27-12 透明
「けど、全然違った。紬希は良いところをいっぱいもってて、ドリームランドだってあんなにすごい。あたしの中身を見てよ。歩き回ったけどなんにもなかった。光も物も、なんにもない。あたしは本当に、空っぽなんだよ」
紬希は理解した。
優芽を虚ろにしたのは、自分だ。
優芽は元から自分のことを空っぽだと思い込み、人の役に立つことで必死に中身を埋めようとしていた。
でも紬希のドリームランドを知って、自分のドリームランドに愕然としたのだ。
それは、自分が空っぽであることを証拠付ける、決定的なもののようだった。
だから、優芽はドリームランドを確認せずにはいられなかったのだ。
そして、やはり広がる黒の空間に、自分の今までの頑張りの無意味を悟ったのだ。
そうして彼女は、人の役に立ちたいと思わなくなった。
ぶつけるように吐き出されていた言葉が止まった。
それに伴って、ざわざわと震えていた空気が、徐々に沈黙を取り戻していく。
黒い空間の中、時間だけが滔々と流れた。
「……話してくれてありがとう」
ぽつり、と。
永遠にも思える間をはさんで、そんな言葉が暗闇に置かれた。
紬希は顔をおおっていた手をゆっくりと外し、優芽の目を静かに見据えた。
紬希の中で何かが変わった。
そう察して、優芽の表情に警戒と不安が走る。
「私、優芽ちゃんと会って話さなきゃって思ってここに来た。わからないことがたくさんで」
優芽がますます身構えた。
そんな彼女に紬希はまっすぐな視線を向ける。
「優芽ちゃんは頑張ってたんだね」
想定外の言葉に優芽はポカンとして、それから沸々と不快感をあらわにした。
「……キレイなことみたいに言わないでくれる?」
「まさか」
紬希は目を伏せて、薄くほほ笑んだ。
「優芽ちゃんが消えたいって思ってるのはわかった。聞いてて、私も苦しくなった。でも……ごめんね。どうしても私は優芽ちゃんに消えてほしくない」
優芽はあきれたように目を細めた。
その目を、紬希は臆さず、また見つめた。
「一緒に帰りたい。優芽ちゃんが私をドリームランドから引き戻してくれたみたいに」
「……はあ?」
「優芽ちゃんは目の前の誰かを助けることで……誰かに必要とされることで、自分は消えなくていいんだって思おうとしてたんだね。だけど、このドリームランドを見て、何の意味もなかったって思った。だから、もう消えるしかないって思ったんだよね」
優芽が目を見張った。
「報われなくてつらい世界に連れ戻そうなんて、私はひどい奴だね」
紬希は優芽を見つめ続け、優芽もそれを見返した。
優芽の瞳がちらちらと揺れる。
二人ともが黙り込んで、長く長く沈黙が続いた。
根負けしたように、優芽が口を開いた。
「戻るなんて無理だよ。あたしは紬希じゃないんだから。紬希のときは、紬希が自分で戻ることを決めたんでしょ。あたしが引き戻したわけじゃない」
「そばにいるって言ってくれた」
「そんな約束、平気で破ってる」
紬希は首を振った。
「私にとって、優芽ちゃんはすごい人なの。だって、そうしようって思ったわけじゃないのに、今まで私のこと何回も助けてくれた」
優芽の目がまた見開かれた。
紬希のまっすぐな視線に、その恐れるような期待するような視線が、遠慮がちに絡められる。
「私にとって優芽ちゃんは、そのままですごい人なの。この世にいてくれるだけで心強い。寄り添ってもらえてる感じがする。優芽ちゃんが消えちゃったら私、悲しいよ……」
再び二人の間に沈黙が落ちた。
優芽の瞳がまた揺れている。
虚ろだった彼女の中には、今や様々な感情が渦巻いていた。
最初は怒りだ。
何も知らずにこの黒い空間まで自分を追いかけてきて、しかも「ズルい」なんて言う紬希に、どうしようもなく腹が立った。
紬希は優芽の欲しいものを持っている存在で、決して優芽の苦しみなどわかるはずがないのだ。
夏休みの勉強会で、勉強がわからないということをわからなかったのと同じように。
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