27-09 透明
「どうやらムーと同じになってしまっているな」
戸惑っていると、肩からモルモルの声が聞こえてきた。
「モルモルと同じ?」
「ムーと同じように姿を隠しているようだ。見えないし、触れることもできない。例のネガティブな気持ちで生成したヘッブの効果だな」
記録と記憶に残らないとは聞いたが、見えない触れないなんて聞いていない。
魔法少女の時と似たようなものだと言っていたではないか。
紬希はそうやって嘆きそうになったが、モルモルお得意の言い回しだと思い直した。
「似たようなものだ」という曖昧な部分に、モルモルは様々な意味を凝縮したのだろう。
ヘッブの説明のときのように。
「……どうしたらいいの?」
「わからない。紬希は優芽のドナドナーだ。紬希に任せる」
「そんな……」
突然しるべを失って紬希は絶句した。
優芽に会って話さなくてはと思っていたが、これでは会ったとは言いがたいし、話なんてできない。
彼女がそこに存在しているのかもわからないまま一方的にしゃべることはできるかもしれない。
しかし、そんなことに意味なんてあるのだろうか。
紬希は優芽ときちんと会って、向き合って話したいのだ。
そうして、優芽がなぜドリームランドを見たかったのか、虚ろになったのか、みんなから忘れられようとしたのかを知りたいのだ。
そのためには紗幕をめくらなくてはならない。
自分の中にそんな思いが湧いて、ハッとした。
ヘッブの幕を取り去ったからといって、この漆黒の中では優芽の姿は見えないだろう。
でも、まずは優芽を自分と同じ世界に存在させなければ。
紬希の胸は確固たる意志に燃えた。
「優芽ちゃん? 優芽ちゃん聞こえる?」
己の体も見えない中、紬希はとにかく優芽に声をかけながら、懸命に闇を探った。
闇に塗りつぶされているせいで、思った通りに手を動かせているのか、本当に自分の体からは二本の腕がはえているのかすら確信が持てない。
でも必死になって取っ掛かりを探した。
「お願い、姿を見せて。優芽ちゃんと話したい。会って話したいの。お願い!」
手応えはない。
それでも紬希は優芽のことを何度も呼んで、腕を伸ばし続けた。
「優芽。ムーは優芽に生きていてもらわないと困る」
モルモルには優芽が何かしらの反応を示したのが見えたのだろうか。
いつもの平坦な声で、紬希にまじってそんな懇願の言葉を述べた。
「優芽ちゃん、ドリームランドに引きこもった私のこと助けてくれたでしょ? なのに、私には助けさせてくれないの? そんなのズルいよ!」
もはや何を言っているのだろうと思った。
でも紬希は思いついたままに声をかけ続けた。
これでは駄々だ。
ただの傲慢だ。
でも止められない。
ふと、黒い空間に、ほんのわずかな切れ込みのようなものが一瞬見えた。
見間違いかと思って凝視すると、自分が床と認識している辺りに、また横筋が見えた。
紙切れ一枚くらいの線だ。
そんな隙間とも言えない隙間は、ほのかに光を漏らすようにして、何度も消えたり現れたりした。
紬希は夢中で手を伸ばした。
ぼんやりとした隙間は、はためくようにして上端が浮き上がり、紬希は布のようなものの端をしっかりと捉えた。
それをひと思いに引く。
と、ドリームランドは元の法則を取り戻した。
どこまでも黒の広がる空間。
光はなく、かといって、闇でもない。
紬希の体は黒に染まらず、モルモルも、そして目の前に現れた優芽も、確かな輪郭をもって存在している。
「優芽ちゃん!」
紬希は一気に舞い上がって、柄にもなく優芽に抱きつこうとした。
自分が見える、相手が見える、というのはなんてありがたいことなのだろう。
優芽に会えた嬉しさと、見えることへの感謝が爆発した。
けれど、優芽にじろりと睨み上げられて、紬希は慌てて伸ばしかけた手を引っ込めた。
膝を抱えて座っている彼女は、むすっとしたような顔で紬希のことを見ている。
「優芽ちゃん……? あの、大丈夫? 虚ろになったって聞いて……」
ついつい言葉が尻切れになる。
乗り出していた身は徐々に正座に沈み、膝に拳を押し当てた。
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