27-13 透明
でも優芽が本音をむき出しても、挑発しても、紬希は否定しなかった。
懸命に耳を傾けて、理解しようとしてくれた。
優芽の消えたいという重すぎる気持ちも逃げずに受け止め、優芽の気持ちを認めたうえで、紬希自身の気持ちを話してくれた。
優芽にとっての現実と、紬希にとっての現実。
二つの現実の間で優芽は揺れた。
優芽が空っぽだというのは、優芽の中では紛れもない現実だ。
一方で、優芽がすごい人だというのも、紬希の中では現実だ。
優芽は自分の現実を捨てることはできないし、紬希も自分の現実を捨てることはできない。
だけど、紬希は紬希にとっての現実を優芽に押し付けなかった。
飽くまで、自分はこう思っている、あなたが消えてしまったら悲しい。
そうやって優芽の気持ちを否定せずに、紬希の気持ちを届けてくれた。
これがもし「優芽ちゃんは空っぽじゃない!」、「消えるなんて駄目!」と説得されていたら、優芽は心を閉ざしていただろう。
紬希の現実。
それは優芽にとって、とても甘いものだった。
優芽が自分で自分のことを何もないと思っていても、紬希はあると思っていてくれる。
紬希の現実を認めることは、自分を世界に繋ぎ止める、今すぐ消えなくてもいい理由になる気がした。
二つともの現実を生きたい。
優芽はそんな衝動に駆られた。
「あなたは価値のある、かけがえのない存在です」だなんて、誰に言われようと、決して受け入れることはできない。
重要なのは、客観的に見て優芽が本当に空っぽかということではなくて、「優芽が自分を空っぽだと思っている」のが事実であるということだ。
紬希はその優芽の苦しみを理解してくれた。
優芽は自分の苦しみを自分のものにしたまま、紬希の現実を認めることができるのだ。
でも、と思って、優芽の目がすうっと虚ろになった。
彼女はぼんやりと周囲を見回すと、抱えていた膝に顔をうずめた。
「でも、あたしのドリームランドは空っぽなんだよ」
やっと絞り出された言葉は悲痛に満ちていた。
それを聞いて、紬希の表情も曇り、まっすぐだった目にブレが生じた。
優芽と同じように辺りを見回してみたが、やはり紬希が見ても、優芽のドリームランドに何かを見つけることはできない。
延々と黒い空間が広がり、優芽と紬希とモルモル以外、なんにも存在しない。
三人が去れば、ここは黒だけに満たされた、あるいはなんにもない空っぽな空間だ。
紬希は急くような気持ちになった。
真剣に優芽と対峙する中で、紬希は優芽が「一緒に帰る」という選択肢に確かに傾いたのを感じていた。
あと一歩、もうひと押しできる何かがあれば、彼女を「消えるしかない」という思い込みから引き上げることができる。
紬希が真剣に耳を傾けたこと、優芽を助けたいと思っていることはもう伝わった。
しかし、この漆黒のドリームランドが、優芽を絶望に繋ぎ止める。
優芽が空っぽであるということの象徴のように、何かになりたいと足掻いても無意味であることの証拠のように、光の存在を許さない。
紬希は唇を噛んだ。
こればかりはどうにもできない。
紬希には優芽のドリームランドを変えることはできないし、この空間から何かを見つけ出せるという確信もない。
「きっと探せば何かあるよ、大丈夫だよ」と無責任な励ましをするのも、意味がないどころか逆効果だ。
紬希は優芽と一緒になって路頭に迷った。
沈黙が痛い。
言葉がひとつも思い浮かばない。
気の利いたものでなくていいのだ。
この状況をどうにかできるような、心からの言葉が必要だ。
「優芽、何かが見えればいいのか?」
その時、ずっと成り行きを見つめていたモルモルが、いつもの調子で口を挟んだ。
思わず紬希はモルモルを見やり、優芽もゆっくりと顔を上げた。
「見えれば、生きてくれるか?」
虚ろにモルモルを見ていた優芽は、かすかに頷いた。
すると、モルモルはシロクマの頭に手をかけて、うずくまるような姿勢をとると、スルリとそれを脱いだ。
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