27-11 透明
そんなことない。
優芽ちゃんは空っぽじゃない。
喉元に込み上げてきた言葉をすんでで飲み下す。
今、紬希がどう思っているのかは重要ではない。
それを口にするのは反論であり、無理解であり、否定でしかない。
「……空っぽ?」
ぐっとこらえて、紬希はそれだけを返した。
優芽の表情がさらに険しくなり、眉間のシワが深くなった。
双眸の奥にはまるで怒りの炎が見えるようだ。
「あたしはさ、なんにもないんだよ。頭が悪くて、全然大したことなんてできない。何かになりたいと思ってもなんにもなれない」
「なんにもなれない……?」
「紬希にはわからないよ。あたしの気持ちなんて」
紬希は目を見開いた。
この言葉は、紬希が自身のドリームランドで優芽にかけたのと同じだ。
自分が喉から手が出るほど欲しいと思っているものを相手が当たり前に持っていて、だけど自分はどんなに努力してもそれを手に入れられないことがわかっている。
そのことに対する嫉妬、怒り、自己嫌悪、そして、強い「わかってほしい」という気持ち。
「知ってる? 将来の夢とか言うけどさ、それってここが良いことが前提なんだよ」
優芽は拳で乱暴に自分の頭を叩いた。
「ここの才能がない人は、誰にでもできて替えのきく、レベルの低いことしかできないの。一生何かにはなれないの」
違う、そんなことない。
口から飛び出しそうになる言葉を必死で抑えて、紬希は優芽の言うことに耳を傾けた。
優芽の顔に卑屈な笑みが浮かぶ。
「頭空っぽなあたしは、だったら取り柄を作ろうって思った。人の役に立てばちょっとは価値を上げられるかなって。偽善者ってやつ。……軽蔑したでしょ?」
面白がるような目で見られて、紬希は歯を食いしばった。
違う、そんなことない。
我慢した言葉の代わりに、音もなく涙が溢れて落ちた。
それを見た優芽が、笑みを引っ込めて顔をそらす。
「人に優しくできなかったら、あたしには何も残らない。そんな自分は、消えればいい」
「……だから、みんなから忘れられようとしたの?」
「紬希だけだよ、しつこいのは。ゴミ拾いもあたしだってバレたし、いつまでたってもあたしのことマミさんじゃなくて優芽ちゃんって呼ぶし、こんなとこまで追いかけてくるし。本当サイアク」
紬希は嗚咽をこらえて、両手で顔をおおった。
自分は優芽のことを何もわかっていなかった。
姿を変え、名前を捨て。
人の記憶にも記録にも残らず、見られず、触れられないことを望み。
今の自分を、消す。
紬希の色眼鏡を何度だって外して、世界の良い方向へと引っ張ってくれた優芽は、自身もまた、逃れることのできない思い込みに苦しんでいた。
あの時の、何も言わずにモルモルを凝視していた優芽を思い出した。
ドナーや二大リスクの説明に続き、モルモルが先代の計らいで顔を変え、名前を変え、しゃべり方や身振りも変えたと話した、あの時の優芽だ。
紬希はあの時、違和感を覚えつつも、彼女がモルモルの話を理解できなくて固まっていたのだと解釈した。
でも彼女はきっと、モルモルを羨ましく思っていた。
無価値と判断した自分を捨て、どんどん上書きして新たな自分を生きていくモルモルに、羨望の眼差しを向けていたのだ。
次いで、初めて二人でかけはしに向かった日。
募金をしなかった彼女が話してくれた、人の役に立つときのポリシーも思い出した。
直接頼まれる、目の前に困っている人がいる、といった自分が動かなきゃと思ったことでないと、ダメ。
ボランティアを探したり、団体に参加したりはしない。
それは不特定多数の誰かではなく優芽が、必要とされているということで……
記憶に残らないような、ほんの些細なピースが今までと違った意味を持ち、思いもしなかった全体像が浮かび上がってくる。
「紬希と一緒にいて、最初は心地よかったよ。紬希は学校を休みがちで、友達もいない、可哀想な子だった。人助けって、すると自分より下の人間がいるってわかって、安心するんだよ」
肩を震わせて泣いている紬希に、優芽はたたみかけるようにひどい言葉を浴びせた。
わざと紬希を傷つけ、失望させようとしている。
紬希は手の平の奥でギュッと目をつぶって、ショックを受けるよりも、優芽のことを案じた。
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