。

「ヒトには白く見える花びらにもミツバチには模様が見えるらしい。それと同じだ。ヒトが認識できないいくつかのものをムーは認識できる。逆にヒトには認識できていて、ムーには認識できないものもあるのだろう」

 言い終わって、モルモルの姿がパッと消えた。


「ムーはヘッブの効果で姿を隠すことができる」

 声だけが場所を変えながら聞こえて、モルモルが優芽と紬希の近くをうろうろしていることがわかった。


「物体をすり抜けることもできる」

 言いながら、明らかに声が二人を通り抜けていった。

 モルモルがすり抜けを実演してみせたのだろう。


 再び、モルモルが元いた場所に姿を現して、自信満々そうに両手を広げた。

「これらと同じだ。わかったか?」



 二人は呆気にとられた。


 が、やがて優芽がぷっと吹き出した。



「……わからないよ!」


 込み上げてくる笑いの隙間からそれだけを絞り出すと、優芽はお腹に手をやって、面白そうに肩を震わせた。

 紬希はそれを目を丸くして見ていたが、モルモルが両腕をガックリさせてうなだれたところで、ついにつられて吹き出した。


「本当、わからないよ!」


 紬希も自分の腕を抱いて、優芽と同じように笑った。

 二人が顔を見合わせる。

 すると、重しを吹き飛ばすみたいに、優芽と紬希は大きな声で笑い始めた。

 そんな二人を交互に見て、モルモルが小さく首をかしげる。


 ひとしきり笑って、ヒーヒーと肩を上下させながら、二人はおどけた感じで言葉をかわした。

「なんかデジャヴなんだけど!」

「思った。前にもこんなことあったよね!」

 紬希のドリームランドから帰還したとき、二人は今みたいにとにかく笑った。

 あの時と同じで、今の二人の間にはもう緊張はない。




 次第に笑いがおさまり、空気がシンとした。

 ずっと身を置いてもいいと思えるような、柔らかな静寂。

 その中で、あえて紬希が口を開いた。


「優芽ちゃん」

「うん?」

「私、優芽ちゃんが何かできることはある? って聞いてくれた時、無理って答えたよね。私のドリームランドに来てくれた時」

「うん」

「優芽ちゃんは私の役には立てない。でも、それでも優芽ちゃんは一緒に帰りたいって言ってくれたよね」

「……うん」

「優芽ちゃん、一緒に帰ろう」

「…………うん」



 気の利いていない言葉だ。

 何を言いたいのか伝わるように吟味もされていない。

 しかし、紬希のヘタクソなそれは、優芽の心にピタリとはまった。





 辺りの黒が薄らぎ始めた。

 その奥に優芽の部屋が重なって見える。

 徐々に二つの世界は反転して、完全に元の世界に焦点が合った。



 三人は優芽のベッドの上に立っていた。

 ドリームランドへと続く黒い裂け目は、もうない。


「……戻ってきた」

 紬希が小さく呟き、ほおっと息を吐き出しながらへたり込んだ。

 気が抜けてボーッとしている。

 優芽もそのかたわらに座って、紬希の背中にそっと手をそえた。

 その表情は複雑だ。

 視線が落とされ、紬希にそえていない方の手が、いまだに持ったままだったモルモルの目をキュッと握った。



 意を決して、優芽は顔を上げた。

「紬希。あの…………ごめんね……」

 声がか細く震えている。

 怯えるような視線と、紬希の視線とが絡んだ。

 一瞬の間が、優芽には永遠のように感じられる。


 そんな優芽に、紬希は屈託なく微笑んで言った。

「優芽ちゃん、戻ってきてくれてありがとう」

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