27-14 透明

 途端に今まで隠されていた顔があらわになる。

 その顔を見て、優芽と紬希の全身から血の気が引いた。



 哺乳類とは似ても似つかない。

 毛むくじゃらでずんぐりむっくりな体にのっていたのは、虫の顔だった。



 まるでクワガタのようだ。

 シロクマの布地を突き破っていつも見えていた角のつけ根付近には、黒光りする半円状の目が左右を向いてついている。

 しかし、クワガタと違って触角はなく、角の間に口があるということもない。

 四角形の顔は中心に向かって少し突き出るような形をしており、人間で言うところの口にあたりそうな位置には穴があいていた。

 そこは野球のキャッチャーがかぶっているマスクのような形状のものに覆われ、その奥には半透明のガラス板のようなものが何枚もひしめいている。


 ――ムーの素の顔をヒトは怖いらしい。


 モルモルがかつて言っていたことを、二人は一瞬で理解した。

 こんな化け物みたいな見た目の生き物に、いきなり食料源になれだなんて言われたら、普通は承諾しない。

 それどころか問答無用で撃退しようとするだろう。

 最初のドナーにどう取り入ったのかはまったくもって見当もつかなかったが、面をかぶれ、顔を隠せと言ってきた先代たちの気持ちが、二人にはよくわかった。



 おもむろに、モルモルが自分の左目に手をかけた。

 目は長毛に沈み、半ば見えなくなる。

 と、嫌な音がし始めた。

 モルモルの手が少しずつひねられ、つかんでいる目もまた、少しずつ根元がねじれていく。

「モルモル……何やってるの!?」

 裏返った声で紬希が言ったときには、ブチブチという音を立てて、モルモルの目はもぎ取られてしまっていた。

 目のあったところには歪んだくぼみができ、茶色い汁がぼとぼととしたたっている。

 左手につかまれた目は、中に組織が詰まっている様子はなく、まるで丸いカプセルの片割れみたいだった。

 それを数回振って、モルモルは付着した血液と思われる液体を払った。


「これを通してドリームランドを見てみるといい」

 モルモルがしゃべると、口らしき穴の奥にある半透明の板が小刻みに震えるのが見えた。

 そうすることで声を出しているらしい。

 あまりのグロテスクさに優芽と紬希は気分が悪くなってきた。

 こんなのモルモルではない、という意味のない否定が身体中を駆け巡る。

 当然、差し出されている目の残骸に手を伸ばす気も起きない。



 しかし、こんな状況なのに紬希の頭にはポッと、秋の虫のようだ、という考えが浮かんだ。

 どうも紬希と「考える」という行為は、切っても切り離せないらしい。

 考察しようと思ったわけではないのに、自動的にわいてきたのだ。

 スズムシやコオロギといったいわゆる鳴く虫は、声帯があるわけではなくて、羽を擦りあわせることによって鳴き声を出す。

 モルモルの口の奥で震える板から、それを連想したのだ。

 紬希はそんな自分に、極度の恐怖に混じって、ほんの少しだけ呆れを感じた。


 その呆れが、ほんの少しだけ彼女の気持ちを落ちつかせる。




「モルモル……痛くないの?」

 時間稼ぎのように紬希が言った。

 紬希の横で、優芽はいつの間にか両膝を抱える座り方から、いつでも飛びすされそうな片膝を立てた座り方に姿勢を変えていた。

「問題ない」

 モルモルの口の奥で、また半透明の板が震える。

 一歩、手に持った目を突き出しながら近づかれて、思わず紬希は飛び退くようにして正座を崩した。

 その拍子に優芽と肩がぶつかって、二人は顔を見合わせた。

 お互い蒼白で、怯えきっているのがわかる。

 また一歩モルモルに近寄られて、二人は身を寄せあった。


「これを通してドリームランドを見てみろ」

 モルモルはちぎり取った目を執拗に差し出してくる。

 観念して、紬希は恐る恐る片手を伸ばした。

 モルモルがさらに近寄ってきて、クレーンみたいに紬希の手の上方に自分の目を持ってくる。

 その目と紬希の手の平とを交互に見ていた優芽は、ガシッと紬希の腕をつかんだ。

 やめておきなよ、という強ばった表情で彼女は紬希のことを見つめた。

 でも紬希は小さく首を振って、モルモルから目を受け取った。


 重さはほぼない。

 紬希の手にはツルッとして固い、微かな感触が乗った。

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