27-15 透明
伸ばしていた腕をそろりそろりと体に引き寄せ、見下ろす。
優芽もゆっくりと手を引っ込め、紬希の手の上のものを見下ろす。
まるで、半分に切ったピンポン玉のようだ。
紬希はソレを親指と人差し指でつまむと、恐る恐る片目をつぶって覗き込んだ。
その瞬間、ハッと息を呑んで、両目が見開かれる。
辺りをキョロキョロと見回した後、紬希はもう一度、片目を閉じてソレを覗き込んだ。
「……見える」
紬希はおもむろに立ち上がって、その場でぐるぐるといろんな方向を見渡した。
その動きを止めて、今度はゆっくり片手を伸ばし、空中をつかむような動作を数回。
そしてその手を自分の体の前に持ってくると、モルモルの目を外して、自分の両方の目で見下ろした。
手の平には何もない。
「何が……見えたの?」
足元から声がして紬希が視線を移すと、座ったままの優芽が不安そうな顔で見上げていた。
それに無言で頷くと、紬希はしゃがんで、優芽の手にモルモルの目を握らせた。
優芽はその目をしばらく見つめた。
長く長く視線を落とし、逡巡し、やがておずおずと自分の片目に当てた。
その瞬間、彼女も紬希とまったく同じリアクションをした。
息を呑んで両目を見開いた彼女は、さらに紬希と同じ反応を辿り、ソレを自分の目に当て、立ち上がった。
無我夢中で辺りを見回す。
そんな彼女のかたわらに、紬希も寄り添うようにして立ち上がった。
光だ。
優芽が見たのは、色とりどりの光だった。
それは蛍火のようにそこかしこに小さく丸く浮かび、主張しすぎず、けれども不思議な魅力をもって光を放っていた。
実体がなく、つかもうとするとすり抜ける。
自ら動くことも、何かに干渉されて動くこともない。
幾何学模様のように決まった位置関係を保ったまま、それは黒の空間の中、どこまでもどこまでも広がっていた。
光に囲まれていると、優芽はまるで満天の星空の中にいるような感覚に陥った。
冷たくも温かくもなく、力強くも頼りなくもない。
そこに静かに存在しているだけの光。
その光はただただ綺麗だった。
ゆっくりと、優芽が片目に当てていた手をおろした。
彼女は茫然と紬希を見つめ、紬希はまた無言の頷きを返した。
「ねえ。あたしバカだからわかんない。あたしの世界には、何かがあったの? これは、あるって言えるの?」
その問いは、二人のそばにちょこんと立っているモルモルに向けられていた。
モルモルは小首をかしげた。
「見えたままに受け取れば良い。それ以上でもそれ以下でもない」
虫の顔にはモルモルのいつもの無機質な声がよく似合う。
優芽はうろたえた。
「……わからないよ」
途方に暮れ続ける優芽を見て、モルモルはぐるりと紬希の方を向いた。
「紬希、通訳してくれ」
地球外生命体は当たり前のようにそう言う。
「……私だってわからないよ。モルモルの説明って、いつも言葉が少なすぎる。曖昧な言い回しにいくつかの意味を含ませて言うから、後になってからそういうことだったのかって気づく。…………まあ、私たちだって、なんでもかんでも言葉にして伝えられるわけじゃないけどさ」
紬希は口ごもった。
自分の考えや伝えたい感情だって、紬希には上手く言葉にできないときがある。
自分の気持ちが自分でもわからなくて、「どうして?」と聞かれて、「わからない」と返すしかないときもある。
言葉として外に出せなければ、自分の気持ちなんて他人にとっては無いのと同じだ。
しかも、言葉にしたからといって、正しく伝わる保証もない。
ヒトの中にあるものというのは、他人に伝わるまでに自分、相手、様々なフィルターを通って歪められるからだ。
自分というフィルターがまず言語化するものの取捨選択をしているし、自分では的確に言語化できたと思っても、受け取る相手がまた独自のフィルターを通してそれを解釈する。
自分の中に生じたものと、言語化できたこと、そして、相手に伝わったことというのは、必ずしも同じものではない。
そうやって、「無い」ことにされてしまう気持ちというのは、山のようにあるのだろう。
でも、言葉にできなくても、他人に伝わらなくても、自分でも何だかわからなくても、それは確かにヒトの胸の奥に存在している。
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