27-08 透明

 魔法少女とモルモルのことがバレたあの日、紬希は優芽とモルモルの出会いがどんなだったかを聞かされた。

 そのとき優芽はモルモルと出会った空間のことを、暗くて光もないけど自分の体は不思議と見えたと話したし、彼女にはモルモルの姿もしっかり見えていた。

 なのに、紬希には何も見えない。

 自分の体もモルモルも、漆黒に呑まれてしまっている。


「そうなのか? ムーには以前と変わらないように見える。だが、虚ろが影響している可能性はあるかもな」


 そうだった、と紬希は思った。

 モルモルには今も周りの様子が見えているのだった。

 ならば、モルモルにとってここは真っ暗ではないし、以前訪れたときと比較する気すら起こらないのかもしれない。


 ヒトとは異なる感覚器を有している。

 身体の作りが違う。


 あの日のモルモルの言葉を、紬希は改めて実感した。



「モルモルには周りはどんなふうに見えてるの? 暗くないの?」

「暗くはない」

「じゃあ明るい? 周りにはどんなものがあるの?」

「明るくもない。周りに紬希の進行の妨げになるようなものはない」


 なんだか謎かけのような返答だ。

 具体的なものを何も挙げてくれないので、紬希はモルモルの視界がどんな感じなのか、まったくイメージがわかなかった。

 しかし、優芽も見渡す限り何もないと話していたから、きっと周りには何もないのだろう。

 そして、モルモルは夜行性動物のような目を持っていて、暗くてもヒトより視界が保たれているのだろう、という考えに落ち着いた。




 歩き始めて何分たったのだろう。

 話がひと段落して、そんな気持ちが脳裏をかすめた。

 随分歩いた気がするが、のろのろとした歩みだから少しも進んでいない気もする。

「優芽ちゃんまではあとどのくらい?」

 紬希はゴールがほしくて聞いてみた。

 しゃべっていれば気は紛れるとはいえ、見通しが立たないのはつらい。

「もうすぐだ」

「もうすぐ!?」

 意外な答えに紬希の胸が躍った。

「あと何メートルくらい? 優芽ちゃんはどんな様子なの? 倒れてない!?」

「優芽の手前で止まれるよう合図する。優芽はしゃのようなものをかぶって座っている」

「シャ?」

「例えだ。薄い布のようなものを頭からかぶっていて、それに覆われてしまっているが、透けて姿は見える。紬希には見えないか?」

 前方に目を凝らしてみたが、やはり広がるのは闇のみだ。


 ここに来てからそれなりに時間がたったと思うのに、紬希の目は一向に慣れてくる様子がない。

 きっとこの世界には光が本当にないのだ。

 わずかでも光があれば、人の目というのは暗闇に順応して、徐々に周りが見えるようにできている。


 だとしたら、優芽の状態は相当に危ない、と紬希は思った。

 光がないというのは希望がないということの暗示に思える。

 何しろここは優芽のドリームランド、精神の深層部なのだから。


 虚ろというのはそういうことなのだろう。

 生きることに何の希望も見出だせない、かといって、死ぬことに救いを見出だすこともない。

 絶望に塗りつぶされ、苦しみから逃れたいとも思わない、無気力のまま消えるのを待つだけの状態。


 紬希は身震いした。

 頭を振って、不吉な考えを締め出す。

 自分の悪い癖だ、悪い方に考えすぎだ。

 そうやって自分に言い聞かせて、少しだけ足の運びを速くした。


「あと五歩だ。三、二、一、止まってくれ」

 もうすぐと言われてから遠いな、と思っていると唐突にモルモルのカウントダウンが始まり、紬希は立ち止まった。

「紬希の目の前で優芽は座っている」

 言われて見下ろしてみたが、相変わらず何も見えない。

 紬希の顔にあいている二つの穴には、実は目玉なんて存在していないのではないだろうか。


 でも紬希はその場で膝をついて、手を伸ばしてみた。

「優芽ちゃん……?」

 指先には何も触れない。

 ここに来てからそんなことばっかりだ。

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